74話 オレンジの片割れ 1
◆◆◆
始まりは数ヶ月前、シャロラインが1人で訪れた時の出来事だった。
『記憶の複製?』
1人で来るのも珍しいのに、さらに珍しい事を言われ少し声がひっくり返ってしまった。
口を開けるテラバスに向け、シャロラインは神妙な面持ちでこくりと頷く。
『ああ、出来るならお願いしたい。……というか、出来るだろ。お前なら』
テラバスは予想外の提案に言葉を失うも、彼女の真面目な様子に居住まいを直した。
『バックアップか……。なんで急に?』
『……きっかけはお前が教えてくれた、私の名前の意味だ』
テラバスは少し目を見張った。
━━道標
ずっと前に、テラバスが彼女に教えた名前の由来である。
先を行く先導者であり、共に歩く伴侶として、己の人生を導いてくれる道標であるようにとスライプが名付けたのだ。
『私は最後まで……あの人の道標でありたい……。だから━━━━』
何かの事故で自分が“死”んでも、再びシャロラインとして前に立てるように出来る事はしておきたいと、彼女は語った。
バックアップを取るのは全然構わない。特に、戦闘アンドロイドとして戦いの場にも出るのなら万が一の準備は必須だし、技師としても賛成である。
……しかし、シャロラインにはそれが一筋縄ではいかないある問題があると、内心嘆息した。
おそらく彼女は、初めて由来を聞いた時から考えていたのだろう。
技師として、アンドロイドの健気な気持ちを無視する訳にはいかない。テラバスも踏ん切りをつけた。
『……分かった。その気持ちに免じて、オレが何とかしてみせよう』
こうして、スライプに内緒でシャロラインの記憶バックアップ計画が始動したのである。
……バックアップと簡単に言うけれど、実は結構大変な作業だ。
今でこそ機体にはバックアップ用の導線やら接続端子などあるが、古い型番……アンドロイド創成期には「記憶のバックアップを取る」という概念が存在していなかったので、A=4型にそんな便利なものは存在しない。
よって、新たにそれ用の部品を取りつけなければならなかった。
毎回脊髄部分の接合を外すのも時間がかかるし、何より面倒だ。いかに楽に、確実に記憶のコピーを取るかが重要であり課題となった。
◇
設計図からおこして2週間━━━━
魔眼と技術を駆使し誕生したのが、バックアップ用の機械の首輪だった。
脳や首を分解しなくとも、装着させるだけで記憶のコピー、蓄積を行えるという便利な代物を開発したのだ。
完成し使えるようになったとはいえ、マメな調整や魔眼による様子見が必須であり、扱いは丁重にしなければならない。
設計・製作したテラバスにしか扱えない、シャロライン専用のバックアップ機器であった。
◇◇◇
こうして、シャロラインの生きた3年間が詰まった「記憶」が、この手元にある機械に結集された。
最後にバックアップ更新したのはシャロラインが“死”ぬ前の日の朝なので、比較的新しめな記憶まで復元が可能だろう。
惜しむらくは、王都に来た翌日の朝までの事しか記録されていない事。
つまり、そのあと王都に遊びに行った事や、マイルナに会った事は、復活後の彼女の記憶には残らないのである。
保持されるものもあるが、失うものの多さにもつい煩ってしまうが、頭を抱えるのは目の前の大仕事を終えてからにしようと、テラバスは作業台に寝かせたアンドロイドを見下ろした。
簡素な白い服を着せられたそれは傷1つ無い、実に女性らしい姿形をしているが、前の機体とは決定的に違うものがあった。
テラバスはおもむろに、腕をふにふにと触った。
起動していないので少し冷たいが、柔らかさは人間となんら遜色が無い。
「うーん、いつ触ってもアンドロイドには思えないな。技術の進歩か、開発の欲が勝ったか」
以前の機体……鉄の体にただ人工皮膚をくっつけたようなものでは無い。
皮膚と鉄の間に人工脂肪がつき、さらに人間らしい感触の最新アンドロイドに、シャロラインは生まれ変わるのだ。
機械とはいえ姿は女性、しかも幼馴染の妻なのだから、薄着だと目のやり場に困る……と、いう事は全く無い。
今までも、持ち主の趣味全開のアンドロイドは見てきたのだ。(ほぼ)裸体のアンドロイドを見るなど今に始まった事ではないので、テラバスはごく冷静に準備を進めゴーグルをつけた。
作業工程は大きく2つ。
その1、声の整備。
その2、記憶の定着。
ボディの方はほぼ完成品なので手は加えない。声の整備も、前に声紋を取っていたので、再現に大きな苦労はしないだろう。
テラバスは手袋をはめ、気を落ち着かせるよう息を長く吐くと、シャロライン復活に取りかかった。
首の接合を外し、脊髄部と首輪をコードで接続する。
正常な接続を確認し、早く記憶を移すための微量の電流を確保するためにコンセントにプラグを差そうとして━━━━
テラバスの動きがピタリと止まった。
記憶および首輪の機械は、取扱い注意な精密機械だ。安全、確実にするなら電流はごく微量でなければならない。コンセントからの電力では強すぎるのだ。
テラバスはしまった、と歯噛みした。
準備に焦っていたせいで、電気の力を中和させる機械の調達を忘れていたのだ。
今からでも買いに行くかと歯軋りしながら考えていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると、美しい銀髪の中性的な顔つきの子供が立っていた。カルスは何か言いたげに、もじもじしている。
遊んで欲しいのだろうか……しかし、相手をしている暇は無い。
「どうした? 悪いが今忙しくて━━━━」
「ぼくを……使ってくださいっ」
想像とは違った、思い切ったようなカルスの発言。その言葉に、テラバスはハッとした。
確かに、それならすぐに作業が出来る。
……しかし、それだとカルスが無事で済まない。
「……下手すれば“死”ぬんだぞ? 分かってんのか?」
「大丈夫です。我慢できます! 早く、お姉ちゃんを助けてください!」
忙しさでつい語気が強まるが、それに負けないカルスの力強い銀瞳。その視線に背中を押されたテラバスは頷いた。
「……出来るだけ、早めに済ますから……!」
テラバスは素早く準備をした。
首輪とコンセントとの接続の間に、カルスを挟める。コンセントからの強い電流を、カルスの体内で弱めるのだ。
これで、記憶移送に必要な微弱な電気は確保出来るが、直に受けるカルスの回路は徐々に焼き切れていくだろう。
最悪、衝撃に耐えきれなくて記憶が飛んでしまうかもしれない。カルスにも“死”の危険がついてまわるようになった。
手遅れにならないうちに終わらせなければ……。
テラバスの瞳が、一層赤く輝いた。
━━記憶移送率38%
ゆっくり、慎重にやっているので、進みは早くない。
テラバスの魔眼は輝き続け、忙しなく探知と確答を繰り返していた。
食事の時間すら惜しい。カップ麺で空腹を満たした。
移送率がようやく50%を超えた頃、カルスに異変が起きはじめた。
「う……ぅ……」
「カルス、大丈夫か?」
苦しそうに呻くカルス。テラバスは魔眼を切り替え、カルスの異常を視た。
体内のあちこちの導線が、電流に耐えきれず焼き切れている。痛いわけではないだろうが、ぶちぶちと絶え間無く切れていく不快感と戦っているのだろう。
━━つらそうにしているアンドロイドを見るのは、あまり好きではない。
「……っ、もう少し、もう少しだけ頑張ってくれ……」
残り半分━━視線を戻し、カルスの異常を視ていた魔眼が、シャロライン修理の確答を視るものに変わる。
ふと、テラバスの右目からつぅ……と温かいものが流れた。
涙だと思い雑に手の甲で拭うも、涙にしてはやけにベタつく……テラバスは手の甲を見て、べったり張りついた真紅に一瞬呼吸を忘れた。
━━魔眼は使いすぎると、こうなるのか……。
長時間の使用に、魔眼が悲鳴をあげはじめたのだ。視力は今のところ問題無いが、限界の訪れは近い。
テラバスの流血に気付いたカルスが、驚きで声をあげた。
「目が……っ、血が……っ」
「……大丈夫、こんくらい何ともない。……急ぐぞ」
最後は、自分に言い聞かせるようにな呟きだった。
記憶移送率84%
流れる血と汗を拭い続け、声の調整も同時に行う。
テラバスは喉……声帯部分を睨み付けた。
この線はいらない。
これは必須だ。
これは別の部品に変えるべきだ。
これは、まぁ放置でもいいか。
これは、これは、これは……。
切るべきところは切り、残すべきなのは残す。
シャロラインの声質を作っていき、あとは聞いてからのお楽しみなのだが、確答の魔眼を使っているので外す事は無いだろう。
そして━━━━
移送率100%になる直前で、カルスが限界を迎えた。
ガクンッと項垂れたのを最後に、カルスは動かなくなってしまう。
テラバスはカルスの異常を視た。
回路はぶちぶち千切れていたが、幸いにも脳に影響は無さそうで、最悪の事態は免れていた。
「ごめんなカルス……ありがとな」
よく、ここまでもってくれた。
テラバスは手袋を取り、頭を優しく撫で、その頑張りを労った。この子のおかげで、何事も無く進める事が出来たのだ。
声帯の調整もしたし、記憶の移送もすべて終わった。
あとは、起動させ目覚めてくれるのを待つだけとなった。
ゴーグルを下げ、首元にぶら下げる。
魔眼の鮮やかな色は失せ、訪れる激痛で顔を歪めつつ、片目から血を流した黒い瞳で横たわるアンドロイドを見る。
「さぁ、約束は守ったぞ。もう1度、あいつの力になってくれないか……?」
テラバスは祈るように、起動スイッチを押した。
程なくして、ゆっくりまぶたが開かれる。髪と同じ色の金眼が美しい……まさにシャロラインそのものであった。
「…………」
目を開けたシャロラインは何もしゃべらない。まずは、記憶の混濁が無いかの確認をする。何かしらのせいで、正常に処理されず記憶が欠けているかもしれない、それのチェックだ。
「自分の名前、言えるか?」
「……、……シャロライン」
「シャロラインの、伴侶の名前は?」
「……ス、ライプ」
「オレの、名前は?」
「テラ……。ああ……テラバス。覚えているぞ。……私がお前にどんな頼みをしたのか……ちゃんと残ってたぞ」
シャロラインの笑顔に、テラバスも心底安堵したように破顔した。
動けるようになったシャロラインに、エリアに仕立ててもらった青いドレスを着てもらい、最後に金のロングヘアを縦ロールに仕上げる。
黒いリボンで2つに結わえれば、どこをどう見てもシャロライン。
シャロラインここに完全復活である。
復活したばかりの彼女は腕を伸ばしたり背伸びをしたりして、体の調子を確認しているようであった。
その様子を見守りながら、テラバスは口を開いた。
「この後スライプに会うにあたって、気になっているというか、心配している事があるんだけど」
「ん? 何?」
シャロラインは動きを止め、わずかに首を傾げる。
「スライプが、お前を認めない事だ」
「どういう事だ?」
テラバスはうんと頷いた。
「あの時、スライプの前でお前は“死”んだ。あいつの中で、シャロラインはもういないんだ。そんな中、シャロラインと同じ見た目、記憶を持っているお前が行ったとしても、受け入れない可能性がある」
あの時、というのは、記憶が残っていないシャロラインには分からない。しかし、テラバスの口振りから自分は1度“死”んだのだと改めて理解した。
何よりも妻を愛していたからこそ、「こいつはシャロラインの形をした何か」と拒絶されてしまうかもしれないのだ。
「…………もし、スライプがお前を認めなかったら……オレと結婚するか?」
3年間、ずっと面倒を見続けてきたアンドロイドだ。スライプが婚姻関係を解消するというのなら、シャロラインを引き取るのも吝かではない……と思っていたのだが。
シャロラインは、そんなテラバスの提案に大笑いした。
「お前にはエリアがいるだろうが。それに、私は世話のしがいがある奴が好きなんだ。お前は何でも出来てしまうから、一緒にいてもつまらなそうだ!」
気の強い彼女らしい、言い淀みない清々しい回答で一蹴した。
「あははっ、そっか!」
わずかな逡巡すら見せない彼女の変わらぬ強さに、テラバスは安心した。
本当に仲良しな夫婦だと改めて感じる事ができ、幼馴染として技師として、こんなに嬉しい事はなかった。
シャロラインは朗らかに笑うテラバスの前に立つと、腰に手をあて胸を張った。
「さて、約束を守ってくれた礼として、ボロボロなお前の世話をしてやろう。まずはその目をどうにかするのが先か。救急箱はどこにある?」
シャロラインはテラバスから救急箱の場所を聞きだし、頬の血の跡を拭うと、右目にガーゼをあて包帯を巻きつける。
「痛みはないのか?」
「あるけど、これはいつものやつだから、血が出たのとは多分関係無いな」
そうこうしてる間に、シャロラインが包帯を巻き終える。
さすが伴侶型戦闘アンドロイドというべきか、処置の手際がよく、弛みが無いきっちりした巻き方であった。
「あとはゆっくり寝るといい。その間に風呂の準備と、食事の用意をしておくから」
「ああ……よろしく頼む」
復活したばかりだというのに、シャロラインの変わらぬ逞しさに甘え、テラバスはふらふらと寝室に向かうと、力無くベッドに倒れ込んだ。
次回、会いに行きます。




