73話 『 殺しておけばよかった 』
感情のままにかく会話文は楽しいですね
外の日差しが目に入り、それと同時に背後で爆風と轟音が響いた。
あっという間に崩れ、瓦礫の山となった古城の無残な姿。命からがら逃げた先には、複数の軍人が立っていて、その中に軍刀を腰に佩く長い三つ編みの見知った貴族の姿があった。
マルナトはテラバス達を見るやいなや、血相を変え慌てて駆け寄ってきた。
「……っ、お前達! 大丈夫か!?」
「マルナト……。何でここに……」
「近隣の住民から地響きがすると知らせがあってな。場所を聞くと君達が行った城と同じ場所だったから……。……って、シャロラインはどうした? ……まさか!?」
マルナトは勢いよく振り返り、崩壊した古城を見る。
あの下に、彼女が……?
再びテラバスとスライプの顔を見たマルナトは、陰鬱な表情の彼らでそれを察した。奥歯を強く噛むと声を張り上げ、部下達へ指示を出した。
「総員! この瓦礫の下に1人、巻き込まれた住人がいる。安全確認、確保したのち、救助を開始せよ!」
この崩壊に潰されて、生存の希望はほぼ無い。回収と言わないのはスライプへのせめてもの配慮か……。
指示を受けた部下達が動きはじめ、マルナトも統制のために2人から離れた。
作業の様子を見ていると、ずっと黙っていたスライプが口を開いた。
「お前……どうして言う事、聞かなかった……?」
暗く沈んだ……、責めるような強さが無い、独り言のような問いかけだった。
テラバスもその声音に合わせて、落ち着いた様子を見せる。
「人とアンドロイド、どちらが優先される命か、お前でも分かるだろ? それに、シャロラインも残る事を承諾した」
「……っ、それはシャロが“死”んでいい理由にはならない……っ!」
「自分ならどうとでも出来たって? ばかやろ。さすがに死ぬぞ」
人間よりはるかに丈夫なアンドロイドすら押し潰す瓦礫だ。どんな考えがあったかは知らないが、人間にしては丈夫な方のスライプでも、これを乗り切るのは不可能だろう。
「……とけば、よかった……」
刹那、テラバスの目の前で銀閃が横切った。
テラバスは反射的に仰け反ると、胸に突きつけられているものを見る。
恐ろしく研ぎ澄まされた槍の切っ先。
かつて、義姉に捕らえられる時の、この胸を貫いた幻覚の槍では無く、本物のスライプの銀槍だ。
「あの時……お前を殺しておけばよかった」
自分を止めるテラバスを殺して、シャロラインを助けだせばよかったと、スライプは口に出した。
声音に力はこもっていないが、テラバスを見つめる眼光の殺意は本物だ。幼馴染に向ける刃はブレなく胸を捉えている。
このまま一息に殺されてしまうかもしれない状況だが、テラバスは逃げる事なく、逆に槍を掴んで胸の位置で固定した。
勢いよく掴んだせいで、左の手の平を切ってしまい血が流れるが、テラバスはそんな事お構い無しに握る手に力を入れる。
テラバスの行動に、スライプは声を呑み彼の顔を見た。その表情は鬼気迫るもので、スライプは槍を引っ込ませようとするも握る力が強く、槍を下ろす事が出来なかった。
「オレの事嫌いだろ……。憎くて憎くてッ! 恨んでも恨み足りなくてッ! 殺したくて殺したくて仕方ないんだろッ!?」
テラバスの怒号が響いた。
血がぽたぽたと、槍や腕を伝って地面に落ちていく。
スライプは放せ……と呟くも、頭に血がのぼっているテラバスにか細い声は届かない。その後も、彼の叫びは続いた。
「どうした!? お前なら1発で出来るだろ!? 逃げも隠れもしない、お前の獲物は目の前だ! お前の妻を殺した犯人としてッ! 今すぐオレを殺れッッ!」
テラバスは1歩詰め寄り、早く刺せと言わんばかりに槍を揺さぶった。
「ほらッ!」
「…………っ」
形相に怯んだのか、スライプは無意識に1歩後退る。そして、その開いた隙間を埋めるように、テラバスは1歩踏み込んだ。
「さぁッッ!」
「━━━━!」
テラバスの脅迫は止まらない。
かつてないほどの迫力に竦んだスライプを無視し、テラバスはさらに声を張り上げ自身の殺害を迫る。
「さぁ━━ッッ!!」
「━━━━━━━━!!」
「そんなの……っ、無理に決まってるだろ……っ!」
スライプは今にも泣き出しそうなくらい顔を歪め、槍から手を放す。そして、膝から崩れ落ち、地面に両手をつき項垂れた。
たった今妻を失ったばかりなのに、怒りと悲しみに任せて幼馴染を殺してしまっては、スライプは本当に立ち直れなくなってしまう。
スライプの殺意が完全喪失したのを見て、テラバスも槍から手を放し、地面へ転がした。
銀槍はテラバスの血を吸い、彼の左手も赤く染まっている。
テラバスは手の平の傷を見てため息をついた。まだ痛みは感じない。もう少し落ち着けば、激痛がやって来るだろう。
「オレは、お前に生きてもらわないと困る。すぐに立ち直れとは言わない。ただ人の死を、喪失の恐怖を、お前自身の力で乗り越えてほしい」
願うのは「生存」
スライプにはトラウマを乗り越え、たとえ1人でも生きていく力を持って欲しいと、テラバスは願った。
幼馴染の言葉を聞いたスライプは、何か耐えるように震えながら、両手を握り拳を作った。
「……テラバス……」
「何だ?」
力無く、か細い声で、幼馴染を呼ぶスライプ。
テラバスも先ほどの追い立てる口調とは打ってかわり、静かに穏やかに、耳を傾けていた。
「シャロは、本当に……?」
「ああ、シャロラインは“死”んだ」
静かに告げられる真実。
テラバスの言葉を、現実を、噛みしめるように……受け入れる事にした。
スライプは立ち上がり、古城だったものを見た。
じわりと……目から熱いものが込み上げてくる。
スライプに泣きわめく体力は残っておらず、ゆっくり瞼を下ろし、静かに涙を流した。
再び目を開けた先にあったのは、城だったものの瓦礫と、その下で潰れてただの鉄屑になっているだろう最愛の人。
涙で視界が歪み、浅い呼吸を繰り返すなか、ゆっくり口を開ける。
「さよなら……シャロ……」
━━スライプは2度と戻らぬ妻へ、静かに別れを告げた。
◇◇◇
その後、マルナトからテラバス宛に、シャロラインのものと思わしき機体の残骸と、青いドレスの切れ端が送られてきた。
3番街の自宅に帰って来たテラバスは、休む間もなく動き出した。
エリアのところへ赴き、マルナトに手紙を出す。
部品屋に行って必要な部品を少し多めに調達しておく。
目の調子も悪くなく、あとは周囲に頼んだ来るべきものを待つ━━━━
そして4日後、王都のマルナトから大荷物が届いた。
中には、思わず破り捨てたくなるほどの金額が書かれた請求書と……金髪の、1体のアンドロイドが入っていた。
製品番号F=102型。比較的最新の型番であり、シャロラインと全く同じ顔、体格に造られた機体である。
特注で注文したこれのせいで、すっかりおけらになってしまった。あとでスライプにきっちり手間賃を請求しなければ。
あとはエリアに頼んだものが来るだけ……と考えていると、家のインターホンが鳴った。
グッドタイミング。テラバスはすぐさま玄関の戸を開けた。
目の前には予想通り期待通り、エリアが立っていた。手には一抱えある紙製の箱を持っている。
「こんにちは、アルネス衣料店です」
「おう。待ってたぜ、エリア」
テラバスはエリアから紙箱を受け取った。
「悪いな。急いで仕立ててくれって頼んで……」
「ううん、大丈夫……って、言いたいところだけど! ほんっとに大変だったんだよ! 他のお客さんにも待ってもらって……! あとで特急割増料金もらいますからね!」
珍しく怒りを露にするエリア。どうやら彼女も苦労したらしい。
どんどん膨らむ総支払い額をとりあえず頭から追い出し、テラバスは手渡された紙箱を開ける。
中には、鉄の胸当てがついた鮮やかな青のドレスが入っていた。こちらも、シャロラインが着ていた戦闘ドレスと全く同じものである。
相変わらずの仕上がりに、テラバスは笑った。
「うん、完璧だ。……これから忙しくなるから、支払いは……」
「はいはい。少しくらいは待ってますよ」
エリアは仕方ない、といった様子でため息をつく。
後日支払いしに行く、という事で話はつき、エリアは帰って行った。
その背中を見送ったあと、テラバスは家に鍵をかけた。これより先は何人も立ち入り禁止の集中作業室となる。
包帯に血が滲む左手の傷。完治はしていないが、何とか動かせる程度には治り、これからの作業には問題無いと判断した。
テラバスは気を落ち着かせるように息を深く吐き、目の前の材料達を見る。
シャロラインそっくりの稼働前のアンドロイド。復活後に着用するドレス。そして自らの手にあるそれ。
━━これで、全て揃った。
アンドロイドの“死”とは、記憶の忘却や破損である。
いくら魔眼の力があっても、“死”んでしまったものは直せない。
━━しかし、記憶があるなら手が出せる。
テラバスは、機械仕掛けの首輪を握りしめた。
「大丈夫だ。お前の想いは……オレが届けてやる」
まさか、こんなに早くこれを使う日が来ようとは……人生、何があるか分からないものだと天を仰ぎながら独り言ちる。
ここ数日の準備期間中、スライプの顔は全く見ていない。
なんとなく寄った仕事斡旋所でレイから話を聞くも、しばらく顔を見ていないという。どうやら仕事もしていないようであった。
もしかすると、5年前と同じ状況かもしれないと、テラバスは危惧していた。
人を喪失する未来を恐れ塞ぎ込み、その中でアンドロイドと出会い娶り、その最愛の人を目の前で喪ってしまった。
あいつの事だからきっと今頃、涙に沈んでいる事だろう……。しかし、自分なら何とか出来る。出来てしまう。
……望まなかった能力なのに、今はこんなにも━━━━
テラバスは何だかおかしくなって、渇いた笑い声をあげると、右手で両眼を覆った。
「ああ……オレの魔眼は、この時のためにあったんだ」
━━テラバスは好戦的に笑い、指の隙間から赤い瞳を爛々と輝かせた。
これで4章プロローグ冒頭の台詞回収は終わりましたね。
誤字脱字、読みづらさがあったらすみません。
※詰め寄るシーンは「映画賭ケグルイ」の終盤のギャンブルシーンをイメージしてます




