72話 闘争か逃走か
6000字から削って4000字になりました。
今回もよろしくお願いします!
「ぐ……はぁ……っ!」
繰り返す荒い呼吸が、自らの耳朶に触れる。
魔力を宿した槍の穂先が剣の腹に衝突し、涼やかな音を立てて砕けていく。
破壊するたびに飛ぶ氷剣の飛沫が、頬を掠めるたびに薄い切り傷を刻んでいき、共に戦うシャロラインも、スライプの動きに合わせつつ攻撃を上手く捌いていた。
軽い目配せと呼吸で成り立つ……己の役割を理解し、相手の癖を理解している関係。ずっと相棒として戦ってきているので、今回も問題無く連携を発揮出来ている。
━━しかし、攻めきれない嫌な違和感が拭えなかった。
■■■本目の氷剣を破壊し終えたところで、スライプは大きく後方へ飛んだ。
対峙する古代王の魔法は実に多彩だった。武器の造形はもちろんトラップなど何でもござれ……炎と氷しか扱わないのに、対処の面倒くささはあの嫌いな魔女にも匹敵する。
正直、ここまでの強敵は嬉しい誤算……スライプは何だか苦痛も快感になってきていた。
驚喜で笑いたいところだが、状況は笑えない。スライプは足元の氷……敵の剣だったものを踏み潰した。
「クソッ……何本目だ……ッ」
大きな破片が、小さな欠片となって散らばっていく。
鋼の剣と変わらぬ殺傷能力を持つが、魔法であるなら自前の結界破りの魔法で破壊が可能である。しかし、こうも何回も回復されると、いい加減食い破り続けるのも一苦労になってきた。
性格上、スライプが使う結界破りの魔法は乱発するような代物では無い。
本人がもう少し力のコントロールが出来るようになればいいのだが、熱が上がりやすく、「感情」が欠点であるスライプに、繊細な使い方はほぼ不可能なのである。
よって、スライプはこの魔法を「何も考えず全力を込める必殺技」として使用する事で、欠点を乗り越え折り合いをつけていたのである。
とにかく燃費が悪い……毎回全力の魔法を何発も続ければ、当然、威力も精度も落ちる。結果……困った事に、剣の破壊に2撃必要となってしまったのだ。
呼吸を整えている間にも、古代王の手には氷剣が握られる。恐らく、さっきよりもより硬質に作られているだろう。
「スライプ、大丈夫か?」
すぐ隣に、シャロラインが軽やかに着地してくる。髪やドレスを翻し、金眼で王を見据えながら拳を構えた。
その瞬間、スライプは違和感の正体に気付いた。
「シャロライン……もしかして、動きづらいのか?」
シャロラインは一瞬体を震わせ、唇を噛んだ。
違和感の元凶……シャロラインの異常は、この寒さが原因であった。
自らが持ちうる少しの熱と、とにかく動き回ることで関節の氷結を防いでいるが、そんな事では間に合わない強すぎる魔法の冷気が鉄の体を蝕んでいた。
アンドロイドは暑さや寒さの制約をあまり受けないのだが、この王から放たれる魔法の威力には、少々苦戦を強いられているようであった。
シャロラインは、いつも通りに動いているはずだったのに見透かされてしまったと、つい苦笑いをする。
「……少しな。でも問題無い。技師の制止も無いから、きっと大丈夫」
そう言われ、スライプは横目でテラバスを見た。
戦闘の邪魔にならないよう端にいる彼も、シャロラインの変化には気付いているだろうが、何も言わず口をつぐんでいた。
◇
「……頑張るな。お前も女も」
対峙する古代王は余裕綽々といった様子で、スライプを見遣る。
「かつて戦った王族共でも、こんなにしぶとくなかったぞ」
「そりゃ、どーも……ッ!」
一合━━スライプ渾身の振りが放たれた。
ガキンッッ、と激しく衝突する音をたて、力を込めた一撃が防がれる。魔力が込められていない素の槍では、剣の破壊にまでは至らなかった。
しばらくそのまま拮抗し、ギリギリと音をたてる武器をつまらなそうに見ていた王は、これまた、つまらなそうに言い放った。
「ただ━━少し飽きてきたな」
古代王は緩慢な動きで、つま先を床に軽く打ちつける。
━━突如、周囲の温度がぐんと下がった。
一瞬で空気が冷え、スライプの呼吸がヒュッ、と止まる。
襲いかかる異常はそれだけに止まらず、足元が瞬く間に凍結し、床に縫いつけられた。
氷が膝下まで覆い、動きを妨害する。
呼吸が止まったスライプは呻き声すら出せず、眼前の剣を高く掲げる王を見た。
━━恐らく、この1撃は重い。
防ぐ事が出来ても、2撃目は無理だ……。
いや、下手したら1撃目で槍ごと両断されてしまうかもしれない……。
回避も、足元が氷結しているせいでままならず、結界破りの魔法を使っても、確実に1撃で壊せるかどうかは分からない。
━━それでもやるしかなかった。
振り下ろされるより早く、右足の氷を破壊。
左足は間に合わないので、体を捻り剣の軌道から逃れる━━━━
遮二無二床に転がると同時に、すぐ横で粉砕された床の瓦礫が跳ねた。
2撃目に備え、左足もすぐさま破壊し体勢を整える。必死にやって、ようやく逃れる事が出来た。
「……っは……、は……っ」
瞬間的な寒さが少し緩み呼吸が戻ると、必死に酸素を肺に入れる。目を見開き、胸を鷲掴みにするように押さえた。
スライプの決死の行動に、古代王は思わず感嘆の声をもらした。
「おお……! やるなぁ若者。……そのガッツに免じて、ここを最期の舞台にしてやろう」
そう言うと、古代王は軽快に指を鳴らす━━刹那、ズン……ッという地鳴りが響いた。
激しい振動が3人を襲う。スライプはよろけながら古代王を睨んだ。
「……っ、何をした!?」
「最期の舞台と言っただろ? ここは間もなく崩壊し、お前達は1人残らず死ぬ。お前達の選択肢はオレに殺されるか、崩壊した城に潰されて死ぬかだ」
古代王は楽しそうに笑っている。残りわずかな人間の命を、弄ぶように眺めていた。
スライプは歯噛みした。
逃げようにも、背を向ければあっという間に斬り殺されるだろう。どうするべきか決めあぐねている間にも、崩壊は進んでいく……。
戦いの舞台は崩壊する古城。目の前には、自分達を逃がす気の無い強敵。
スライプは最終手段の選択を迫られ、ゆっくり息を吐いた。
「シャロライン、テラバス……俺が言った事、覚えているな?」
ここに来た初めの頃、スライプが2人に言った言葉。自分が食い止めている間に逃げろという緊急時の指示……。エリアのもとへ帰すためテラバスを最優先に、シャロラインにも逃げてもらい、自分はどうにか生還する。
死ぬ確率は高いが、戦うための体であるならすぐにはくたばらないだろうと、自らの生命力に賭ける事にしたのだ。
状況は最悪、揺れるせいで足場はすこぶる悪いが、自分達が逃げられるくらいの時間稼ぎをするだけ……ここが正念場だとスライプは槍を握りしめた。
しかし、そんなスライプの自己犠牲を、幼馴染が止めた。
「いや、お前は留まるな」
テラバスは2人の近くにまで歩み寄り、冷たく言い放った。
「シャロライン、お前があいつの足止めをしろ」
「な……ッ!」
スライプは狼狽した。さっきと話が違う……ここに留まるのは自分であるはずだ。なぜテラバスがそんな事を言い出すのか、意味が分からなかった。
シャロラインも、言った通りにするべきだ。すぐに……すぐに逃げてほしいと願う。
しかしその願いに反し、シャロラインは力強く頷いた。
「……分かった」
スライプは絶望に染まった。
怒りと混乱で、自然と呼吸が荒くなる。
「……ッ、お前ら! 俺の言う事聞けッ!」
ダンッッッッ!! と石突で床を叩く。
テラバスは今、最愛の妻を殺そうとしている……その現実に、憎悪にも似た眼光を向けた。
「いいや。聞くのはお前だスライプ」
スライプの怒号を、テラバスは泰然とした表情で受け止める。
2人のやり取りを見たシャロラインは、神妙な面持ちでテラバスへ問うた。
「……任せても、いいんだな?」
「ああ。信じてくれ」
確かな答えに、シャロラインは満足そうに微笑んだ。そして、ゆっくりスライプの横を通り過ぎ、古代王の前で立ち止まった。
「じゃあなスライプ……。どうか無事に、ここを脱出してくれ……」
「…………っ」
スライプは歯を噛みしめ眉間に皺を刻み、怒りのような、悲しみのような複雑な表情を浮かべた。ここは自分が残るべき……それを1番分かっている人達のはずなのに、どうしてもさせてくれない。
疑問ばかり浮かんで、何も考えられなかった。
ぼうっとするスライプの目の前に瓦礫が落ちてくる。
これ以上留まっては、逃げ道すら無くなってしまう……テラバスは強引にスライプの腕を引いた。
「もう崩れる! 行くぞ!」
一瞬、ガクンと力無く膝が折れる。スライプはその衝撃で我に返り、だんだんシャロラインとの距離が開いていくのが分かった。
「待て! 待てよ! ……待ってったら……!」
声音が怒りのものから、悲しみのものへと変わる。
テラバスを制止させ留まろうと踏ん張るも、引きずられるように離され、スライプはもがいた。
「シャロ……! シャロォ……!」
スライプは、妻の背中へ手を伸ばす。
しかしシャロラインは、夫の必死な叫びにチラリとも振り向かなかった。
「あ…………あぁ…………っ」
目から溢れるもので、視界が歪む。
テラバスに無理矢理連れていかれ、天から瓦礫が降り注ぐなか、古代王へ立ち向かう後ろ姿が、スライプが見た妻の最後の姿だった。
今話もお読みいただきありがとうございます!
勘のいい方なら今後の展開が読めていると思いますが、それは心の中に留めておいてください!
次回更新は未定とさせていただきます。
見捨てずに、これからもお付き合いください!




