69話 「私」の在り方
毎度遅筆ですみません
今回は6000字です
急いで書いたので、誤字ってる可能性もあります
前もって謝罪します、すみません!
━━━━マルナト……毎日こんな料理食ってるのか、羨ましい……。
と、思うような夕食をいただいたあと、スライプはテラバス達と別れ部屋に戻る。
ベッド横の壁に立て掛けていた銀槍を持つと、ボスンと雑にベッドに腰かけ、穂先の研ぎ具合を見た。角度を変え照明に反射させ、曇りや歯こぼれが無いかを確認していく。
明日は国王からの依頼、離れの城にすまうという魔人を倒しに行く日である。武器の調子は整えておかなければならない。
事前に得ている情報は、魔人の名の通り魔法を使う、という事だけ。
……何故、城に住み着いているのか。
……魔「人」というが、本当に人なのか。人かあやかしか、死者が化物か……具体的な正体は会ってからのお楽しみであった。
使用人もいるはずなのに屋敷の中は比較的静かで、集中したり心を落ち着かせるのに丁度よい。おかげで、戦えるのは嬉しいが、ノリ気では無いスライプの心も落ち着いていた。
しかし、そんな静寂を荒らすような甲高い声が響く。
突如、屋敷内に少女の悲鳴があがったのだ。
危機を知らせるものというより、何故か歓喜にも似た叫びだったが、聞き過ごす訳にはいかないので部屋から飛び出す。途中テラバスやマルナトとも合流し、悲鳴があがった場所へ急いだ。
走る先にいたのは、2人の女性。
1人はシャロライン。もう1人は学生服の白のジャケットと、膝上の赤いスカートをまとう少女であった。背中に流した、金に近い薄茶の長髪がふわふわと揺れる。
彼女は何故か、嬉しそうにシャロラインの頭を撫でくりまわしていて、シャロラインは少女のテンションに追いつけないのか、されるがままになっていた。
マルナトはその光景にギョッと目を開き、シャロラインを撫でる少女へ向かって叫んだ。
「マイルナ! 何をやってるんだ!」
聞き覚えのある名前にスライプはハッとした。
ずっと前に写真で見せてもらった事のある、マルナトの妹である。
振り返ったマイルナは、ぱっちりした青い瞳で駆け寄ってきた兄達を見る。兄に似て、顔立ちのはっきりした愛らしい少女に成長していて、後ろからは見えなかったが頭には薄紫色のカチューシャをつけていた。
「あ、お兄様見て! この子、小さい頃よく遊んでいたお人形さんにそっくり! とても綺麗だわ!」
少女は愛らしい笑顔で、興奮気味にシャロラインの頭を撫で続ける。それに対し、シャロラインは早く助けてくれと言わんばかりに表情が固くなっていた。
妹の奇行に耐えかねたマルナトは苦言を呈した。
「マイルナ、その子はシャロラインといって、君のおもちゃでは無い。失礼な事はするな。それと、他にお客様がいるんだ。きちんと挨拶しなさい」
兄からの注意にふと、マイルナの視線が他のお客様━━スライプとテラバスへ移った。目が合ったスライプはにこりと微笑む。
こちらは知っているが、向こうからすれば初対面の知らない男だ。自己紹介はこちらからしなければ。
「僕はスライプ。君が目一杯撫でていたシャロラインの旦那さん。君のお兄さんとは国軍の同期で、今はやることがあってお屋敷に泊まらせてもらってるんだ」
「同じくテラバスだ。邪魔して悪いな」
にこやかなスライプと素っ気ないテラバス。
そんなやり取りをして落ち着いてきたのか、マイルナはシャロラインの頭から手を離し、ゆっくりさげた。
「ごめんなさい。てっきりあの時のお人形さんが大きくなって会いに来てくれたのかと……」
目に見えてしょんぼりするマイルナ。
メルヘン思考なお嬢様に、空気も緩む。写真で見ただけの少女は、どうやら純粋な子に育っているようであった。
「はじめまして。私、マイルナ・ルイスニア・キルスファイルと申します。どうぞこのお屋敷で、ゆっくりお寛ぎくださいませ、お客様」
令嬢らしく、綺麗なお辞儀をしてみせるマイルナ。彼女の美しい所作につられ、スライプとテラバスもお辞儀を返した。
そしてマイルナは2人の顔を見比べたあと、うっとりと目を細める。
妹の様子に、マルナトは眦をつり上げた。
「マイルナ? まさかとは思うが、『どちらにしようかな』などと考えていないだろうね?」
瞬間、マイルナの肩がギクリと揺れた。兄に睨まれ、ふいと視線を逸らす。
「な、何の事かしらお兄様ったら、オホホホホ……」
マイルナはお嬢様風の笑い方で誤魔化しつつ、その場から徐々に撤退していく。
そんな妹を見て、マルナトは深くため息をついた。
「恥ずかしながら、マイルナは面食いなんだ。おかげで縁談があっても交際が続かない……全く、誰に似たんだか」
「兄にだと思うよ」
嘆くマルナトに即答してみせるスライプ。
幼い頃からいいものに囲まれ見てきた2人は、審美眼が鍛えられているのか、とにかく綺麗なもの、美しいものを愛していた。それは人でも物でも心でも……対象は幅広い。
友からの即答に、マルナトは不服そうな表情をした。
「む、失礼な。……確かにそうだが、オレには遠くに残している婚約者がいるんだ」
誓って不義はしない! と胸を叩くと、急に表情を変え神妙な面持ちになった。
「オレがこう言うのもなんだけど、マイルナは貴族らしくない……中身は普通の女の子だ。放課後は寄り道してくるし、おしゃれも好きだしイケメンも好きだし買い食いも好きな子だ。しかし、やりたくないじゃ成り立たない世界に生まれてきたから、必要な作法は身に付けている。いずれするべき自分の役目を知っているから……。多分、彼女は強いんだ」
令嬢の役目は他国との婚姻、加えて世継の出産である。
あと1年後……成人すれば、マイルナは色んな事に巻き込まれるであろう。
貴族の令嬢として、国家間の協和や政治に利用される運命を知りながらも精神は捻れず、人生を棄てていない。
自由の愛しさを知りながら、いずれ来る不自由へ傅くのだ。
「だからまだ……その生き方が許されるうちは、そばで見守っていきたいと思うよ。
逃れられぬ運命に兄が出来る事は見守る事のみ。
静かな決意に、スライプは頷いた。
「その強さも、君によく似ているよ」
友からの言葉に、マルナトは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
乙女の悲鳴事件も収まり、それぞれ部屋に戻っていく。
シャロラインも部屋に戻り、マイルナにぐしゃぐしゃにされた頭髪を整えようと片方のリボンをほどくと━━━━
ジリリリリリリン……と部屋の電話が鳴った。
シャロラインはビクッと一瞬驚き、音の鳴る方向を見た。
部屋の角にある、黒の電話。
こちらも電車同様地方ではお見かけしない、王都限定の代物である。そんなものが部屋の1つ1つにあるとは……さすが貴族である。
鳴り止まない電話を前に、シャロラインはマルナトから聞いた使い方を思い出しながら受話器を手に取った。
「……もしもし?」
教わった最初の一言をおそるおそる口にする。すると、電話口の人物は驚いたように声をあげた。
「おあっ! シャロ~! 聞こえる~?」
「スライプか……」
耳にあてたスピーカーから聞こえてくる声は、子供のようなはしゃぎっぷりである。我が夫ながらどうかと思う。
「どうした、用があるならさっき言えばよかっただろ」
「せっかくだし、使ってみたいじゃん。ねぇシャロ、今から僕の部屋に来てよ」
「はあ? なんでまた━━━━」
「いいから! 僕の部屋は分かってるよね? 待ってるよー!」
早口に言い、ガチャッという雑音のあと、スライプの声は聞こえなくなる。一方的に切られてしまった。
「なんなんだあいつは」
通話相手を失った受話器をじっと眺め、そっと元の位置に戻す。
呼ばれたからには行かなければならないが、すぐ向かうのは少し癪だったので、ちょっと遅れてやろうと思い時間をかけて髪型を直すと、仕方なくスライプが待つ部屋へ向かった。
◇
ノックも面倒だったので、そのままドアノブを回して入る。
しかしスライプの姿は無く、しんとしていた。よく見るとベッドが少し膨らんでいる。
人を呼び出しておいて、電気もつけっぱなしで寝たのかと、シャロラインは不快そうに顔を歪めた。
「おい、来たぞ。一体何の用だ」
声をかけながらスライプが眠るベッドへ歩み寄る。
ベッドのすぐ横まで近付いた瞬間、がばりと布団がはねあがり、そこから伸びてきた腕がシャロラインの手首をがっしり掴んだ。
「わっ、ちょっと━━━━」
そのまま手を引かれ、強引にベッドの中へ引きずりこまれる。犯人は、その勢いで胸に飛び込んでくるシャロラインを抱き止めた。
「……おい!」
「まぁまぁ」
突然の暴挙に怒る妻を、スライプは頭を撫でながら宥める。この一連の出来事により、せっかく直した髪は再び乱れてしまった。
よく見ると、夫は上半身裸であり、傷だらけの体が晒されていた。マルナトから借りた寝衣では寝づらいのか、はたまた違う理由か。
そしてしばらくの間、スライプは黙りを決め込んだ。人を引き込んでおいて、何もしゃべらない夫にしびれを切らしたシャロラインは、少し怒ったような口調で呟く。
「私には睡眠は必要無い」
「横になるだけでいいから」
「……この服は戦うためのものだ。寝るのに向かない」
「んじゃ、今度買いに行こう。エリアに頼めばきっといいものを作ってくれる」
不機嫌なシャロラインに対し、スライプは抱く手を緩めず冷静に囁く。
それは、今後も添い寝を強要されるという事か? とシャロラインは険しい顔つきになるが、それを口に出すのは憚れた。
今のスライプは、いつもと違う雰囲気だった。
ただくっついていたいという感じとは違う何か。
自分では消化しきれないような何かを抱えた表情に、シャロラインは変な焦燥を覚えた。
前にテラバスから聞いた。男は皆一様に猛獣であると。
正直、その時は人間同士の話だろうと思いあまり聞いていなかったし、それじゃテラバスはどうなんだと聞いたらいい感じにはぐらかされたので、修理中の暇潰し程度の話題だと思ってよく考える事は無かった。
それに加え、夫婦生活3年間の内にこのような事態が起きた事は無い。まさか、ここにきて爆発するのだろうか。
見た目は人間だが中身はガッツリ鉄なので、固いし、固い。おまけに触覚はそこまで無い。どんなに好きだったとしても、アンドロイド相手ではいいことは特に無いのだ。
スライプ! 鉄は食べても美味しくないんだぞ!
まぁ夫婦なのだから同衾するのは何らおかしくはないのだが、自分達は人間の夫婦では無いので、いざ時が来るとどうしていいか分からない。
しかし待てど暮らせど……これ以上服を脱ぐ感じとかは全く無い。
こいつの考えている事がよく分からない……と黙っていると、スライプが静かに口を開いた。
「シャロは……人間になりたい?」
予想外の言葉にシャロラインは目を見開いた。
「は……? 何を言って……」
「出来るんだって。まぁ、おおっぴらには言えないけど、実用化はそこまで来てるらしい」
それから、魔薬の目的はアンドロイドを人間へ変えるために開発されたもの、ヒトの意志を奪うという効果はその副産物だという事を説明した。
「……たとえ出来たとしても、お前はそれを望まないだろう?」
スライプが伴侶としてアンドロイドを選んだ理由に、人より死ににくいからという理由がある可能性が高いと、テラバスから聞いていた。
戦争で人の悲しみに直に触れ、勝手に喪失を恐れ、トラウマになるまで追い込まれたスライプを救ったのは、シャロラインというほぼ不滅の機械伴侶。
そんな理想の相手を、わざわざ人間にして心臓や血を持たせ、有限の命に変える事は望まないだろうとシャロラインは考えた。
シャロラインから返ってきた答えに、スライプは悲しそうに微笑んだ。
「……嘘ついてもしょうがないね。その通り、僕は君の人間化に反対だ。それでも、君の意見を聞きたい」
話し合いもせず、一方的に決める事はしたくない。でも人間になりたいと言われたらどうしようかと考えてるうちに、時間が流れてしまった。
そして、ようやくシャロラインへ話す決心がつき、こうして呼び出したのである。
しばらく考えていたシャロラインは、訥々と語り始めた。
「……私は、いずれ夫を持つアンドロイドとして造られた。伴侶型といっても、上手くいかない方が多い。見返りを求めず、夫を立て、不満を飲み込む……感情を殺すような生活をするのだと思っていた……」
ゆっくりなシャロラインの吐露に、スライプはうんうんと相づちを打ちながら耳を傾ける。
「でも、違った。人より優れ、足りないものだらけの私に愛情を注いでくれたのはお前だ。苦労は多いが、それ以上の慈しみをくれた。この3年間、私は十二分に愛された。だからこそ━━━━」
シャロラインはスライプの手を取ると、自らの頬に触れさせ、その手にすり寄るように頭を動かした。
「お前に触れられても、何も感じない……。それが、今は堪まらなく悔しくて、悲しい……」
シャロラインは悲嘆に、声を震わせた。表情は、とても苦しそうだった。
アンドロイドに、触覚はほぼ無い。
抱き締められても、頭を撫でられても、ただ皮膚コーティングされた鉄の体では、何もされてないのと一緒である。
触れているという事実は視覚でしか捉えられない。スライプからの溢れんばかりの愛を知っているからこそ、それが悔しく悲しいとシャロラインは言ったのだ。
刹那、スライプの心臓がどくんと脈打った。上体を勢いよく起こし、シャロラインの顔を見る。
━━━━泣いているように見えた。
アンドロイドに涙腺は無いので、当然それは幻覚なのだが、シャロラインの表情は鮮烈に脳裏に残った。
語られた思いに、殴られたような衝撃を感じた。
妻に芽生えていた悩みと悲しみ。
まさか、一方的に与えていた触れ合いが、彼女の重荷になっていたとは。
そして、さらにスライプをぐらつかせる事実が発覚する。
シャロラインの悩みは、人間になれば解決する。
人間となり五感すべてを得れば、悲しみの元である不感が解決される。しかし、それは人間と同じ「生命を得る」という事。スライプが望まない。
シャロラインの表情と想いに混乱していると━━━━
「どうした?」
気の強そうな、つり目がちな金眼が見上げていた。
「……いや」
もう、自分がどんな顔をしているのか分からない。
短く答えて、再びベッドへ潜り込む。しかし、再び妻の顔を見ることが出来なかった。
『困ったな……』
気の聞いた一言も言えず、ただ寝付く。それが途轍もなく情けなかった。
んーあと5、6話くらいで完結予定です
また、変更があるかもしれません!
評価、感想お待ちしています!
次回更新は未定とさせていただきます
申し訳ございません




