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7話 徒 歩 で 行 く

 夜が過ぎ去り、新たな1日が始まった。



 起床したスライプは洗面台へ向かいバシャバシャと顔を洗う。寝ぼけた状態から覚醒し、パッチリした柔らかな目付きの青年が鏡に映った。その後鏡を見ながら髪を櫛でとかすと、水色の長髪をうなじあたりで結わえた。少し癖のあるふわふわとした髪が、彼の優しそうな雰囲気に一役買っていた。


 リビングへ向かうと、金髪の女性が立っていた。大きく長い縦ロールを黒いリボンで2つに結び、気の強そうな金の双眸をスライプに向けている。着ている青いドレスとのコントラストが美しい。


「おはようスライプ」

「おはようシャロ。……あーご飯はいい。適当にパン貰っていくよ」


 朝の挨拶もそこそこに、彼女を愛称で呼びながら食パンを袋から取り出すと焼かず、味もつけずにそのまま食べ始めた。


 スライプは顔を洗ったとはいえ完全に眠気は取れなかったのか、寝ぼけ眼に逆戻りしていた。

 もそもそと食べながら自室へ戻ると、床に広げてあった荷物をまとめだす。荷物といっても携帯食料のみなので、巾着袋に入れて終わりなのだが。


 準備を終え、巾着袋を持ち再びリビングへ戻ると、シャロラインがテーブルに地図を広げて見ていた。


「なぁスライプ、こっからどう行くんだ? 馬か何か使うのか」


 スライプの戻りに気付いたシャロラインが尋ねた。

 地図は国全体のものではなく、1番街から3番街までの狭い範囲のものであった。

 道路を示す線がいくつも描かれ、施設や店などが細かく点で記載されている。

 移動手段を問われたスライプは「うーん」と悩みながら唸った。


「馬……とも思ったけど、隣町までは歩けないこともないから歩いて行こうと思う。半日で行って半日で帰ってこよう」

「分かった。お前がそれでいいなら」


 移動手段や日程を決めるのはスライプであり、シャロラインはよっぽどのことがない限りそれについて異議を唱えることはない。


 本日の行き先は2番街であり、3番街からでも十分歩いて行ける距離である。

 馬を借り一気に移動してしまった方が楽なのだが、道中の管理が面倒なのでスライプは滅多に借りないのである。


「それじゃ行こっか。より詳しい位置は現地の人に聞こう」


 スライプとシャロラインには2番街の土地勘がないため、2番街に着いてからは地元民に聞きながらの移動となる。


 スライプは巾着袋を腰の帯に挟み白銅色の長槍を手に持った。


「おう。出発だな。ちゃんと鍵閉めろよ」


 しっかり戸締まり確認し、2人は隣町へ向かった。



  ◇

 2番街までは、歩いて3~4時間程でたどり着くことが出来る。3番街と同様、王都とは遠い地方なので栄えも廃れもしておらず、平和で穏やかな町である。


 ━━━━と、事前にテラバスから聞いていた。


「実際どうなんだろうねぇ」

「さぁな。やっぱりここと変わらないんじゃない?」


 のほほんと穏やかに、これから戦闘があるかもしれないのに、それを全く感じさせない会話をしながら2人は歩みを進めていた。……物騒なものといえば、スライプが持つ抜身の槍ぐらいである。


 途中腹が空いたら適当な露店で買い食いをし、そのたびにシャロラインから偏食だの栄養がだの細かく言われるが、スライプはお構い無しに好きなものを食べていく。


 適度に空腹を満たしながら歩いていると、『この先2番街』という小さな看板が見えた。何気なく歩いているだけだと見逃してしまいそうなくらいの小ささの看板である。

 

「ちっさ! もうちょい目立つように立てればいいじゃん!」

「まぁ国境じゃないし……。そこまで重要じゃないからね」


 こうして歩くこと3時間、2人は無事に2番街へ足を踏み入れた。



  ◇

 踏み入れた━━━━といっても景色ががらりと変わる訳でもなく、どこまでものどかな田舎の風景が広がっていた。

 

「さて、無事着いた訳だが……」


 ここから目的地である電子研究工房までの移動は聞きながら、もしくは地図で確認しながらとなる。

 どうせならルートもテラバスから聞いておけば良かったと思いながら、2人はまず誰に聞こうか頭を悩ませた。


「まぁあてがないわけじゃないけど……」

「へぇ、誰だ? 知り合いがいるのか?」

「いんや。2番街の仕事斡旋所に行けばいいのさ。中にいる人に聞けばいいでしょ」


 スライプの提案から次の目的地が決まり、2人は2番街の仕事斡旋所へ行くことになった。



 なんとなく歩いていると、スライプにとって見慣れた看板が目に映った。丸められた紙に十字架のような剣の紋様。これが国共通で使われている仕事斡旋所を示すマークである。看板の端に数字の「2」が書かれている事から2番街の斡旋所だと分かる。


「あった。ここだね」


 スライプは躊躇いもせず押し戸を開き、話を聞けそうな人をキョロキョロと探した。しかし中にいたのは酒を飲んでいる男1人と、いかにも悪人そうな強面の屈強な男が2人いるだけである。

 責任者である所長もいるはずなのだが、この強面の男達を忌避しているのか、出てくる気配が感じられなかった。


 酔っぱらいに聞くわけにもいかないので、強面の屈強な男に話しかけた。


「やぁ、ちょっといいかな」

「あぁん?」


 どすのきいた低い声を出しながら、男は振り返った。スライプよりも一回り大きい。

 日焼けした肌と短く刈り上げた茶髪。筋骨隆々とした体格の2人は、例えるなら熊とゴリラである。


「君達は、電子研究工房の場所を知ってるかい? 知ってたら教えて欲しいんだけど」


 自分よりも(見た目は)弱そうなスライプに気さくに話しかけられ機嫌が悪くなったのか、ただでさえ怖い顔つきを更に恐ろしく変貌させた。


「わざわざオレ達に話しかけるとは死にたいのか坊っちゃんよぉ。それに、タダで教えるつもりはねぇ。そうだな……この女にでも払って貰うか?」


 そう言うと男達はスライプの後ろにいたシャロラインの腕を掴み、ぐいっと強引に引き寄せた。


「……っ、何を……っ!」


「一丁前に女連れやがって……。おっと動くなよ。大人しくしとけば命は助けてやる」

「命は、だけどな」


 男達は下卑(げび)た笑みを浮かべている。この2人はシャロラインがアンドロイドだと気付いていないようだ。久々にいい女が手に入ったと喜んでいる。


 シャロラインは振りほどこうとするが、掴む力が強く簡単にはいかない。

 その最中に、握り拳を作り震えているスライプが見えたシャロラインはハッとし慌てて叫んだ。


「━━━━おいっ! お前早く逃げないと!」


「女を置いて逃げる気か? それに逃げても無駄だぜ……。すぐに捕まえて殺すからな」


 浮かれているせいでスライプの雰囲気に気付かない男2人は、シャロラインが発した言葉を、自分達へのものではないと思っていた。


 男達はまるで気付いていない。

 愛する妻をぞんざいに扱われ、その体を狙う不躾さに静かに怒り狂っているスライプがいることに。


「違う! これはお前達の事だ! 早く逃げろお前ら! さもないと━━━━」


 ━━━━今日がお前らの命日になるぞ!



 シャロラインがすべて言いおわる前に、すべてが終わっていた。

 スライプはシャロラインの腕を掴んでる(例えるなら)ゴリラの腕を槍で突き刺し、その手がシャロラインから離れたことを確認したあと胸ぐらをガッと掴み足払いをかけその場で転倒させると、顔面を床に思い切り叩きつけた。


 そのあと流れるように(ひる)んでいる(例えるなら)熊の方へ手を伸ばし、ゴリラのとき同様胸ぐらを掴み逃げられないようにしたあと、拳を鳩尾(みぞおち)に叩き込むと前かがみになった熊の背中へ強烈な踵落としを打ち込んだ。


 一連の動作わずか3秒の出来事である。

 シャロラインの警告(むな)しく、大男が無惨に斡旋所の床に転がることとなった。


 女を奪うにしてもあまりに相手が悪すぎたのだ。


 そして突然の凶行に恐怖したのか、1人で酒を飲んでいた男性はいつの間にかいなくなっていた。


 スライプは動かなくなった2人を見下ろすと、スライプは腕に刺しっぱなしだった槍を引き抜いた。ビュッと血が吹き出し、あっという間に床が赤く染まった。

 穂先が血で濡れた槍を携えたスライプは、鋭利な切っ先を男の左胸へ向け腕に力を入れた。


 昏倒させるだけでは飽きたらず、生命の断絶を……殺害をしようとしていた。


「スライプッ! それ以上はダメだ! 抑えろ! 私達は話を聞きに来たんだ! ここで誰かを殺すためじゃない!」


 シャロラインは後ろから羽交い締めにし凶行を止めようとするも、怒りが頂点に達しているスライプは止まらない。


「俺を止めんなシャロライン! まずはこいつらを葬ってからだ! 人の女(俺の妻)に手ぇ出しやがってぇぇぇ!」



 スライプにとったら目に映るだけでも許しがたい……。怨敵(おんてき)ともなった2人を生かす理由がない。

 1度殺意(テンション)が上がると相手か自分か、どちらかがいなくならない限り収まらないという彼の過激さはどこだろうと発揮される。

 青と紫の左右異色の瞳が、ギラギラと殺意に湧いていた。


 必死に止めること数分、突如扉が開く音が響き、1人の少女が2人の元へ近付いた。


「あっ、あのっ! ありがとうございます! あの人達……すごく怖くて……。でも貴方達が来てくれて……とても助かりました!」


 齢10代後半と思わしき少女は深々と頭を下げた。

 明るめの茶色の髪が動きに合わせるように揺れる。


 だが、暴れるスライプとそれを止めるシャロラインには少女の相手をしている余裕が無かった。


「君! もう少し離れてくれないか! この通り……っ! ヤバい奴がいるから……っ! 落ち着いたら話するから……っ!」


「はっ、はい!」


 シャロラインの言うことを素直に聞いた少女は、距離を取るためにカウンターの中へ退避し、暴走が終わるのを大人しく待っていた。


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