67話 技師とアンドロイドの朝
また長くなりそうなので、分割させました。
今回は2000字ほどです。少し短めですが、ご一読お願いします。
この世界に目覚めて3年。それは、スライプのもとに嫁いで3年という事を意味している。
シャロラインは、あの家以外で夜を過ごしたのは初めてだな、と思いながら青白い夜明けを眺めていた。……いや、ずっと前に家を飛び出した時、3番街の青果店店主の家にお世話になっていたから初めてではないな、と同時に余計な事を思い出す。
部屋は1人ずつ割り当てられ、広さもそこそこ。窓から見える景色もいいし、内装や家具も上品で質もいい。さすが貴族様のお屋敷といったところである。
ただ、アンドロイドに睡眠は必要無いので、せっかくのふかふかなベッドは使わずじまい。せいぜい腰かけるくらいでしか使うことがないのが少し残念だった。
1人の時間をそのベッドに座り、マルナトから借りた本を適当に読んで時間を潰していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。シャロラインは視線を本から離し、ドアを見遣る。
「誰だ?」
「オレだ、開けてもいいか?」
声の主はテラバスだった。
時計を見ると、針は4時半を指している。こんな夜明けに何用かと、とりあえずドアを開けるため立ち上がる。
「どうした? こんな朝早くに」
ドアを開けた先のテラバスは、白いケースと工具が入った箱を抱えている。その装備を見て、シャロラインは合点がいった。
「ああ、それか」
「スライプがいないうちに、今までの分をやっておこうと思ってな」
それは、技師にお願いして数ヶ月前から続けていたものだった。シャロラインの希望により、スライプに内緒にしているものなので、本人がいない今がチャンスである。
スライプはマルナトと共に、朝練と称した昨日の続きをしていて、甲高い金属音が絶え間なく聞こえてくる。朝から元気な2人に、テラバスはため息をついた。
「よくやるよ。スライプもマルナトも」
白いケースから機械の首輪を出しながら、外からの短く鋭い音を聞く。
ベッドの上に座ってもらい、彼女の首へ装着させる。
テラバスは慣れた手つきで機械を操作し、シャロラインも落ち着いた様子で大人しくさせるがままになっていた。
「今回は声紋も取りたいから、何か適当にしゃべってくれ」
技師からの指示にシャロラインは、自分の名前やら製造番号やらを適当に言い連ねていく。
喉からの振動を首の機械が捉え、データとして蓄積される。量が十分になったところでテラバスは「オーケーだ」とシャロラインの声出しを止めた。
テラバスは首輪を外し、鮮やかな青い魔眼でそれを凝視した。もし異常や不具合があれば、今までかけてきた時間や苦労が水の泡になってしまうので、時間をかけじっくり視ていく。
しかし、特に異常は視られなかったので、今回も無事成功したと胸を撫で下ろした。
いつもの黒瞳に戻し、程なくしてやって来る痛みにまばたきを繰り返しながら欠伸をすると、シャロラインが顔を覗きこんできた。
「まだ昨日の疲れもとれていないだろう? 無理をしなくても……」
移動による疲労と早起きによる睡眠不足により、少し疲れが残っている顔を心配そうに見上げる。
「ああ、正直眠い……まだ寝てたい。でもいつチャンスがあるか分からないし、いつこれを使う日が来るか分からない。なら、少しでも多い方がいいだろ?」
本当ならこれを使う日など来ない方がいいんだけど……とテラバスは眠い目をこすった。
「うん。すまないな、夫婦共々面倒をかけて」
眉尻を下げるシャロラインに、つい吹き出してしまった。機械の体、人工の表情のはずなのに、その豊かさはとても人間らしい。
「全くだ。ここまでやってるんだから、お前らにはちゃんと元気でいてもらわないとな」
開始から約30分後。作業が終わり首輪をケースにしまうと、テラバスはシャロラインの部屋を出た。
荷物を抱えながら、静かな廊下を歩く。ズキズキと痛みの波を繰り返す眼球に、ふと自身の性質を思い出す。
━━━━お前達が生きているなら、オレは十分だ。
性質とは、生まれた時にある程度定められている人生の方向性。その人の体質である。
スライプが破壊を好むように、メルザが何かを束縛をするように、テラバスもその性質に沿った思考が存在する。
自分が生きていけるなら、誰かが生きていてくれるなら、多少の苦労や苦痛は受け入れるつもりだと覚悟を決めていた。
そして、生きていくのに必ずついて回る『痛み』が、自分の欠点……『依存』と『創傷』して表れる事も承知している。
どれほど手を焼いた幼馴染だろうが、あれほど自分を貶め苦しめた義姉だろうが、願うのは生きること。
自己と他者の『生存願望』……それが、テラバスの生まれ持った性質だった。
次回更新は明日になります。
ブクマや評価をお願いします!




