65話 恩人の孫と依頼主
今回6000字いきました。長くなって申し訳ない。
時刻は午後3時。
太陽が少し西に傾き始めた頃、スライプ達は知り合いを訪ねる前に、遅めの昼食を取ることにした。
「何を食べるかはお前達に任せるよ」
アンドロイドに食事は不要なので、何を食べるかは人間2人に委ねられる。
シャロラインからの放任に、スライプとテラバスは顔を合わせた。
「そうだねぇ。テラバス、何がいい?」
定食、パスタ、ピザ、ハンバーグ、ステーキ、サンドイッチその他諸々……地方には無いものも、王都なら選びたい放題である。
しかし種類が無さすぎるのも困るが、ありすぎるのも迷ってしまう。コレが食べたいという気分も特に無いので、余計考え込んでしまった。
あれこれ提案するも、いまいちピンと来るものが無い。らちが明かず面倒くさくなったテラバスはため息をついた。
「何でもありそうなとこ見つけて、そこで選べばいいんじゃないか?」
「おお、それはファミリーレストランというものだね?」
地方には数店しか無いが、王都にはたくさんあるそれは、気分や好みが分かれがちな家族に人気のレストランである。
まさに、今の状況にぴったりなお店であった。
「んじゃ、そこにしよっか。行ってからの文句は無しな」
昼時も過ぎている今なら、早く料理にありつけるかもしれないと、3人は近くのレストランを目指す事にした。
◇◇◇
レストランでの食事を終え、空腹を落ち着かせたスライプとテラバスは、満足げに腹を擦った。
「はぁー。美味しかった」
「だな。家族向けも侮れんな」
ご機嫌な2人に対し、隣にいる女性に笑顔は無い。
「……あの程度なら、私にも作れる」
シャロラインはボソッと、不機嫌そうに呟いた。消え入りそうなか細い囁きなのだが、愛妻の言葉はスライプの耳に届いてしまう。
目ざとく反応し、笑顔でシャロラインの方へ振り向いた。
「そりゃあもうシャロのご飯がいちば━━━━」
「あーはいはい。うるさいぞ。テラバス、次はどこだ?」
大声を出すスライプの口を塞ぎながら、次の行き先をテラバスへ問う。
「マルナトを探す。そのために軍本部へ行く……で、いいんだなスライプ」
未だ塞がれている口を、もう大丈夫だから、と腕を叩いて手を離してもらったスライプはうんと頷いた。
「そうだね。あいつの事だから軍を辞めているってのは無いだろうし……。直接軍本部に行った方が早いと思う」
目標は、かつて所属していた国軍の本部。
またも先を歩くスライプの後ろを、シャロラインとテラバスはこそこそと話しながらついていく。
「……なぁ、マルナトってどんな人なんだ?」
自分と縁がある人物らしいが、シャロラインは会った事も、スライプから話を聞いた事も無い。そんなシャロラインだけ仲間外れはよくないので、テラバスは自分が知っている事を話した。
「お前には元々別の持ち主がいた、っていうのは前に話したよな?」
シャロラインは頷いた。
元々、A=4型はキルスファイルという貴族の所有物であった。スライプが偶然見初め、交渉と条件ののち譲渡されたのである。
「マルナトは元の持ち主の孫で、軍人時代のオレ達の同期だった奴だ。……本人はとても気さくでいい奴だから、きっとすぐ打ち解けれるよ」
テラバスがそう言うのなら、そういう人なのだろう。
シャロラインは期待と不安を抱えつつ、その時を待つ事にした。
◇◇◇
歩き始めて数分後、スライプ達はそれを見て天を仰いだ。そびえ立つ白亜の建物は王の住処、権威の象徴……王城である。
本当の目的地は軍本部なのだが、そこへ行く時も王城と共通の門を潜らなくてはならない。
当然、そこには門番が存在する。
足を踏み入れた瞬間門番に止められてしまったが、偶然にも門番の1人がテラバスの先輩だったので、特別に中へ入れてもらうことが出来た。
門番にマルナトの所在を聞くと、今日の日程は部下を連れての野外訓練ということなので、早速訓練用の荒野に向かった。
王国の攻めと守りの要、大勢が軍人として籍を置く国軍本部。数年前までは当然のように歩いていた敷地内だが、今は何だか知らない場所に迷いこんだような感覚になっていた。
それでも嫌というほど歩いた道だ、荒野までの道順は覚えている。
ふと、懐かしい土の匂いが鼻に届いた。
その正体は、何もない荒野。
広い━━障害物などほぼ皆無のだだっ広いこの場所が、剣を磨き、魔法を磨くための戦闘フィールドである。かつてスライプ達も、ここで訓練を重ねた。
門番の話だと、ここにマルナトがいるというのだが。
数多の汗と少しの血を吸ってきたであろう茶色の大地を踏みつつ、目的の姿を探していく。
途中、戦闘訓練をしている部隊をいくつか見かけ、自分達にもこんな時代があったと懐かしさに浸っていると、ようやくその姿を捉えた。
長身に藍色の軍服をまとい、金に近いような薄茶色の長髪を三つ編みにまとめた、帯刀の青年。
彼の周りを、同じ藍色の軍服を着た5、6人の軍人が数メートルおきに囲っている。数年たっても変わらない彼の姿に安心していると、突然金属音が響いた。
いつの間にか剣を抜き放っていたマルナトが、1人の強襲を受け止めていた。戦闘訓練が始まったらしい。
荒野を駆るたびに舞う土埃が、風に乗ってスライプ達の方まで流れてくる。魔法攻撃も始まったのか、途中から砲撃音もなりはじめ、戦争さながらの激しさになっていく。
スライプ達は訓練途中に声をかけるのも迷惑だと思い、終わったあたりにでも話しかけようと、しばらく訓練の様子を観察することにした。
やがて剣戟と砲撃が止むと、軍人達がバラバラに散っていく。どうやら休憩に入ったらしい。
抉れたり隆起したりしている荒野から軍人が去るなか、未だ立ちすくんだままの彼へ、スライプは「おーい」と声をかけながら歩み寄っていく。
呼びかけの声に反応し振り向いた青年は、スライプを見るなり顔を輝かせた。
「おおー! スライプじゃないか! 久し振りだなー!」
「よっすマルナト! 元気してたか?」
再会早々、2人はハイタッチを交わした。
軽快な音が荒野に響き、懐かしい顔に喜んでいる。
「もしかしてさっきの訓練見てたのか? 乱入してくればよかったのに」
「いや……今は一応部外者だし、真面目にやってるところに入ったら迷惑だろ」
下手したら死ぬかもしれない実戦訓練中に、見ず知らずの輩が急に飛び込んできたら迷惑千万であろう。
「そう? 君の戦い方は部下達にもいい刺激になると思うけどなぁ……。まぁ君以外にも客人はいるようだし……」
マルナトの視線がテラバスとシャロラインに移り、目が合ったテラバスは軽く片手をあげた。
「よっ。……っていっても、技術兵と戦闘兵とじゃ、部隊も役割も違うから覚えているかは知らんけど」
記憶に無くても仕方がないと、自嘲気味に笑うテラバスに対し、マルナトはううんと首を横に振った。
「いや、戦闘兵でも君の事は知ってるよ。主にヤバい奴の隣にいる奴って感じだけど!」
「それは……あまりよくないやつだな……」
知られているのなら自己紹介は省いても問題無いが、その知られ方が少し引っ掛かる。
今はもう過ぎた事だが、どうせならもう少しマシな広まり方をしてほしかったと心底思った。
「それで、君の隣にいるのが……」
ふと、マルナトの視線が横へ移動した。
穏やかな視線がシャロラインへ注がれる。
「この子が、お祖父様からもらった子だね?」
「ああ、名をシャロラインという」
スライプが妻の名を伝えると、マルナトは嬉しそうに頷いた。
「お祖父様があれほど大事にしていたアンドロイドを誰かに譲るなんて、誰だろうと思っていたが……。なるほど、君ならお祖父様も認めるだろうな」
そう言うと、シャロラインへお辞儀をした。長い三つ編みが前に垂れる。
「こんにちはシャロライン。……実をいうと、オレは君の事を知っていたんだ。3番街の別邸で、お祖父様が一等大事にしていたアンドロイドだからね。……申し遅れた。オレはマルナト・ルイスウェア・キルスファイル。スライプ達とは同期の仲間であり友である。今は国軍中佐だ」
よろしく頼む、と爽やかに手を差し出す。
シャロラインも手を握り返し「よろしく」と淡く微笑んだ。
恩人の孫へ、妻の紹介を済ませたスライプは、気になっていた事をマルナトへ問う。
「君のお祖父様は……ガルドフ様は息災か?」
ガルドフはマルナトの祖父であり、A=4型をスライプへ譲り渡した人物である。彼がいなければ……アンドロイドを譲ってくれなければ、スライプは未だに喪失を過剰に恐れ引きこもっていただろう。
マルナトは目を伏せ、ゆるゆると首を横に振った。
「いや……去年亡くなってしまったよ。……今度、墓参りに来てくれないか? きっとお祖父様も喜ぶ」
「あぁ、妻と一緒に行かせてもらうよ」
もう2度と言葉を交わせなくなったのは残念だが、お世話になった人へ改めて妻の紹介をするため、墓前に手を合わせる約束を取りつける。
それからというもの、シャロラインに対するマルナトの賛美が続いた。
「オレも、この子の事は美しいと思っていた。ある日急にいなくなってしまって残念だったが、とても綺麗に保たれている……本当に、いい人にもらわれたようだ」
瞬間、テラバスの顔が何か言いたげに歪んだ。
━━確かに至極大切にしているのだが、依頼の戦地には連れていくし、何なら自分で壊して修理に持ってくる奴だぞこいつは、みたいな感じで。
そんなテラバスの表情などいざ知らず、スライプは「だよね~」とシャロラインの美しさに同調している。
「オレも、何度かお祖父様に頼んだ事がある。しかしお祖父様は、壊したりしたら大変だと、一向に箱から出そうとしなかった。だからオレは、いつか君が動いているところを見てみたいと思っていた━━━━」
ふと、シャロラインの手を取り、青い眼差しを向けた。
「やはり、君は動いてこそ美しい……」
貴族ゆえ社交会慣れしているせいか、紳士のする、完璧な微笑みを向けるマルナト。
恥ずかし気も無く堂々と言われ、貴婦人に好意を向けるような表情に、シャロラインは急に恥ずかしくなり、視線を泳がせスライプに助けを求めた。
そんな、あわあわと困惑している妻も大変可愛い……。
しかし放置する訳にもいかず、狼狽している妻に微苦笑しながら助け船を出した。
「あまり口説いてくれるなマルナト。妻が困っている」
軽く注意されたマルナトは「失礼」と笑いながら、シャロラインの手をゆっくり離した。
「美しいご婦人には、まず声をかけろと言われてきているのでね。……そんで、君達は何しに来たんだ?」
「え、君が呼んだんじゃないの?」
スライプ達がここに来た理由は、マルナトが会いたがってるとアンジェスタから聞いたからである。
首を傾げるスライプに対し、マルナトもきょとんとしている。その後、何かを思い出したのか、少し慌てた様子で声を荒げた。
「…………あぁっ、そうだったな……!」
瞬間、スライプの眼光が鋭利になった。
呼び出したはずの本人が、来訪の理由を聞くなど、忘れるなどおかしい。さっきの台詞も、まるで何かと口裏を合わせていたような口振りに聞こえた。
━━やはり、何か企みがある……。
「マルナト……? どういう事か、説明、してくれるかい?」
1歩ずつ、ゆっくり近づいていくスライプ。笑っているのに……笑ってはいるのに、どう見たって怒っている。
そんなスライプの怒気に呼応するように、携えていた銀槍も夕陽の光を反射しギラリと光った。
ジリジリと詰め寄られたマルナトは、観念したのか勢いよく両手を合わせると、頭を下げた。
「すまない我が友! その……騙すつもりはなかったんだ!」
◇◇◇
マルナトは少し赤くなっている左頬を押さえながら、白い回廊を歩き、3人を導いていく。
「全く……貴族の顔殴るか普通」
悪態が口からこぼれる。
頭を下げ謝ったというのに、急に胸ぐらを掴まれ「ユルシテヤルカライッパツナグラセロ」と否応なしに鉄拳制裁を執行されたのである。
「1発で済ませてやったんだからありがたいと思え。お前がガルドフ様の孫じゃなかったらもっとボコボコにしてるぞ」
左右異色の鋭い眼光で、前を歩くマルナトを睨み付ける。
スライプの性格上、この言葉に虚偽や誇張は無い。わずか数年の付き合いとはいえ、それを知っているマルナトは想像し少し震えた。
「そんで、お前の企みを聞かせてもらおうか?」
マルナトはわずかな沈黙ののち、口を開いた。
「実は、君達にあるお願いをするために、ここに呼び出す計画を立てたんだ」
背後の3人からの反応は特に無かったので、マルナトは続けた。
「ただ、オレはあまり軍本部から動けない。だからスライプ達と知り合いで、所在を知っているアンジェスタに頼んで、キルスファイルの事をダシに使ってもらい、オレが呼んでいると伝えてもらった。結果、君達は無視出来ずにここに来た」
マルナトは歩みを止めず淡々と説明する。
呼んだのは間違いないのだが、それは下心込みであることを白状した。ただ、頼みがあるというだけではスライプは動かない……キルスファイル家に対する、スライプの恩義を利用した計画だった。
その発想に、テラバスは腕組みをして唸った。
「まぁ、普通に呼び出すより勝算は高い作戦だな。……てことは、よほど失敗が出来ない何かがあるってか?」
「……ご明察。さすが、魔眼実験に推挙されるだけはある」
テラバスは目を見開いたが、その事について何か言うことは特にしなかった。
「……てか、オレ達、どこに連れてかれるんだ?」
テラバスの言葉に、スライプとシャロラインも周りを見た。
マルナトの後を追うのに気が取られ、いつの間にか周囲がガラリと変わっているのに気がつく。
ただの白の内装が、より凝ったデザインのものに変わっていた。少なくとも、軍本部ではないという事は確かである。
それにここまで来るまで、やたら階段が多かった気がする。
上へ上へ向かう階段の先に、一体何があるのか……。
「大丈夫。すぐに着くよ」
長い廊下を歩き、一枚の扉を開ける。そして、先にあったのは美しい広間。その荘厳さに、思わず息を飲み、足を踏み入れるのも躊躇ってしまった。
それでも先を歩くマルナトの後を追い、一段と豪奢な装飾の床や壁を見ながら進んで行く。
そして、その先には彫刻が見事な、美しい扉があった。
軽率な侵入を阻むような美しさ━━━━
それこそこの国の頂点たる人物でないと、立ち入りが許されないような場所である。
扉の前で立ち止まったマルナトは振り返り、神妙な面持ちで3人を見た。
「……君達には、その方の依頼を受けてもらいたい」
「その方……とは?」
すでに予想はついているが、一応聞いておく。
微かに語気を固くさせるスライプに気付いたマルナトは、真顔で1度だけ頷いた。
「我らが国王陛下━━━━ハウルス様だ」
荘厳な門扉が、マルナトの手によって開け放たれた。




