63話 『 お前も道連れだ! 』
その日も修理済みアンドロイドの引き渡しと費用精算を済ませ、仕事を終わらせたテラバスは、額に上げていたゴーグルを作業台へ放り投げた。
傷や汚れがあまり無い黒のゴーグルは、稼業再開する際に新しく購入したものであり、前使っていたものはメルザに捕まっていた時に壊れてしまったのである。
再開してからというもの、他の修理屋では直せなかった割と面倒な(シャロラインほどではないが)修理依頼が殺到してしまい、部品と時間が足りなくなるという事態が発生。
部品の買い出しにカルスの手も借りつつ、一時予約制を取り日時を調整ながらの仕事となってしまっていた。
先ほど帰ったお客さんで予約された依頼はすべて片付けたので、あとは飛び込みで来るかもしれないお客さんを待ちながらコーヒーブレイクをする事にしたテラバスは、少しでも寛ぐため作業着からジャージに着替えた。
飛び込みに備えズボンはそのまま、上だけの着替えである。
作業着もゴーグル同様放り投げ、上着のジッパーを真ん中ほどまでしめた。
あとはコーヒーでも淹れてのんびりするだけ━━
背伸びをしてキッチンへ1歩踏み出し……くるりと方向を変えた。
『…………と、その前に』
キッチンとは逆方向の玄関へ向かう。
テラバスは戸の内鍵を回し、ガチャンと音を立てて閉めた。
数日前から、テラバスは在宅中でも家の鍵を閉めるようにしていた。
外出する時ですらろくに戸締まりをしないので、自分自身でも少し違和感を覚えるが、近いうちに来るであろうそれを防止するため、今は大切な事である。
鍵を閉める音に気付きトコトコやって来たカルスは、テラバスを見上げた。
「今日も、お外はダメですか……」
テラバスと同じジャージを着る子供は、悲しそうに眉尻を下げる。子供の主は美しい銀髪を撫でた。
「ごめんなカルス。もう少しだけ、外で遊ぶのは我慢してくれないか?」
テラバスは申し訳なさそうに声を落とし、子供を諭す。
カルスは腑に落ちないのか唇を尖らせるが、主の言う事は絶対なので、大人しく部屋の奥へと引っ込んだ。
ここ数日、カルスも助手としてよく働いてくれたので早く自由にして遊ばせてやりたいのだが、ある事を防ぐためにも外に出すわけにはいかなかった。
一応、開けていた他の窓も閉めておく。奴は絶対に来ると予感しながら、テラバスは用心を重ねていると━━━━
ふいに、ガチャガチャッと一際激しい音が聞こえてきた。
インターホンもノックも無しに……明らかに無断で家へ入ろうとしてきた証である。そんな不躾な事をする人物を、テラバスは1人しか知らない。
とうとう、テラバスが危惧していた相手が現れたのだ。
「やっぱり来たか……」
テラバスはため息をついた。
絶え間無く振動を繰り返す扉を眺める。やがて、押し引きする音が、叩く音に変わっていった。
「テラバス~。開けてよ~、開けておくれよ~!」
いるのは分かってるんだぞー! と、聞き慣れた声がドアを隔てた向こうで叫んでいる。
正体は言うまでもない。
いつもなら難なく開いていた扉が施錠により開かないので、ドンドンと叩いて解錠をせがんでいるのだ。
テラバスは扉の向こうにいる幼馴染に向かって叫んだ。
「うるせぇ! どうせアンジェの話だろ!? 行かないぞオレは!」
「えっ! 知ってるの!?」
スライプは手を止めたのか、叩く音がピタリと止む。
来た理由も予想通り。だいたいの話は以前来たアンジェスタから聞いていたので、あいつの事だから1人で行くのは嫌だとか言って誘いに来ると踏んでいたのだ。
普段はしない施錠をしていたのも、スライプの無断侵入を防ぐためであった。
「こないだ来たからな! 行くならお前達で行けよ! オレを巻き込むな!」
入ってこなければ、断るのは難しくない。テラバスはドア越しに拒絶する。
これで大人しく帰ってくれればいいのだが、幼馴染にそんな可愛げはない。
「そんな事言わないでー! ついてきておくれよー!」
ドアを叩きはしないが、喚く声がとてもうるさい。
「てか、行きたくなければ行かなきゃいいだろうが」
王都へのお誘いは、強制ではない。行くか行かないかは、スライプが自由に決められるはずである。
ごもっともな意見に、スライプは少し大人しくなり、うーんと唸った。
「そうしたいんだけどね~。無視出来ないというか、何というか……」
それが、最大の悩みの種であった。
ただの召集なら無視でも何でもするが、今回は事情が違うのである。
今回スライプを呼んでいるキルスファイルという人物は、戦い抜いた末、約束通りアンドロイドを譲ってくれた人であり、切っても切れぬ縁。云わばシャロラインの元所有者なのだ。
いくら不遜なスライプとはいえ、恩を仇で返すような真似はしない。王都に行きたくないという反面、会って言葉を交わさなくてはならないという気持ちの板挟み状態なのだ。
テラバスもシャロライン入手の経緯は知っているので、気持ちは分からなくは無いが、何でもかんでもホイホイついていく訳にはいかない。たまには突き放さなければ。
「それじゃ、行ってくるんだな。オレは関係無いだろうし」
一応、同期の軍人で、現当主であるキルスファイルのお孫さんとなら少しの面識はある。
が、向こうは戦闘兵、こちらは技術兵なのでスライプほどの関わりは無いのである。
拒否を続けるテラバスに、スライプも食い下がる。
「お願いだよー! この通りー!」
ドアがガタガタと揺れ、スライプの催促が再び始まった。よほど激しいのか、木製のドアが軋み悲鳴を上げ始めた。このままでは、スライプの馬鹿力でドアを破壊されてしまう。
「分かった! 分かったから! ドア壊すなよ!」
一体、どの通りなのだろうか……。
スライプの止めるため、つい勢いで了承してしまったが、ドアのガタガタ音で聞こえなかった事を祈る。
そんなテラバスの願いも虚しく、言葉をしかと聞いたスライプは嬉しそうに声を張り上げた。
「言った!? 言ったな!? よし、約束したからな。破ったらただじゃ置かないからなー!」
最後の念押しを捨て台詞のように吐かれ、足音が遠ざかっていく。
「あんの暴れ馬め……」
歪みかかったドアを見つめ、テラバスは呟く。
急激に静かになり、テラバスはひとまず去った脅威に胸を撫で下ろすも、本当にただでは済まされなさそうな口振りを思い出してため息をついた。




