62話 疑惑再び?
歩き続けること15分。スライプが自宅の近くまで戻ると、玄関先に立っている2人の姿が見えた。
1人は金髪の縦ロールなのでシャロラインだという事が分かる。もう1人……こちらに背を向けている人物は、立っているというより……抱きついていた。
白のロングコートと白のパンツスタイルの女性。帯刀しているのか、鞘のようなものが腰から下がっているのが見えた。
翡翠色の長髪はゆるく巻かれ、背は女性にしては高くスタイルがいい。
その姿にスライプは、懐かしいような……ため息をつきたくなるような気分に襲われた。
女性は腰に手を回し、自己主張の強い胸を押しつけ、妻を容赦なくホールドしている。
あの時とは逆の立場になったスライプは、見知っている後ろ姿に近づいていく。
「ほほーん……シャロ、僕に黙って恋人でも作った?」
しかも女の人と……と、にやにやしながら2人に声をかける。スライプの帰宅に気付いたシャロラインは金の瞳を見開いた。
「スッ、スライプ! この人が、急に抱きついてきて━━」
夫の言に、あたふたするシャロライン。
どうしてこうなっているかを懸命に説明しようとする妻を可愛く思い、スライプはつい吹き出した。
……このスタイルがやたらいい彼女の事は数年前から知っているので、弁明は不要であった。
「分かってるよ。……アンジェ、その抱きつき癖、いい加減直したら?」
背後から声をかけられた女性は振り返ると、頬を膨らませながら、ぎゅっとシャロラインに抱きつく腕に力を入れた。
「何よ。あんたがいないから、こうして先に挨拶してるじゃない」
より抱き締められたシャロラインはますます胸の肉に埋まってしまい、少し呻き声をあげた。苦しくはないだろうが、身動きがとれず窮屈そうだった。
何年たっても変わらない女性の行動に、スライプはため息をついた。
「それがあらゆる誤解とトラブルを生むんだろうが。……シャロ、この人の後ろ姿に、見覚えはない?」
アンジェと呼ばれた女性はシャロラインから手を離し「え、後ろ?」と言いながらくるりと背を向ける。翡翠色のゆるやかカールの長髪が、体の動きに合わせふわりと揺れた。
シャロラインはその背中をまじまじと見た。
スライプの言う通り、見覚えはあった。しかし、見たのは一瞬であり……何より、自分にとってあまりいい思い出ではなかったような気もしていた。
沸き上がるモヤモヤした感情に、シャロラインは眉間に皺を寄せる。思い出したいような出したくないような、そんな表情だった。
複雑そうな顔を見たアンジェは、ふいにスライプへ向き直った。
「実演すれば思い出すかも?」
「馬鹿ッ!」
両手を広げ、抱擁の体勢をとるアンジェ。
そして、やや食い気味かつ強めな暴言を放つスライプ。
結構な剣幕で拒絶されたからなのか、そのあとアンジェは少し落ち込んだ様子で冗談よ、と呟いた。
そんな2人のやり取りで、シャロラインは思い出してしまった。
かつて遭遇した夫の不倫容疑の現場と顛末。確かにあの時夫を抱き締めていたのは、この女だったと記憶の蓋が開いた。
「あ━━あの時の!」
シャロラインはカッと目を開き声を荒げた。
妻の記憶が無事蘇ると、スライプは苦い顔をし、アンジェもまた苦笑いを浮かべ頭を掻いた。
「それで、今回は何しに来たの?」
当時の元凶が一体何しに来たのだろうと、スライプは苦い顔のままアンジェへ問う。
「前の続きよ、続き。あんた達を王都に連れていくための説得をしに来たのよ」
◇◇◇
とりあえず来訪した女性を家へ招き入れ、コーヒーを用意しおもてなしをする。
コーヒーを飲み一息ついたところで、アンジェは口を開いた。
「まずは、ちゃんと奥方様に挨拶しなくちゃね」
抱擁ではなく、言葉での挨拶を……。女は軽く咳払いをした。
「私はアンジェスタ・ストラウス・フローランカ。スライプの元上司で、水の魔法使いよ。よろしくね」
そう言って、アンジェスタは碧眼を細め微笑んだ。上品でありながら、何かやらかしそうないたずら好きの側面も垣間見えるような、彼女の性格が全面に出た表情だった。
彼女の自己紹介の後に、スライプが続いた。
「昔、軍で同じ部隊員として活動してたんだ」
テラバスも一緒にね、と語るスライプに、シャロラインはへーそうなんだー、と知らないふりをした。
スライプの昔話はテラバスから聞いていたので本当は知っているが、それを言うとどこで聞いたのか等々、色々責められそうなので黙っておいた。
「前は私のせいで大変だったみたいでー。ごめんなさいね、誤解させるつもりは全く無かったの」
「ほんと大変だったんだから、大いに反省して欲しいものだ」
口調としょんぼり加減がわざとらしいので、そこまで思ってないだろ! とスライプは非難するように目を細めた。
「熱心に誘ってくるけど、国軍は人手不足なのかい? だとしても絶対行かないけど」
「あー、別に軍は関係無いわ。私も退役して、今は4番街の仕事請負人をしてるわ。あんたと同業よ」
アンジェスタは1年前に軍を辞め、4番街へ引っ越したのだという。
「だとしたら何だ。……まさかサラスティバル絡みじゃないだろうな」
「もしそうだとしたら、説得ではなく拉致をするわ。別にこれはあの人命令じゃないから安心してよ」
アンジェスタは懸命に説明するも、スライプは表情を険しくさせたままでいた。
どれほど軍や魔女絡みでないと言っても、一向に警戒心を解く気配を見せない。逆に、関係無い事がより一層、懐疑心を深めてしまう結果となっていた。
話が進まなくなったアンジェスタは、仕方なく正直に話す事に決め、嘆息した。
「私が王都へ誘っているのは、貴方に会いたいという人がいるからよ」
アンジェスタの言葉に、スライプは眉間に皺を少し浮かべ、詰め寄った。
「会いたい人? 誰だそれは」
「貴方が1番お世話になってた人よ。……正確に言うと、その人のお孫さんね」
「な……っ」
途端、スライプの表情が変わった。
氷が熱気に当てられ一気に溶けだしていくように、警戒が解かされていく……急激な変化だった。
あからさまな変化に、アンジェスタは上手くいったと、静かにほくそ笑んだ。
きっかけと口実は作った。あとは自ら王都行きを決めてもらうだけ━━
アンジェスタはコーヒーを一気に飲み終えると「ごちそうさま」と言って立ち上がった。
「まぁ気楽に、観光だと思ってさ。奥方様も行ったこと無いんでしょ? なら、1度くらいは連れていく甲斐性はあってもいいんじゃない?」
その時は是非軍本部に寄っていってね! とウィンクしながら言い残し、アンジェスタは去っていった。
◇◇◇
見目麗しい美女が去り、家には夫婦が残された。
来客がいなくなったので、片付けを始めるシャロラインとスライプ。マグカップをキッチンの流しに置き、水に浸けておく。
「スライプ、さっきアンジェスタが言っていた『会いたい人』に心当たりがあるのか?」
スライプはこくりと頷いた。
「うん。……もしかしたら、僕が唯一頭の上がらない人かもしれない」
スライプは頬を掻いた。眉尻が下がり一見困っているようにも見えるが、目元や口元はどこか懐かしむような、優しい表情を浮かべていた。
シャロラインはへぇ! と目を丸くした。3年間夫婦として一緒に生活してきたのに、初めて聞く台詞であった。
それも、サラスティバルの時のような恨みつらみではなく、穏やかでその人を敬うような口調。
戦闘力の強さゆえ、誰に対しても不遜な態度が多い夫に、そこまで言わしめる人物が気になったシャロラインはずいずいと詰め寄った。
「誰なんだ? その人は」
興味津々に聞いてくるシャロラインに、スライプは優しく微笑み、右手で妻の頬を撫でた。
「ガルドフ・ルイスギア・キルスファイル━━━━君を……僕にくれた人だよ」
毎回お待たせしてすみません
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