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60話 番外編 眠れないなら飲み明かすまで

※お酒は二十歳になってから!※




 自分では大丈夫だと思っていたのだが、想像以上にダメージは大きかったようで━━━━


 最近、テラバスは寝付きの悪さに悩まされていた。

 毎日ではないが、眠る事が出来ても、急に首枷の感覚を思い出し苦しくなり、(あえ)ぎながら飛び起きる事があるのだ。

 1週間ほどの監禁だったが、確実にテラバスの心にトラウマを残していた。


 この日も案の定息苦しさで目が覚め、気持ち悪い汗をかいたところである。

 テラバスは額に浮いた汗と共に前髪をかきあげ、気を落ち着かせるために息を深く吐いた。


 顔を洗うため洗面台へ向かい、冷水で顔を2、3回洗うと、濡れた状態のままで前の鏡を見た。映るのは疲れが残った顔と、首元の赤い(あと)、亀裂が無くなり綺麗になった眼球。

 義眼のひび割れは魔女に直してもらったが、サンプルゆえ耐久性はそこまで期待出来ない。恐らく眼球自体が寿命であり、あと数度使えば再び割れるだろうと考えていた。


 いつもなら、このあと水の1杯でも飲んで再び横になるのだが、テラバスはこの日の睡眠を諦め、夜風にあたろうと玄関の戸へ手をかけた。

 すると自分が開けるよりも先に、ガチャ、と音をたてて扉が開いた。予想外の事にテラバスは反射的に手を引っ込め、いきなり扉を開けた正体を見た。


「おあぁ……起きてたのか」


 相手はスライプであった。少し驚いたような声をあげ、ざり、と砂を()る音をたてて半歩下がった。いつも束ねている髪はおろしていて、腰元まである髪が風にふわふわと揺れていた。


「おあぁ……じゃねぇよ。なんだこんな時間に。何しに来た」

「別に、散歩ついでに寄っただけ」


 訝るテラバスにスライプはそっぽを向き、唇を尖らせる。

 そんな幼馴染の態度にふと、視線を落とした。

 

 スライプの手にはお酒が入った袋が提げられていた。中身は缶ビールと白ワインハーフボトル。今夜飲むには丁度よい量で、銘柄もテラバスの好みに合わせられていた。

 素直じゃない幼馴染に、テラバスは苦笑した。


「へぇ。散歩ついでにしては、荷物が多いんじゃないか?」


 テラバスは腕組みをしながら一瞥(いちべつ)する。

 心配だから元気づけに来たと面と向かっていうのは、気恥ずかしかったのだろう。

 薄ら笑いを浮かべるテラバスに対し、スライプは観念したように頭を掻いた。


「……最近顔色悪いし。眠れないんでしょ? だったら寝るな。起きて疲れきればいつかは寝れる」


 手に持つ袋を掲げながら、付き合うぞ! とスライプは笑った。


「……それは多分睡眠ではなく、気絶だな」


 テラバスはため息をつく。

 追い返したいところだが、せっかく手土産を持って来てくれたので、立ち話も何だからとスライプを家へ入れた。


  ◇


 さて、スライプが持参したお酒なのだが、ここまで来る最中で少しばかりぬるくなってしまっていた。

 テラバスは一旦それを冷蔵庫へ封入し、代わりによく冷えたビールを用意した。


 スライプは椅子に座り、テラバスはキッチンへ向かう。


 腕まくりをしたテラバスは、小さな耐火ポットにスライプが持ってきた白ワインを投入する。それを火にかけ煮立てると、チーズを投入しゆっくり溶かしていく。そのあと牛乳を入れ、最後にコーンスターチでとろみをつけた。


 かき混ぜていると、白ワインのいい匂いが湯気に乗って鼻に届く。少し味見をし、満足のいく出来栄えにテラバスはつい笑みがこぼれ(うなず)いた。


 ソースの準備はこれで完了なので、あとは具材━━パンを一口大に切り、冷蔵庫にあったブロッコリーとウインナーを湯がいた。切った具材を皿に乗せ、金属製の串を2本つける。


 これで今夜のつまみは完成である。


 一方スライプは、幼馴染が何やら美味しそうなものを作っているのを、そわそわしながら待っていた。

 そして、その正体がいい匂いと共にやって来た。


「おお! チーズフォンデュ!」


 手の凝った今夜のつまみに、思わず身を乗り出すスライプ。

 嬉しそうな反応に、テラバスもはにかんだ。


「1人で飲む時はあまり作らないからな。今日は特別だ」


 テラバスは、ふつふつと沸くチーズの入ったポットをテーブルの真ん中に、その隣に3種の具材が乗った皿を置いた。

 テラバス手製のチーズフォンデュに、2人の食欲がそそられる。


「また(あった)めんのも面倒だから、早く食えよ」

「それじゃゆっくり飲めないじゃん」


 スライプの文句の相手もそこそこに。テラバスも席につき、それぞれビールのプルタブに手をかける。

 プシュッ、と缶を開ける音が2人分響き、缶を軽くぶつけ合った。


 ビールを飲み一息つくと、スライプは串を持ちパンを突き刺した。そのまま熱々チーズの中へくぐらせ、パンの中にチーズが染み込んでいくのを待った。


「あんまり入れすぎると崩れるぞ」

「分かってますって」


 テラバスの言う通り、浸し過ぎても食べづらくなってしまうので、パンの状態を見極めチーズの海から取り出す。

 そして熱々チーズが垂れてしまう前……パンが吸ったチーズの重さで崩れてしまわない内に、スライプは口の中に頬張(ほおば)った。


 大して冷まさずに食べたのだから、当然ながら熱い。


「あっふ、はっふい……!」


 噛む事が出来ず、はふはふと口の中で冷ましていく。舌に火傷を負いながらも何とか冷まし、パンを噛み潰した。

 外側のとろけたチーズと、中からも(あふ)れるチーズの濃厚さを存分に味わう。


 テラバスもパンやらブロッコリーやらをチーズに浸し、ビール片手に飲み込んでいく。


 順調にアルコールと食事の消化が進み、ほろ酔い気分になってきたところで、テラバスは静かに口を開いた。


「スライプ、前はありがとな。……助けに来てくれて」


 思いがけない突然の一言に、スライプは飲んでいたビールを噴き出しかけた。口元を押さえどうにか飲み込めたが、液体が(のど)の変なところに入り、ゴホゴホと激しく咳き込んだ。

 

 スライプの動揺に、テラバスは口をへの字に曲げた。


「何だよ。人が素直に礼を言っているというのに……」

「だ、だってぇ~」


 腐れ縁の友人からお礼を言われる事が、こんなにもこそばゆく気持ち悪いものだと思わなかったスライプは、目線を逸らしながら頬を掻いた。


「……僕1人じゃ駄目だった。シャロにも、サラスティバルにも手を借りた。それでも、君を助けられてよかった」


 こんな事を伝えるのも照れくさいが、きっと最初で最後の機会。お酒も入っているが、本心には変わりないので思っている事を素直に伝えた。

 それを聞いていたテラバスは、酔いもあってかふんわり笑っていた。少し照れているような雰囲気に、スライプは慌てて「そういえば……」と、話題を変えた。


 お互い照れながらの飲み会など、テラバスを励ますという本来の目的に反してしまう。

 丁度お酒も1本目のビールが空になり、お互い2本目に突入したところなので、切り替えるのにもタイミングがよかった。


「お前の魔眼って結局何なの?」


 スライプの疑問……もう何となくは分かっているが、テラバスの口からちゃんと聞きたかった。

 テラバスは幼馴染の質問に、1度頷き答えた。


「平たく言えば解決の魔眼だな。探知と確答の魔眼……異常を見つける『探知』と、解決法を視る『確答』。『探知する青(ディテクトサックス)』と『確答する赤(デフィニットアガット)』と呼ばれている代物だ。……が、魔眼自体には残念ながら殺傷能力は無い」


 あくまで支援型の性能だと、自分に与えられた魔眼の説明をするテラバス。


「へぇ。それが役に立つのか」

「その恩恵を1番受けているのはお前だと思うんだけどなぁ……」


 その意味が理解出来ないのか、スライプは少し首を傾げた。


 テラバスの魔眼が無ければ、初期型アンドロイドのシャロラインの修理など不可能だからである。

 昔の技術と今の技術は違う。構造も変わっているし、当然部品も違う。記憶を移植させ機体ごと変えてしまえば楽なのだが、スライプの意向(わがまま)でそれは出来ない。よって古い機体を正常に維持させるために、魔眼で修理の確答を視ながら直しているのだ。


 理解はしてくれなくても、これを機にA=4型(レア機体)を大切にして欲しいとテラバスは切に願った。


「魔眼って使うとどうなるの? 目からビームとか出るの?」


 そんな技師の思いを知ってか知らずか、アホみたいな質問をするスライプ。付き合いが長い腐れ縁とはいえ、さすがに呆れた。


「んな訳あるか。目の色が変わるだけだ。探知なら青、確答なら赤って感じで」

「へぇー! ちょっと見せてよ」


 スライプはずい、とテラバスの瞳を覗き込む。亀裂が無くなった黒瞳に異色の瞳(オッドアイ)が映る。

 興味津々な幼馴染に、テラバスは顔をしかめた。


「嫌だ。使うと痛むし」

「魔眼って使うと痛むもの?」

「まぁ……それはオレの欠点のせいもあるかな。……オレの魔眼の欠点は『依存』と『創傷』だ。『依存』は意味通り他者を必要とし、『創傷』は、使用後に心か体に何らかの傷を負う。」


 テラバスによると、解決法を視ても自力ではどうにもならない方法ならば他者の力を借りなければならないし、使った後は

『創傷』により眼球に激痛が走るのだという。


「だから、オレはアンドロイド修理にしか使わない。少なくとも誰かに『依存』する事はないからな」


 欠点の1つを打ち消せれば、あとは絶対起こる『創傷(痛み)』のみ。これだけは避けられないので、テラバスは甘んじて受け止めていた。


「そっか……。アンドロイドといえば、仕事はいつから再開するの?」


 スライプからの問いに、テラバスは飲んでいたビールを口のから離した。

 テラバスは気力の回復もかねて、修理の仕事を休んでいた。しかし休業中も依頼が舞い込んでくるので、近々再開させなければせっかくのお得意様が逃げてしまう危機もあった。

 テラバスは思案顔をしながら、酔いが回ってあまり動かない脳を働かせた。


「そうだな。そろそろ始めるか。最初は簡単なやつから……」

「それでね、シャロの修理の事なんだけど~」


 その言葉に、テラバスはじろりと睨んだ。持っていた缶ビールを、わざと音をたててテーブルに置いた。


「は? 今度は何を壊した。ああ?」


 急激に機嫌が悪くなるテラバス。

 修理が大変だからあれほど大事にしろって言っているのに……と、大きくため息をついた。

 アルコールが入っているせいか機嫌の起伏が激しいテラバスに、通常通りふわふわした雰囲気で挑むスライプ。


「ゆ、指の先っちょ切っただけだよー。リハビリがてら値引き料金で直してくれない?」


 テラバスの依頼に出発する前、手合わせ中にシャロラインの左手の指先を切り落としてしまったスライプ。

 家事がやりにくそうな妻を思い出し、お酒の力を借りながら値切り交渉をした。


「馬鹿。んなことするか。お前は少し反省しろ」

「そこをなんとか~」


 テラバスに一蹴されるも、食い下がるスライプ。




 外はまだ暗いが、ほんのり明るみはじめている。

 そんなこんなで修理の約束を交わし、飲んだくれの2人は新たな朝を迎えようとしていた。

 


3章の番外編をお送りしました

このあとは第4章……最終章に入ります


当作品は不定期更新でございます

誤字脱字、誤用ありましたら報告お願いします

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