59話 対談
この話にて3章は終わりでございます。
テラバスを取り戻し、メルザの脅威も消えた。
スライプに、以前のような穏やかな日常が訪れた。
受けていた依頼の件は失敗とし、所長のレイに報告する事にした。色々口止めを強要されていたレイだが、深く追及する事なく、興味無さそうに「そうか」とだけ返してきた。
報酬のシャロライン修理1回無料は無事に消滅してしまったが、喪うものが無くてよかったとひとまず胸を撫で下ろす事にした。
依頼はこれで終わりだが、魔薬を追う道はまだ繋がっていた。
メルザの悪縁を切ったご褒美として、サラスティバルから直々に、魔薬の話を聞ける事になったのだ。
魔薬の被害者たるテラバスの家に集合なのだが、その時間にはまだ余裕があるので、シャロラインとティータイムをすることに。
普段は用意しない淡黄色のテーブルクロスを敷き、シャロラインが焼いたクッキーと、淹れたての紅茶をその上に並べる。
天気もいいし、本当はピクニックにでも行きたかったとぼやくシャロラインだが、スライプは正直中でも外でもどちらでもよかった。
だって! 目の前にはシャロがいるのだから!
「……うわ、気持ち悪いな。無言でにやにやするな」
「おっと、顔に出てた?」
いつの間にか緩んでいた頬を直すように、むにむにと引っ張る。妻に引かれても、スライプは気にしない。
椅子に座り紅茶とクッキーを堪能していると、シャロラインが言いにくそうに口を開いた。
「スライプ、ちょっと聞いてもいいか?」
「ん? なんだい?」
神妙な面持ちのシャロラインに、紅茶を飲みながらスライプは首を傾げた。
「お前の……家族の事だ」
その話題に、スライプの眉がぴくりと動いた。
今まで気にしてはいなかったのだが、今回スライプの故郷へ行き、彼には親がいるのだと知った。アンドロイドとはいえ結婚しているのだから、彼の両親くらいには会っておくべきではないかと考えていた。
その気持ちを話すも、肝心のスライプの表情は曇っている。むしろ厳しい面持ちだった。
何かマズい話題だったのだろうかと不安になっていると、カップを置いたスライプが話を切り出した。
「僕には、年の離れた妹がいた」
いた、と過去形で話すスライプ。その言い方に嫌な感覚を覚えながらも、シャロラインは先を促す。
「その子の名前は、何ていうんだ?」
初めて聞く夫の家族の話。少しだけ興味があった。
スライプは少し目を伏せ、ゆるゆると首を振った。
「その子は、生まれた直後にくびり殺されて死んだよ。……名前はつけられず、親にも抱かれずにね」
シャロラインは息を飲み目を見開いた。
「それは……何故?」
「多分、女の子だったから。ハーテリア家の子供は男子しか認めないらしい。男の子が生まれたら血を半分、異種族のものと入れ替えて死地を自在に駆け抜ける軍馬に育てあげる。……それが僕の名前の由来」
今でも思い出す。陣痛に苦しむ母と、ドアの隙間から見ていた小さな自分。ようやく生まれたと思った矢先、性別を確認した父親が赤子の首に手をかける瞬間を。
紅茶を一口含み、口の中を潤す。
「それから、2人は子宝に恵まれず、母親は出産が難しい年齢になった。それ以降、あの奴隷競り場に金を出して、よさそうな奴隷がいたら優先的に買えるようにしてるんだ」
そうやって、強い人材を意図的に産み出していた卑しい家系なのだ。
「あの子の死を見てから、僕はあの人達を家族だと思った事は無い。……だからシャロ、君が気にする必要は無いんだよ」
スライプは優しく、これ以上の介入を拒絶した。
発する雰囲気に、シャロラインが何も話せないでいると、紅茶を飲み終えたスライプが立ち上がった。
「それじゃ、もう時間だから。行ってくるよ」
愁然とした笑顔でそう言い背を向けると、1度も振り向かず静かに家を出ていった。
◇
歩いて約15分。見慣れた幼馴染の家へ着き、スライプはいつも通り勝手に上がりこんでいく。ジャージ姿の青年が目に写り、元気そうな様子にほっとした。
そして、時間は過ぎているのに、肝心な人物がまだ来ていない事に気付いた。
「サラスティバルはまだなのか」
「ああ。来てないな。……って、シャロラインは一緒じゃないのか」
ふと、テラバスはシャロラインの不在に気付く。一緒に魔薬や【廃人計画】を追っていたから、てっきり連れてくるものだと思っていた。
「うん。シャロはお留守番」
「どうした。喧嘩でもしたか?」
スライプはううん、と首を横に振った。
元気は無かったが喧嘩ではなさそうだった。もし本当に喧嘩したのなら、怒るか号泣かのどちらかであるはずだからである。
来る前に何かがあったのは明白だが、前に起きた離婚危機とかではなさそうなので、詳しく聞く事は特にしなかった。
「それよりテラバス、首は大丈夫なのか?」
「ん、ああ。痕は少し残ったがどうって事はない」
そう言って、テラバスは首元を擦った。ジャージの襟で見えづらいが、首枷の痕が赤く残っている。
右目もひび割れが進行し、今にも砕け散りそうな危うさがあった。それでもまだ視力には問題無いようで、生活するのに不都合は無いとテラバスは語る。
「……それと、ちゃんと説明してもらうからな。魔眼の事」
「はいはい。どうせ話題に出るんだから、その時に話すよ」
そうこう話していると、戸を叩く音が耳に届く。
やっと来たか、とテラバスはため息をつきながらドアを開ける。そこにはサラスティバルと、メルザが立っていた。
テラバスは驚きで目を見開いたが、すぐに納得した。メルザは奴隷商人であるが、魔薬研究者でもあった。その薬効や製造について詳しく知っているだろう。
「……とりあえず、いらっしゃい。奥でコーヒーとか用意してあるから、入ってくれ」
「おお、気が利くね。いきなり切りかかってくる誰かさんとは大違いだ」
サラスティバルはスライプを見遣りながら奥へ進んでいく。スライプは無手の状態で来た事を後悔しながら、その後ろについた。
テラバスが案内したのは入ってすぐの作業場ではなく、その奥の生活圏プライベートルームである。
椅子やテーブルの配置変えがされており、4人が座れるようになっていた。シャロラインは来ず、代わりにメルザが来たのでちょうど座る事が出来た。
テラバスは用意したカップにコーヒーを注ぎ、それぞれの前に置く。最後にテラバスが椅子に座ったところで、話は始まった。
「早速だが、お前らは何を知ろうとしている?」
老婆は銀瞳を細め、向かいに座るスライプとテラバスを見据える。鋭い視線を受けたテラバスはコーヒーを一口啜り、口を開いた。
「魔薬とは、麻薬と魔法を合わせた合成薬。主に人や動物の意思を奪う事が出来る違法薬物で、それをある集団が悪用した事件を【廃人計画】という」
サラスティバルとメルザは頷いた。ここまでは国内でもよく知られている事である。
本題はここからであった。
「オレは昔、両眼の視力を奪われた。確実に意図的なものだ。その目を奪う際に使われたのが魔薬だった。魔薬の効果が意思を奪うものであるなら、何故意思を奪わず視力だけを奪えたのか……もしかしたら、ほかの目的があるんじゃないか……。その事から、魔薬の本当の目的と、何故オレの目が狙われたのかを調べるようになった」
一瞬、テラバスの目が鋭く光った。見た目では偽物だと判別がつかないほど精巧なガラス玉。人工の義眼であり魔眼……魔義眼である。
サラスティバルは腕を組み長く息を吐く。
「お前の目を狙った理由については話そう」
老婆はキッと顔を引き締めた。
「数年前、魔眼持ちの魔法使いを意図的に増やそうと、人工魔眼計画というものが秘密裏に計画された。研究と失敗を重ね続け、ようやく成功した義眼がいくつか出来た。その成功サンプルの1つが『探知と確答の魔眼』……『探知する青』と『確答する赤』だ」
スライプとテラバスはコーヒーも飲まず黙って聞いている。
「まだ実験段階とはいえ、貴重な成功例だ。その辺の輩に装着させるわけにはいかない。失敗しても大した影響がなく、ある程度優秀な者に移植させる必要があった。」
滔々と語られるなか、スライプの隣で、息を飲む音が聞こえた。ちらりと見ると、テラバスが目を見張っていた。
「そこで狙われたのがお前だ、テラバス。開発した魔眼の能力を生かす事ができ、有望だが万が一潰れても惜しくはない人材として、研究者の意見でお前が選ばれた。お前は有能だったがゆえ、自分の一部が犠牲となった」
サラスティバルは表情を変えたテラバスを見たが、ここで話を止める訳にもいかないので続けた。
「お前が目に異物を入れた事をチャンスと見た研究者は、軍医を通じ魔薬で視力を潰し、人工の魔眼を手術して入れた。という訳だ」
話が終わり、悠々とコーヒーを含むサラスティバル。少し呆けているテラバスに代わり、スライプが疑問を投げかけた。
「その時から、意思を奪う以外の効果はあったってのか?」
これには、メルザが答えた。
「貴方達の察しの通り、魔薬の効果は1つじゃない。テラバスを捕らえた時のように、幻覚を見せるものも開発されているわ。……そもそも、意思を奪うという効果すら、本当の目的の副産物だったりするのよね」
国内で騒がれている【廃人計画】なんて、その副産物を利用しているに過ぎない、とメルザは続けた。
本当の目的……と、スライプはうわごとのように呟く。その呟きにサラスティバルは頷いた。
「魔薬の本当の目的……。これはお前の方に関係があるな。スライプ」
そう言うと、サラスティバルは真の魔薬利用法を2人に告げた。
2人の瞠目を無視し、話を終えたサラスティバルは、テラバスの義眼の亀裂を直し、メルザを連れて帰っていった。
◇
「どう、思った?」
「まぁ……知れて、よかった……のか」
黒髪の青年はため息をついた。
2人が帰った後、スライプとテラバスはコーヒーを淹れ直し静かな時間を過ごしていた。
内心、テラバスは複雑だった。潰しがきく有能な技師として見込まれ、勝手に両眼を奪われたのだ。
それでも、己の疑問の大半が晴れた。代わりに、スライプに問題が降りかかっていた。
「それより、お前にも考えなきゃいけない事があるだろ?」
テラバスは幼馴染の悲しそうな顔を見た。
「そうだね……。嬉しいやら、悲しいやら……」
スライプは泣きそうに顔を歪めながら、テラバスに微笑む。
人間のスライプとアンドロイドのシャロライン。
種族は違えど相愛の夫婦に、もう1つの選択肢が、サラスティバルによって提示されていた。
全然最終話っぽくなくて申し訳ないのですが、これで第3章は終了でごさいます!
4章への前振りと考えていただきますとありがたいです。
ここからは4章になりまして、4章が最終章となります。
その前に1本番外編を挟みます。




