6話 口が軽いコーヒーブレイク
電子研究工房とは、十数年前に建てられたアンドロイド開発と製造を目的とした研究施設の事である。
アンドロイドの設計図が書かれ、それを現実にしようとする研究者や技術者のための工房であり、2番街の他にも各地方に存在する。この施設から出た研究結果を元にシャロラインに含め多くの初期型アンドロイドが造られたとされている。
今は研究施設の王都集中化が進み、古い地方の施設は不要とされ閉鎖。時が進み廃墟同然になっている場所であった。
◇
子供アンドロイドから語られた真実は、失踪者はその空き家状態になっている施設を使い、魔薬を製造、使用しているかもしれないという事であった。
2人からただならぬ気配を感じたテラバスは空気を変えるために一旦休憩、とゴーグルと手袋を外して、椅子から立ち上がり背伸びをすると、コーヒーを入れるためキッチンに向かった。
「お前ら、どうする?」
「僕は何でも」
「私もだ。味分からないし」
「はいよ」
粉タイプのインスタントコーヒーなのでお湯を入れるだけですぐに3人分淹れ終える。マグカップ3つとも湯気が立ち上がり、黒々とした液体に満たされていた。
スライプはミルク入りの方が好みだがブラックも飲めなくはなく、シャロラインはブラックもミルク入りも一緒という味覚だし、テラバスはブラックじゃないと飲んだ気がしないという感覚の持ち主であった。
「ほらよ、お前らも立ちっぱじゃアレだし適当な椅子見つけて座れ。そして飲め」
マグカップを乗せたトレーを差し出しカップを受け取らせながら椅子に腰を下ろした。
スライプとシャロラインも端に寄せてあった椅子を引きずり寄せると、テラバスと向かい合うように座った。
「にしても電子研究工房ねぇ……。まぁあそこなら必要な物は大体揃ってるか……。誰も立ち寄らないし。ってスライプ、何でそんな事聞くんだ?」
「うん。今受けている依頼が失踪者の捜索なんだけど、その失踪者とその子から聞いた名前が一緒だったんだ」
コーヒーに口をつけながら話題に出たのはスライプの仕事の話であった。
本来、依頼内容は守秘義務が発生し口外無用なのだが、スライプは誰にでもすぐに喋ってしまう。そのせいで何度もトラブルになり斡旋所の所長にも注意されているのだが、本人は全く気にせず直そうとしないのだ。
本人曰く「新たな情報があればラッキーだし、何かあってもヤバい奴が来るだけだからかえって好都合」という事らしい。
今回も例に漏れず幼馴染に話してしまうのだが、地方で平和に暮らしている彼からは後者の事態は起きないだろう。なので前者を期待したが。
「へぇ、こいつの魔薬使用痕を睨んで仕事を取ってきたわけか。まぁ【廃人計画】もあるみたいだしな。いいんじゃないか、物騒なお前らしくて」
この反応を見ると今回収穫は無さそうである。
「物騒とは何だ。僕は地方で平和に暮らしているただの国民だよ」
「ただの国民は人力でアンドロイドの腕は折れない。ほんとキレてる時限定とはいえ顔に似合わず馬鹿力だよな。オマケに戦い好きときた。……王都に行った方がいい仕事貰えんじゃないか?」
地方より王都の方が人口が多い。よって仕事斡旋所も多い。なのでより高難易度&高報酬の仕事が多い。実にスライプ向きなのだが━━━━
「はぁ? 誰が行くか。あんなとこ」
本人は凄く行きたがらない。以前名指しで王都に近い町から依頼が舞い込んできた時も、即答で断っていたくらいに王都行きを嫌がっているのだ。
「えーいいじゃん。犯罪と享楽と永久発展の王都。……まぁ確かに住む所では無いな。遊びに行く所ではあるが……」
もちろん王都にはたくさんの人が住んでいる。テラバスの言葉は地方から見た客観的な意見の1つであった。王都の住人は善良な国民がほとんどだが、人口が多い分悪逆を好む輩も大勢いる。
蔓延る犯罪と終わりのない享楽、高度な技術を持ちながらまだ発展しようとする向上心が、犯罪と享楽と永久発展の王都と呼ばれる由縁であった。
「そんで、いつから行くんだ? 明日か?」
何気なく出立予定を聞く。
「多分ねー。出来れば日帰りでいきたいけど、長引くかもしれないから1泊2日用の準備してからだな」
素直に予定を話すスライプ。
しかしこれはこれで問題がある。もし相手がテラバスではなく、敵と通じている者であったなら、動向が一気にバレてしまう。よって任務成功の可能性が低くなってしまうかもしれないのだ。
本来これもべらべらと話す事ではないのだが、スライプにとったら井戸端会議のような気軽な会話なのだ。
そっか……と呟いた後、若干冷たくなったコーヒーに口つけながらテラバスは続けた。
「お前ら2人なら心配いらないと思うけど、気を付けろよ。あともし魔薬があったら絶対触るなよ。シャロラインならまだしもスライプ、お前は人間だ。製造場所ならその分純度が高いだろうから、傷口に触れただけでも影響が出るかもしれん。ノってきて暴れて浴びてこないよーに!!」
テラバスは自分に出来る最大の助言をした。
きっとスライプは話半分にしか聞いてないだろうけど、言うべきことは言っておく━━━━。何年も前から続けてきたこれが、いつの間にか仕事へ向かうスライプへのはなむけの言葉のようになっていた。
「はいはい。んじゃ行ってくるよ。コーヒーごちそうさま」
テラバスの予想通り若干聞き流していたのだろう、適当に返事をしたあと2人は立ち上がり、椅子の上に空になったマグカップを置いた。
そのまま振り返ることなく玄関の戸を開け、並んでテラバスの家を出ていった。
◇
2人が帰路についたのを確認したテラバスは、キッチンに向かい流し台にマグカップを置くと、冷蔵庫から1枚の濡れたハンドタオルを取り出した。そして、作業台の傍らの椅子に座ると天井を仰ぐように上を見ながらタオルを目の上に置いた。
「あー。久々にやったわー。疲れるわー」
目を冷やしながらしばらく椅子の背もたれに寄りかかっていると、子供アンドロイドがテラバスに話しかけてきた。
「アノ……、サッキノハ……」
「んあ? 見えてたのか。……あいつらには内緒だぞ。あいつら全く疑問に思ってないから」
何故、地方に住む一介の青年がここまで魔薬について詳しいのか、何故、技術者でも難しい記憶の封印の解錠が出来たのか。何故、初期型アンドロイドであるシャロラインの修理を行えるのか━━━━
「さて、続きだ。お前を直したら、ご主人様からたんまり金貰うからな」
そう言うと濡れタオルをその辺に置き、ゴーグルと手袋をつけなおした。
作業はもう少しで終わる。テラバスは費用をいくら請求しようかと考えながら修理に勤しんだ。