57話 因果を断ち切る銀槍 1
軽快に跳ね回る体と髪。そして気を失い倒れる人々。
逃げている最中奴隷商人らしい人物にも会うが、スライプの強襲飛び蹴りで難なく突破していく。
━━何故かいつもより声が低いので、襲いかかる時の気合いの声がとても逞しかった。
順調に逃走しそのまま地上に出ると、外で待っていたシャロラインがこちらに気がつき、駆け寄ってきた。
「スライプ! テラバスも無事だな……!」
シャロラインへ大きく手を振りまだ余裕そうなスライプに対し、無我夢中で後ろを追っていたテラバスは、力尽きたのか膝がガクンと折れた。
膝が地面につきさらに倒れる途中で、近くまで駆け寄っていたシャロラインに抱き止められる。
元気とは言えないが、生きて戻ってきた2人の顔を見たシャロラインは、安堵で胸を撫で下ろした。
「生きてきたか。無事で何より」
後からサラスティバルも歩み寄ってくる。
聞き覚えのある声に、テラバスはシャロラインに抱き止められている状態のまま顔をあげると、警戒心丸出しの視線でサラスティバルを見た。
「何であんたがここに……」
無遠慮に睨み付けてくる黒い目付きに、サラスティバルは深くため息をついた。
「どうしてみんな揃いも揃ってそんな目で私を見るんだ」
かつての部下達に悉く警戒され、白々しく表情を曇らせるサラスティバルを見たスライプは鼻を鳴らした。
「それはあんたが1番分かっているだろうが。ほら、さっさと髪と声を戻せ」
低い声で、長い銀糸をつまみ上げる。
変化した髪と声は、サラスティバルの魔法で変えられたものであり、潜入の際見た目や声でバレないようにするための処置であった。
まとっていたマントと仮面も、僅かな疑いも回避する正体隠しの魔道具なのだが、スライプは早々に捨て去っていた。
「そういやメルザには会わなかったのか?」
「いたかもしれないけど僕は見てないぞ。それと、逃げてる時何人かなぎ倒して来たから、ちょっと騒ぎになってるかもしれない」
今頃地下室では、急に襲われたとか奴隷が逃げたとか騒ぎになっているだろうが、追っ手が来る前に逃げてしまえばこちらの逆転勝利である。
「そうか……。よし、戻してやるから、1発殴らせろ」
そう言うと、サラスティバルはおもむろに魔杖を振り上げ、スライプの頭めがけて振り下ろした。
「ぃでっ!」
いきなり頭を殴られ、痛みで呻くスライプ。
その声はやや高くなり、目の端に映る髪は輝く銀から鮮やかな水色に戻っていた。
サラスティバルが施した魔法が解け、本来の姿に戻ったのだ。
「だから何でいちいち痛めつけるんだ」
手足再生の時もそうだが、サラスティバルは何をするにも、あえて相手が痛がったり苦しんだりする方を選ぶ傾向があった。
殴られた箇所に手をあて恨めしそうに鋭い視線を向けてくるかつての部下へ、サラスティバルは底意地が悪そうに、にやりと笑った。
「ただやるのでは面白くない。……あとありがたみが薄れるだろ? 痛みと共にありがたさを植えつけてるだけさ。……それと、テラバスの魔眼が心配だ。さっさと帰るぞ」
サラスティバルが転移魔法をかけようとして━━━━
「待ちなさい……!」
悲鳴にも似た甲高い制止の声に、4人は振り返った。
葵色の髪━━メルザが立っていた。走ってきたのか呼吸が荒く繰り返され、紫色の眼光は鋭く、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
「どうして少しも疑わなかったのかしら……。あんたが助けにくる可能性だってゼロじゃなかったのに……。あの男があんただと思いもしなかったなんて……!」
スライプが競り場にてメルザの疑いを回避する事が出来たのも、サラスティバルが貸与した正体隠しのマントと仮面のおかげである。
スライプが装備を外した瞬間に隠匿の魔法は解けてしまうので、襲撃と逃亡の騒動が起きた際、メルザの脳裏に「スライプの存在」が浮上し、逃亡の寸前で見つかってしまったのだ。
「そんな早くに外したのか?」
いつ外したんだ? というサラスティバルからの問いに対し、スライプはだって……、と言い訳がましく答えた。
「邪魔だったし、テラバスと会えたなら取ってもいいかなって……。それに、見つかった方が好都合だし」
スライプはシャロラインに預けていた愛槍を受け取ると、静かに構える。
臨戦態勢のスライプを見たメルザは嘲るように薄く笑った。
「貴方……私になす術なく手足を潰されたの、忘れたのかしら?」
人体であれば一瞬で握り潰せる圧縮結界が、彼女の武器である。メルザは脅すように握り拳を作るが、彼はそれを冷たく見遣った。
「ああ、恨みと共によく覚えているよ。……それなら、今すぐやってみろ」
「━━━━!」
その言葉にメルザは少し怯んだ。魔法を使おうとせず、じっとスライプを睨んでいる。
予想通りの反応に、スライプは口の端を歪めた。
「お前のもう1つの欠点。それは『優位』だろ? お前の魔法は、その空間で誰よりも優位でなければ使えない」
スライプはさらに続けた。
「今はサラスティバルという誰にも負けない魔法使いがいるから、お前は魔法が使えない……ただの奴隷商人だ。違うか?」
俯き黙り込むメルザ。それを肯定と見なしたスライプは槍を振り回しながら1歩ずつ彼女へ近付いていく。
━━━ここまで長かった。
やっと幼馴染を取り返す事が出来る、と安堵しつつ、空を裂く音と共にメルザを一閃で葬った。
「ま……待っ……て。スライプ……」
幼馴染からの制止の声に、スライプは首元まで迫っていた穂先を止めた。穂先をメルザに向け続けながら振り返り、シャロラインに支えてもらいながらも、懸命に言葉を絞り出すテラバスを見た。
「ころすな……ころすのはやめてくれ……」
「……は?」
一瞬、理解が追いつかなかった。予想外の懇願に、スライプは思わず唇を震わせた。
「何を言って……? ほっとけば、そいつは何度だって来る。その度にお前が苦しむんだ……!」
「それでも、オレは死だけは望まない……っ」
テラバスは力強く、語尾を強めながら幼馴染の凶行を止めた。
「……っ! お前がよくても、俺がダメなんだ━━━━」
獲物が目の前にいるのに、今さら止められるか━━━━!
スライプは首をはね落とすため再度槍を振り抜いた。
「いや、待てスライプ」
今度はサラスティバルに止められる。
苛立ちが限界に達し、キレたスライプは瞬時に槍の軌道を変えサラスティバルに斬り込んだ。
一瞬の変化に、サラスティバルは特に恐れる事なくスライプの凶刃を魔杖で受け止める。
「スライプはテラバスの今後のためにメルザを消したい。テラバスはメルザのために命は助けたい、という事だな?」
2人の返事を待たず、サラスティバルはそれなら、と続けた。
「テラバスへの「執着」を消せばいい。……スライプ、お前ならそれが出来るだろ?」
その瞬間、スライプは顔をひきつらせた。
「い……っ、嫌だ! 何でこんな奴に……!」
サラスティバルから離れ、声を荒げて拒絶した。
「わがまま言うな。お前の利点は『対象』の広さだろうが。それを生かさんでどうする」
「だからと言って、ここで生かすものじゃねぇだろ! 余計な事言い出しやがってこのクソババァ!」
騒がしく口喧嘩をする2人。サラスティバルは解決法に考えがあるようで、スライプはその方法を持っているらしい。
方法があるのなら、話くらいは聞きたいテラバスとシャロラインは、ずいずいとスライプへ迫る。
「出来るのか?」
「でっ、出来ない出来ない! 嫌だったら嫌だ!」
「出来るんだな?」
「~~~~~~!」
テラバスとシャロラインに詰め寄られ観念したのか、長い沈黙の後、心底言いたくなさそうに口を開いた。
「俺の結界破りの魔法の利点は『対象』。結界をはじめ、物質なら強度、範囲、規模、関係無く何でも壊せる。……その延長として、その気になれば人間関係の破壊……『縁切り』も出来る」
スライプが唯一扱える結界破りの魔法。
強度等の関係無く破壊が可能な魔法であり、それを応用すれば「人間関係の破壊」━━良縁、悪縁を断ち切れるのだという。
スライプの持つ特性「破壊」と、相性がいい魔法だからこそ出来る技であった。
「その代わり、欠点は『感情』。成功率はその時の俺の感情で左右される。……下手をすれば繋がりどころか記憶ごと壊す可能性もあるんだ。」
縁切りは、ただ壊すという単純なものではない。
繊細なコントロールが必要であり、悪縁というさらに限定的なものなら更なる注意が必要となる。
今まで熱に任せて行使してきた破壊の魔法━━下手をすると、縁を通り過ぎて記憶、もしくは命を消してしまうかもしれない危険があった。
「失敗すれば記憶が無くなるよ? 最悪殺すよ? いいことなんて無いんだから、最初から殺せばいいんだよ!」
ふん! とそっぽを向くスライプ。
執着を消す悪縁切りなど、彼にとったら憎い敵を救うような行為であり、自分が苦労してまで助ける義理は無い。
しかしテラバスは彼を静かに説得をする。
「それでもいい……。やってくれないか?」
スライプの性格上、失敗のリスクの方が高い。それはテラバスもよく知っているはず。
そのリスクを知ってもなお、引き下がろうとしない態度に、スライプは疑問を投げかけた。
「本当に……本当にどうして、そんなにメルザを守ろうとするんだ?」
殺してくれと言うのならまだ分かる。一瞬で片付けてやれるのに、何故頑なにメルザを守ろうとするのか、スライプはどうしても理解が出来なかった。
そんな問いに、テラバスは依然として答えた。
「オレはただ、1人の人間として、幸せになってほしいだけだ」
始まりは大人の身勝手な行動から━━メルザも最初は被害者だった。しかし暴力に耐えきれず、逆に奴隷を生産する側になってしまった。
その過ちは……数多の人生を潰した罪は、普通に生きていくにはあまりに重い。
しかし、生きて……自分の足で贖罪と幸福の道を歩んでほしいとテラバスは願っていた。
不幸になる方法があるのなら、幸せになる方法も見つけられるはずだと心から信じた。
テラバスの思いを聞いたスライプは、頭を雑に掻き、釈然としない表情を浮かべながらも頷いた。
「…………分かったよ。ただし、やるのは明日以降だ。今日は確実に殺してしまうから」
スライプは元々メルザを殺すつもりで来ているので、死なない程度に刃を向けるなど、そんな器用な真似は今の精神状態では出来ない。
「まずはテラバスを休ませて。必要なら病院に連れていく。何をするにもそれからだ。……サラスティバル、メルザの面倒はお前に任せるぞ」
「あい分かった。元々メルザは魔薬の関係者だからな。近いうちにまた訪ねるよ」
今後の予定が決まり、サラスティバルの転移魔法で3番街へ送ってもらう。
当たり前なのだが……変わらない、見慣れた場所に帰ってきた3人は久方ぶりの家へ足を踏み入れていった。
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