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56話 彼を救うのは

大変お待たせしました


 自身を閉じ込めている檻が雑に扱われるたび、体をあちこちぶつけてしまう。



 檻のサイズは大人が3人くらい入れるほどで、ギリギリ膝立ちが出来るくらいの高さがある。

 孤児院の檻より小さな箱であった。


 簡素な奴隷服からのぞく傷だらけの手足は相変わらず自由で、今回は首枷すら無かった。その代わり、左足首に鎖で繋がれている薄い鉄板が、気を病ませ体の自由を奪っていた。

 その鉄板には、番号が刻まれている。


 C=1387758624


 それが出荷の整理番号で、今のテラバスの「名前」だった。




 メルザが魔力を補充したからなのか視力は回復しているが、黒い布を(かぶ)せられているせいで周りの状況は確認出来ない。しかし、聞こえてくる会話の内容から、競り場に到着した事は確かであった。


 ふと、外から聞き覚えのある声が近付いてきた。

 メルザは(自分)を運んでいた男と何やら話していくと、檻内のテラバスの様子を見る事なく立ち去っていった。


 ほどなくして移動が再び始まり、荒々しい振動がテラバスに伝わる。

 このあと商品として競売にかけられるテラバスなのだが、本人は取り乱す事も無く、冷静に檻の揺れに身を委ねていた。



 ……かといって諦めた訳ではない。

 

 テラバスは右目にそっと触れた。指先から伝わるガラス玉の亀裂。あと1回の衝撃で壊れてしまいそうな……限界寸前の義眼。

 左目も、今は異常こそ無いが殴られ続けたダメージは確実に蓄積されているはず。魔眼発動でどんな状態になるか分からない。


 それでも、この方法しか思いつかなかった。





『いざとなったら、魔眼で(おど)す……!』


 スライプの救助が望めないのなら、自力で逃げるしかない。

 テラバスは、光を失う覚悟を決めた。


 彼の魔眼は、異常を見つけ解決法を得るためのものであり、殺傷能力は全く無い。

 しかし、初見の相手であれば魔眼による殺害を(ほの)めかす事で、逃走が可能になると彼は踏んでいた。


 魔眼持ちの奴隷など、気味が悪いと忌避される可能性もあるので、おそらくメルザはその情報を開示しないだろう。


 外に出られれば充分な魔力確保ができ、警備兵に保護を申し出れば3番街まで帰れるかもしれない。

 しかしバレれば終わり……目を失うばかりか奴隷に逆戻り。……チャンスは1回きりである。


 再び光を失うのは怖いが、盲目の人生と、奴隷として組伏せられる人生とを天秤にかければ、考えるまでも無かった。

 テラバスは少しずつ早まっていく鼓動を落ち着かせるため、静かに息を吐き顔を上げる。


 布を(かぶ)せられた薄暗い檻の中で覚悟を決めていると、一際(ひときわ)騒がしい音が耳に届いた。



 ━━怒号と、歓声と、金貨のやり取り。


 ━━鉄格子を開閉する(いびつ)で甲高い音と、鎖を引きずる重々しい金属音。


 とうとう人身売買……人型商品のやり取りをする会場に着いてしまったのだと、見なくても分かった。

 やがて荒々しい振動が収まり、競りを仕切る男がテラバスの「今の名前」を叫ぶ。



 仕切る男から出された合図により、(かぶ)さっていた黒布が一気に(はが)がされる。

 テラバスは急に明るくなった視界の眩しさに目を細めながら、目の前に広がるものを見た。





「━━━━━━━━ッ」


 

 その光景に、テラバスは(おのの)いた。

 自分を囲むように、人が群がっていたのだ。


 檻は買い手より高い位置に置かれ、買い手はそれを少し見上げるような状態での競売であった。


 まるで公開展示されている動物のよう。

 新たな商品の登場に皆一様に、なめるようにテラバスの顔や体を眺め値踏みし、金貨の枚数を定めていく。

 やがて1人が金貨の数を叫ぶと、誰かがさらに多い枚数を提示した。そのあとすぐに、別の誰かが金貨の数を上乗せしていく。


 これを繰り返し、最終的に最も高い額を出した者の手に渡る。




 ━━明確な合図は無いが、テラバスの競りが始まった。


 前情報として年齢くらいは開示されているが、その高さは関係無いようであった。

 競りにかけられる奴隷のほとんどは少年や少女なので、逆に成長した状態で連れてこられたテラバスが珍しいのだろう……金貨という高額な貨幣の数がどんどん増えていった。


 勢いは(おとろ)えず、人々はテラバスを「モノ」として買おうとひっきりなしに叫んでいた。


「なんだよ……これ……」


 テラバスはその狂った熱気に、呆然と呟いた。

 聞いたこともないような金貨の数。そんなに何十枚も出して、一体何を買おうとしているのか……一瞬分からなくなった。



 額が増えるたび、歓声が沸き起こる。

 怒号が飛び交う競りが続く中、テラバスは昔を思い出していた。


 

 実の両親から捨てられ、孤児院を出る16歳になっても引き取り手が見つからなかった少年時代。


 おそらく、誰からも必要とされなかった存在。

 その境遇と経験により、テラバスの幼い心は小さな闇を(はら)むようになった。


 けれども優しい人はいた。それは孤児院の仲間であったり、偶然知り合った(のち)の幼馴染であったり……。

 時がたつにつれその寂しさは薄れていったが、根底にある孤独感は消えなかった。



 そして━━━━

 優しく姉代わりだった者からは、奴隷化という仕打ちを受け、気心の知れた幼馴染は目の前で瀕死に追いやられた。優しい思い出は(けが)され、幼馴染は生きているかどうか分からない。


 長らく忘れていた感情が(よみがえ)り、テラバスを支配していく。

 テラバスは(うつ)ろな目でもう1度、周りを囲む群衆を見た。



 こんなにも、人は人を欲している。

 しかしそれは慈愛でも友愛でも無い。人権を根こそぎ奪い取った……「モノ」としての価値を求める姿だった。


 幼少期にあれほど望まれなかった自分が、こんなにも誰かに求められている。

 そして、テラバスは思い知った。「こういう時」でなければ、自分は必要ないのだと。

 


 ━━テラバスの、心が折れた。



 自分は「人」としての価値が無い。

 大事な何かを差し出しさなければ、欲しいものは手に入ってくれない……神様はとことん、無償の愛というものをくれないのだ。

 


 テラバスは頭を抱えた。今まで支えられて生きてきたのは確かなのに、己の価値を見失った事でどうやって乗り越えてきたのか、思い出せなくなってしまったのだ。


 もしかしたら、自分自身を差し出すという行為はいずれ来る結末だったのかもしれない。

 幼少期に知り合い共に戦争を経験し、色々と手を焼いていた幼馴染の姿すら、今は(おぼろ)だった。





 決意は崩れ救いは諦め、肩を落とし大人しく競売の結果を待つ事にしたテラバス。

 買い手達は彼の変化など気にも止めず、買うのは自分だと声を張り上げ続けていた。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━



「ふっ……くくっ、あっははははははっ!」


 テラバスの瞳が希望(ひかり)を失う瞬間を遠くから眺めていたメルザは、笑みを噛み殺していたが堪えきれずとうとう甲高く笑いはじめた。


「やぁっっとその目を見れたわ! とてもしぶとかったけど、やっぱり最後はみんなそうなるのよ! あぁ、この瞬間は何度見てもたまらない……ッ!」


 体を九の字に曲げ両手で顔を覆うメルザ。

 絶望に堕ちる瞬間の表情……それは奴隷商になってから、何物にもかえがたい快楽だった。



 いつの間にか競りの声が収まっていて、このままいくと金貨200枚を出している小太りの男が勝つだろう。

 ……あの男は知っている。どっかの地主でこの競り場のお得意様であり、少年ばかりを買いまくっている正真正銘の変態である。すでに青年であるテラバスを買おうとしているのも趣味からだろうが、ロクな扱いはしないだろう。


 もう、誰の手に渡ろうが知ったこっちゃない……。ひとしきり笑ったメルザは、興味を失ったのか会場から出こうと(きびす)を返す。




 ほかにいないか、と取り仕切る男が繰り返し叫ぶが、手をあげたり声を出したりする者は現れなかった。


 テラバスの競りが終わりかけた瞬間、声が響いた。


「210!」


 低いがよく通る、男の声だった。

 声の主は、照明に反射する銀色の長髪と目元を隠す銀の仮面。全身を包み込む黒いマントをまとっている。


 その数が金貨の数だと、会場にいる誰もが理解した。会場が歓声で包まれる。競りはまだ終わっていなかったのだ。

 これにはメルザも足を止めた。あの男はテラバスにそれほどの価値を見出だせるのかと興味が沸いたのだ。



 勝利目前で現れたライバルに苛立ちながら、小太りの男はさらに金貨を上乗せする。


「230だ!」

「では250」


 声音を全く変えずに額を増やす仮面男に歯軋りをしながら、男は負けじと枚数を増やした。


「に……っ、260……!」

「ならばこちらはその倍を出そう」


 平然と発せられる言葉に、会場がどよめいた。倍という事は520枚である。



 仮面の男と競り合っていた小太りの男は「正気か……」と呟いた。金貨500枚越えなど前代未聞。少なくとも奴隷1人にかける金額では無いからだ。

 メルザも愕然としていた。この男は小太り以上に変態(かねもち)なのだと震えた。


「どうした、もう終わりか?」


 仮面男からの挑発的な問いかけに、小太りの男もこれ以上の額は出せないのか、悔しそうに歯噛みしながら黙りこんだ。




 ━━━━結果、テラバスは金貨520枚で売却が決定した。


 この結果をどう受け止めているのか……テラバスの表情からは見てとれない。


 競り勝った男は何かを語る事なく会場を後にする。それはまるで、テラバスの購入が目的だったようにも見えた。


 この男がそんな大金を持っているのかと、ある者は疑い、ある者は素性を探ろうとしている。しかし、顔半分を覆う仮面と全身を包むマントに阻まれ、誰1人正体に気付く事は出来なかった。


「何なの……こいつ……」


 奴隷商になってから色んな買い手を見てきたが、この男を見るのは初めてである。メルザも正体を突き止める事が出来ず、呆然と仮面男の背中を見送った。



 競りが終わったテラバスの檻には再び布が(かぶ)せられ、それと交代するように別の奴隷が運ばれてくる。

 そして、瞬く間に競りが始まっていった。


  ◇


 テラバスの檻は、会場とは違う別室に運ばれた。室内にはすでにテラバスを買った仮面男が(たたず)んでいる。この部屋で、改めて飼い主と奴隷は顔を会わせるのだ。


 運搬した男が檻の入り口を開けテラバスを中から引っ張り出す。左足首の薄い鉄板が引きずられ、鎖がじゃらじゃらと鳴った。

 半ば投げ捨てられるように手を離され、テラバスは両手をつき、力が上手く入らない首を懸命に動かし男を見上げた。


 彼の、希望を捨てたような瞳を見た仮面男は、一瞬口元をひきつらせるがすぐに表情を戻し、運んできた男を睨む。


「お前らは失せろ」


 さらさらで美しい銀髪とは対称的な、威圧するような低い声で退出を告げる。

 運搬担当の男は、はじめは拒否しようとした。

 しかし、この男は金貨500以上出した上客でもある。粗相をすれば売買の話が破談になってしまうかもしれない……。しばらく悩んだのち、しぶしぶ部屋を出ていった。


 足音が遠ざかり、確実にいなくなったのを確認した男はテラバスをじっと見つめる。

 素性を隠すような装備の男に見られ、沈黙に耐えきれなくなったテラバスは重々しく口を開いた。


「お前が、買ったのか……?」


 オレには何の価値が……?

 男は答えない。


「どうして買った?」


 自然と声が震えた。

 男は無言を貫く。


「……っ、何か言えよ━━」


 絶望に屈した力無い声で呟き項垂(うなだ)れる。

 青年奴隷のぐったりした様子を黙って見ていた男は、観念したように首をすくませ、ようやく言葉を発した。







「お前の名前はC=13877……って、なっが! こんなの覚えられないよ! 普通に名前で呼んだ方がよくない? ……なぁテラバス」

「……!」


 知らないはずの実名を呼び、急に親しげになった買い手の態度に、テラバスは驚き目を見開いた。


 なぜか髪や声は違うが、その顔立ちはよく知っている。

 銀色の仮面を外した幼馴染が、どっきり大成功みたいなドヤ顔で見下ろしていた。


「何で……ここに……」


 信じられない思いで、震える唇で絞り出す。その呟きに、スライプは当然のように答えた。


「何って、助けに来た」


 仮面を放り投げたスライプはテラバスの傍らにしゃがみ、隠し持っていたナイフで左足首の鎖を断ち切った。

 そのまま羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てる。いつも通りの中華服にも見える出で立ちの彼になり、テラバスの腕を引っ張り上げるよう強引に立たせた。


「その髪は……」


 銀に変化した髪と、質が変わった声……テラバスは訝しげに彼を見遣る。聞きたい事は分かるが答えるのは後だ、とスライプは視線だけで受け流した。


「事情は後でだ。みんなが待ってるから……走れる?」


 何ならおんぶしようか? と意地悪な笑みで聞いてくるスライプ。

 そんな彼の……見た目は少し違えど通常運転(ゆるふわ)な幼馴染に安心感を覚えたテラバスは、ふいに(ゆる)みそうになった目元にぐっと力を入れた。


「……馬鹿にするな。走るくらいは出来る」

 

 テラバスは眉間に皺を寄せ、無理矢理笑って見せる。本当は歩くのもつらかったが、疲労で潰れそうな体と1度諦めてしまった心は知られたくなかった。なけなしの虚勢を張り、気丈なふりをした。


「……じゃ、行くよ。つらかったらすぐに言うこと」


 返事を聞いたスライプはパッと身を(ひるがえ)し、部屋を出て廊下を駆け抜ける。


 水色……ではなく銀色の髪を揺らす青年の後を、テラバスは裸足で追っていく。スライプの後を追うのに必死で何も考えられなかったが、ただ涙が出るのを懸命に(こら)えていた。

 



当作品は不定期更新でございます


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