55話 止まらぬ殺意
キイィン…………ッ
涼やかさを伴った金属音が、蒼天に響き渡った。銀の長槍が天高くくるくると舞い、土を抉る音をたて庭に突き刺さる。
夫と妻の手合わせの最中。
シャロラインの見事な回し蹴りが、スライプの槍を弾き返したのだ。
風が吹き抜けるなか、スライプは無言で振り返り、後ろに突き刺さっている槍を見る。そして空になった手を広げひらひら揺らし降参の意を見せた。
「お見事。俺の負けだ」
自嘲するように目を伏せ薄笑いを見せる。スライプの大人しい降参に、シャロラインは驚いたように目を開いた。
「今日はあっさりだな。てっきり殴りかかってくるかと」
「格闘なら俺は不利だし、槍使いは槍を失った時点で敗北だよ」
スライプはそう言うと、刺さっている槍を回収しに行く。
どうやら本当に続行する気が無いらしい。珍しい事もあるものだと思いながら、シャロラインは拳の構えを解いた。
「手足の調子はよさそうだな」
「ああ、すこぶる……という訳でもないけど、メルザともう一戦殺りあうぐらいなら問題無い」
スライプは槍を軽快に回す。
夫の完全復帰を見たシャロラインは内心ほっとし、試しに今回の作戦を聞いてみた。
すると━━━━
「え? 俺が戦って、シャロラインがテラバス救出でしょ?」
さも当然のように話すスライプ。
予想通りの答えに、シャロラインは肩を落とした。
「やっぱりそれでいくのか。あのおばあさんが言ってた通りなら、私であれば有利が取れるのだろう? 上手くいけば一方的に捕らえる事が出来るかもしれないのに」
メルザの圧縮結界はアンドロイドには通じない。腕力自体は女性のものなので、シャロラインが相手をすれば有利な状態での救出が可能である。
しかし、スライプは鋭い目付きのまま首を横に振った。
「それでは俺が納得しない。俺が望むのは完全な鏖殺。気が済むまで滅多刺しに━━━━」
沸き起こる苛立ちを隠さず、歯軋りをするスライプ。異彩の鮮やかな瞳はギラつき、少し充血していた。
そんな夫を咎めながら、鍛練が終わったので家へ戻ろうとするシャロライン。
その背中を、スライプが呼び止めた。
「と、いうわけで。続きだシャロライン」
足を地面に擦りながら開き、戦闘体勢に入るスライプ。
「え、終わりじゃなかったのか?」
シャロラインは、さっき槍を失ったら負けとか言ってたじゃないか、と反論気味に言う。
そんな妻に対し、スライプはゆるゆると首を振った。
「何を言う。槍ならここに……。それに、メルザ思い出して色々滾ってきたし。ちょっとくらいは発散させてくれてもいいだろ」
槍が手元にあるなら勝敗は決してないとでも言いたいのか、スライプは底意地が悪い笑みをしている。
シャロラインはため息をつきたい気分だった。それと同時に、だからさっきから口調が戻らなかったのか、と胸に残っていた疑問が解決した。
まだ暴れ足りないのだ。この男は何かと理由をつけて戦闘欲求を満たしたいのだろう。
「全くお前は……。感情のまま戦うのはいいが、引き際ぐらいは知っとけよ」
こうなったらスライプの気が済むまで、もしくは体力が無くなるまでやりあうしかないだろう。
呆れるシャロラインだが、こちとら戦闘アンドロイド。人間相手に負ける訳にはいかないのだ。
覚悟を決めたシャロラインは、仕方なく2戦目に応じる事にした。
◇
翌日、リビングで昼食をのんびりとっていると、突然玄関の戸がガタガタと揺れた。
一瞬だが激しい揺れ。
風か何かだろうとシャロラインは特に気にしていなかったが、スライプは過剰に反応し突進するような勢いで扉を開けた。
その先には、銀の長髪と眼光の老婆が立っていた。老婆は出てきた青年と目があうと、口元だけ微笑みの形に曲げた。
「…………やっぱりお前か」
あからさまに嫌な顔をするスライプ。左手には愛槍が握られていて、それを背で隠すようにしている。
かつての部下の態度に、サラスティバルは特に気にする様子は見せず要件を話しだした。
「誘いに来たのさ。……どうだ、そろそろ乗り込みたくなってきただろう?」
「もちろん。……あぁ、実を言うとお前の事待ってた」
スライプは前髪をかき上げ、笑いながら魔女を睨む。サラスティバルは予想通りの返答に満足そうに頷く。
「ルーレンの報告が無いのが気になるところだが、味方として振る舞うのに忙しいんだろう。きっと今なら奇襲が可能だぞ」
その言葉のあと、ぱちんっと小さいが軽快な音がしたと思っていると、景色が一瞬で変わった。
見るのは2度目……8番街の森の中である。
目の前には、テラバスが捕らえられている孤児院があった。
目的地があるなら行かない理由は無い。入り口から入りテラバスがいる空間を目指す。
足音を響かせ歩いていく最中、シャロラインはスライプの挙動が気になった。殺る気に対し、足取りが少し重いように感じたのだ。
「どうした?」
シャロラインが聞くと、スライプは辺りを見渡しながら答えた。
「いや……やけにすんなり入れたなって……」
スライプはその無防備さが引っ掛かった。
1度襲撃された場所ならば、警戒が強まってもおかしくないはずなのだが、とスライプは首を捻った。
歩いている最中でも、攻撃や妨害が全くない。さすがにおかしいと思い始めた矢先、何かの残骸が見えてきた。床に部品が散らばるそれは人型にも見えた。
近付いていくにつれ判明する正体。それはアンドロイドで、頭から胸のあたりまで上から潰されているようだった。潰れた箇所から僅かだが赤い髪が見えた。
「…………っ」
近くまで来たスライプは喉をひきつらせた。
サラスティバルも鋭い瞳を僅かに開き、残骸を静かに見下ろしている。
ルーレンだった。脳天から破壊されているので、記憶の残存の可能性は皆無……完全に“死”んでいるだろう。
同じアンドロイドの“死”はシャロラインもショックなのだろう……口を開けたまま微動だにしなかった。
しん……と、静まりかえる時間が流れ、サラスティバルはルーレンの残骸の傍らに膝をつき。
「一撃か……今までご苦労だったなルーレン」
そっと静かに、もの言わぬアンドロイドに労いの言葉をかけた。
スライプはしばらく間を開け、サラスティバルの背後から声をかける。
「おいサラスティバル、何とかならないのか」
「何とか出来たらアンドロイド技師なんていう職業はいらないよ。元々、魔法と機械は相容れないものだ。どちらかが栄えればどちらかが廃れる。魔法が使えるアンドロイドなんて、今でも開発が進んでいない。それを考えると、ルーレンがどれほど異質だったのか分かるだろ?」
それを考えると、アンドロイドの魔法使用を可能にさせたテラバスも、間違いなく前途有望な技師の1人であろう。
「でもどうして、ルーレンは壊された? まさかスパイがバレたのか?」
「それもある。もしくはほかの可能性が……」
ハッと顔を上げ、スライプは走った。
手薄過ぎる孤児院。
一応の仲間たるルーレンの破壊。
心臓がかつてないほど脈打っている。
……もう、嫌な予感しか無かった。
走り抜いた先に辿り着く空間。
目の前に広がるのは、人がいない鉄の檻。薄暗いのは相変わらずで、ひび割れたゴーグルがぽつんと残され、床には血がこびりついている。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「……テラバス! どこだっ! テラバスッ!」
遠退いた意識を戻すように、スライプは幼馴染の名を叫ぶ。
響く声が喧しく、答える者は誰1人いなかった。突きつけられた現実に、唇を強く噛む。
「あの女……ッ!」
スライプは唸るように呟いた。無意識に握り拳を作り、脳は途方もない怒りで沸騰しそうだった。
「どれほど振り回せば……ッ、どこまで苦しめれば気が済むんだ……ッ!」
怨嗟を吐くように、声を荒げる。
テラバスはもういない。こことは違うところへ連れていかれてしまった……間に合わなかったのだ。
やはり、あの時無理にでも乗り込むべきだったのだと後悔しながら、スライプは頭をガシガシと掻いた。
追いついたシャロラインとサラスティバルも、無人となった空間を見渡した。
明らかに冷静さを欠いたスライプを横目で見遣り、黙考していたサラスティバルは次の行き先を示す。
「ここにはいない、という事は出荷……人身売買の競り場に行っているはずだ。最悪、すでに買い手がついている可能性があるが、行くか?」
「当然だ。たとえ誰を殺してでも助けに行く……っ」
眉間に皺を寄せ、激情を露にするスライプはまるで猛獣である。無関係の者すら皆殺しにしかねないその雰囲気に、シャロラインは言葉を失い、サラスティバルはため息をついた。
「ここからは少し遠いが、私達には関係無い。とにかく付近にまで移動する。……それまでにスライプ、お前は少し頭を冷やしな」
サラスティバルは指を鳴らした。どれほど距離があろうと、魔法があれば移動は一瞬である。
辿り着いたのは8番街孤児院から2キロほど離れた小さな廃校舎。
児童の減少により数年前に閉校したここは、一応スライプやテラバスの母校でもある。今は使われる事なく、寂れ廃れるのを待つばかりの建物であった。
それゆえ、無法者の格好の溜まり場である。勝手に住み着き、勝手に奴隷の売買をする場所に変えていたのだ。
「ここの地下が奴隷の競り場になっている。……スライプ……ここの経営に……お前ん家が一部資金を出している事は、知っていたか?」
サラスティバルの言葉に、シャロラインはスライプを見るも、当の本人は全くの無反応である。
テラバス救出とメルザ抹殺の事しか頭にないスライプは、サラスティバルの言葉が耳に入っていないようであった。
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