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51話 魔女、来訪


 シャロラインは必死に駆けた。ぐったりしているスライプを抱え、外から漏れてくる光を目指し、テラバスが()らえられている孤児院から脱出した。


 建物を抜け、ルーレンと別れた森に戻ってきたシャロラインは、施設から離れた所で立ち止まり、スライプを草の上へゆっくりおろす。


 明るいところで改めて見ると、ほぼ全身が赤く濡れていた。衣服は血を吸い、顔にもべったりついている。返り血などではなく、すべてスライプが流したものである。

 血を流しすぎたのか顔色が悪い。呼吸はしているが浅く、今にも消え入りそうだった。


 スカートの裾を破り、右腕と左足の止血を施す。

 

 止血を終え、シャロラインは周囲を見渡した。

 木々が立ち並ぶ森の中、何より困った事がシャロラインに降りかかる。


「医者は……病院はどこだ……」


 3番街ならよかったのだが、ここは8番街。1度も訪れた事がないシャロラインは、土地勘が全く無かった。

 ルーレンの話だとここはスライプの故郷らしいので本人に聞ければいいのだが、とても案内をさせる状態ではない。


 事は一刻も争うのに……シャロラインは途方に暮れた。


「シャロ……」


 そんな妻の心情を知ってか知らずか、薄目を開けたスライプは力無くから笑い(・・・・)をした。


「スライプッ! 気がついて……ッ」

「こんかいは……ちょっとダメかも……」


 か細く告げる言葉は彼にしては弱気なもので、目を開けるものしんどいのか再び目を閉じた。


 彼が死を覚悟したのは今回が2回目だ。

 ちなみに1回目は失踪者を探し2番街の工房に行った際、魔獣の群れと対峙した時である。


「……っ、馬鹿を言うな! 諦めるんじゃないっ!」


 シャロラインは今にも泣き出しそうに顔を歪めているが、涙が出る事は無かった。

 アンドロイドに「涙を流す」という機能や器官はついていないのだ。いっそ涙を流して、彼にこの思いを伝えられたらと、初めてこの機体(からだ)を恨んだ。


 せめて彼の頬を撫でようと左手を顔に近づける。

 その時ふと目についたのは、指先が数本無くなった機械仕掛けの己の手。

 スライプが依頼に出かける前、手合わせをしている最中(さなか)に、彼に斬られてそのままにしていた指先だった。


 シャロラインはさらに悲しくなった。


 この機体(からだ)は、夫を癒す事も励ます事も満足に出来ないのだと、シャロラインは情けなくなって欠けた左手で握り拳を作った。


 弱っていく夫をただ見ることしか出来ない絶望に打ちひしがれていると、背後から草を踏み抜き近付いてくる気配がやって来た。


「おやおや、ほんとに死にかけてる」


 心なしか、その声の主は楽しそうな口調をしていた。


 反応したシャロラインは振り向き、スライプはバチッと目を開けた。痛む体に(うめ)きながら、首を声のする方へ向ける。

 そこには、束ねた銀の長髪をなびかせ鋭い銀瞳で見下(みくだ)し、魔法使いらしいローブと魔杖を携えた老婆が立っていた。顔に刻まれている皺は深いが、背筋はしゃんと伸びていてどこか若々しく感じられる。


 追っ手かと思い警戒するシャロラインだが、老婆からは殺意やその類いが感じられない。

 首を(かし)げるシャロラインに対し、スライプは「ババア……」と心底憎々しげに呟いた。瀕死の状態でも、因縁の相手への威嚇は忘れない。


 軍人時代、散々痛めつけてくれた奴の顔など、忘れたくても嫌な記憶と共に脳に刷り込まれている。


 スライプの一言で、シャロラインも気付いた。

 スライプやテラバスから度々聞いていた人物。


 かつての教官、魔法使いの頂点、サラスティバル・ローランその人である。


「無様だねぇスライプ。ほれほれ、悔しかったらやり返してみな」


 サラスティバルはスライプを見下ろしながら、楽しそうに魔杖で頬をぐりぐりといじった。動く気力が無いスライプは苛立ちを全面に出した表情で、サラスティバルのいたずらを受け入れていた。


「何しに来た。まさか(とど)めを刺しに来た訳じゃないだろ」

「そうしたいのは山々なんだが、ちょっとあの子は私も放置出来ないのでね。今回は特別も特別に、お前を助けに来た」


 その言葉に、スライプは目を見張った。


「……お前の口から『助ける』なんて台詞を聞く日が来るとは……」


 軍人時代ならあり得なかった台詞。当時は、うるせぇそのままくたばってろ、と言われるのが常であった。


 サラスティバルは心外だ、と首を横に振る。


「そのまま病院に行っても、ダメになった部分を切り落とされるだけだ。私とて、お前の手足は極力失いたくない。国の有事が起きた時の貴重な戦力だからね」

「俺はもう軍人じゃない。他をあたれ」

「私だってもう軍人じゃない。だが、特権はまだ残ってる。まぁ、楽しみに待ってな」


 そう言うと、サラスティバルは魔杖をおもむろにスライプの傷口に埋め込んだ。

 ぐちゃ……と、肉を潰す嫌な音が響いた。そしてそのまま、ぐりぐりと(えぐ)っていく。

 サラスティバルの行動に、スライプは驚き激痛で叫んだ。


「痛っっっった! ちょ……っ、だっ……っ、マジで……っ、てめぇっ! ふざけんな……っ! うああああっ!」

「ほーっほっほっほ! 痛いだろ、痛いだろ! ほーらもっと苦しめ!!」


 激痛に身悶えするスライプと、高笑いしながら傷口を(いじ)くり回すサラスティバル。魔杖の先が、赤く染められていく。


 永遠にも感じられる苦痛の時間……だったのだが、それは唐突に終わった。


「終わったぞ」


 スライプの血を吸い続けた魔杖が離れる。スライプは叫びすぎた疲労で、魂が抜け落ちたように呆けていた。


「いつか……絶対殺す……」

「その台詞は腕を見てからにしてほしいね。……どうだ? 完璧に治っているだろう?」


 自信満々なサラスティバルの言葉に、スライプはハッとし、右腕を見た。

 無惨に折れ、ただの血濡れの肉塊だった右腕が、すっかり元の形を取り戻していた。

 あれほど痛かったのに、今は痛みを感じない。腕を曲げ指を曲げ、感触を確かめる。違和感が全く無い、完璧な再生だった。


 驚いているスライプの表情に、サラスティバルはご満悦である。


「お前の怪我は魔法を外から与えても治らん。内側から直接骨や肉や皮膚に魔法を当てた方が早いし確実だ」

「それなら、わざわざ傷口を抉らなくてもよかったじゃないか!?」


 スライプは声を荒げた。

 サラスティバルが言う「内側からの治癒」なら、先ほどのように傷口を(いじ)る必要は特に無いのだ。

 完全に損である。


「ん? それは私がお前を苦しめたいからさ。そーらっ! 次は足だ!」

「ぎぁあああああああああああ!!」


 容赦なく突き立てられる治癒の魔杖。

 サラスティバルの荒療治は、足が再生するまで続いた。



  ◇


「てか、何でここにいるんだ」


 足も無事再生━━━━何とか命は救われ自力で立てるようになったスライプは、サラスティバルをきつく睨んだ。

 今回は救われたが、これまで受けてきた恨みはこんなものでは無くならない。


 サラスティバルはそんな視線を気にせず、スライプへ向き直る。


シュリオン(ルーレン)から報告を受けてね。テラバスとメルザが接触したと」

「ルーレン? お前とルーレンはグルか? メルザとルーレンはグルらしいし、お前らの関わりは何なんだ?」

「簡単に言うと、メルザは魔薬実験の関係者で、ルーレンはメルザの仲間兼監視。メルザの動きを私に報告してくれる」

「ルーレンは軍に捨てられたと言っていた。それは嘘か?」

「半分嘘で半分本当だ。ルーレンはまだ、私の手先として動いてもらっている。…………どうせあんたらは他に聞きたい事があるだろうから、後で聞きに来な」


 何故メルザと接触するに至ったのかは分からないが、スライプとテラバスが何をしようとしていたのかは検討はつく。

 一応、原因の1つはこの魔女なのだ。


「……それはテラバスに言ってやってくれ。1番傷ついてるのはあいつだ。だから、俺は早くあいつを━━━━」


 助けなければ━━━━


 スライプは槍を握り、再びテラバス救出へ駆けた。


「待ちなっ! 今行っても返り討ちにあうだけだ!」


 サラスティバルの制止も聞かず、治ったばかりの足を止めないスライプ。サラスティバルはため息をつき、そんな彼の足へ1つのトラップを仕掛けた。


「う……っ」


 そのトラップに引っ掛かったスライプは、勢いよく地面に倒れ伏した。急に何かに足を取られたスライプは、憎々しげにその正体を見た。


「痛ってぇな! ……おいっ! トラバサミはやめろ!」


 足にがっちり挟まっているトラバサミを自力で外すスライプ。投げ捨てると、トラバサミは(ちり)のように霧散して消えた。


「全く……聞き分けの無い子だね。家まで送ってやるから、そのきったない格好何とかしてきな!」


 サラスティバルはパチンッと指を鳴らした。

 途端、景色が変化した。緑の森から、住み慣れた自宅に変わっている。

 充分な魔力が回っていないと失敗が多い転移魔法を、この魔女は指先1つで済ませてしまう。しかも非接触、複数である。


「手足は治したが、流した血は戻ってはいない。メルザを本気で倒したければ、体調は万全にするんだね」


 そう言うと、サラスティバルは再び指を鳴らし、その場から姿を消した。

 一瞬で魔女が消え、夫婦2人だけになる。


「何だったんだ……あいつは……」


 気になる事、ぶつけたい事はたくさんあるが、まずメルザを倒さなければならない。

 スライプは休息なんて考えていなかった。体が治ったのなら一刻も早く8番街へ戻り、テラバスを救出しなければ。


「シャロ、今から行ってくるけど、君は━━━━」


 続きを言いかけて、言葉が詰まり出てこなくなった。シャロラインの表情は悲しみと安堵が混じった、滅多に見せないものだったから。


「よかった。お前が、無事で……」


 そう呟く彼女は泣きそうな表情で、けれども涙は出ない。

 いつもは気丈なシャロラインの、しょんぼり加減が何だかかわいくて、スライプはにやける顔を(こら)えて頭を撫でた。


「そっか、そうだよね。ごめん、心配かけたね」


 見知らぬ森の中で、シャロラインを不安にさせてしまった。

 よしよしと、ここぞとばかりに思い切り撫で回す。


 少し調子に乗っていると、シャロラインは急に撫でる手を打ち払ってきた。


「ええ……」


 つい落胆の声をもらし、叩き落とされた手の甲をおさえてしまう。

 ツンとデレの温度差が激しい妻に軽くショックを受けながら、こちらに詰め寄ってくるシャロラインを見た。


「そうだ! お前ちゃんと説明しろよ! 8番街! ほんと困ったんだからな!」


 右も左も分からない森の中で、死にかけの夫と取り残された絶望を延々と語るシャロライン。

 スライプはその圧に押され気味になり、数歩後ずさる。


「わ、分かった。分かったって。休みがてら説明するから……っ」


 興奮しているシャロラインを何とか(なだ)めようと試みるスライプ。


 ああ、数分前の妻の顔が恋しい……。


 シャロラインの立ち直りの早さを、少しばかり恨んだスライプであった。



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