44話 結界内戦闘
ゆっくり歩いているはずなのに、幼馴染が一向に追いついてこない事に疑問を感じたスライプは、立ち止まり背後を見た。
振り向き様に幼馴染へ声をかけるつもりだったのだが……スライプは喉から出かかっていたものを引っ込めた。
そこには黒髪の青年ではなく、全身を隠すような黒いローブをまとった人物が立っていた。目深にかぶったフードから、わずかだが赤い髪が見える。
スライプがその人物を捉えると同時に、街の喧騒が引いていき、やがて人の姿も消えていく。
潮が引くように静かになっていく街中に取り残されたスライプは、風が降り立つように音もなく現れた黒いローブ姿の人物に向き直った。
「結界をやったのは、君かい?」
周囲に現れた不可思議な現象に、スライプは首を傾げながら聞いた。
今はただ疑問を投げかけているだけなので、声色はまだ穏やかである。
赤髪の人影は1度だけ頷くと、重々しい服装とは裏腹に、拍子抜けするほどの気さくさで口を開いた。
「やっ! 僕はルーレン。訳あって君を無人の結界に閉じ込めた者さ! 君の幼馴染とは分断させてもらったよ。軍でも有名だった君と、魔眼持ちの彼とじゃこちらの分が悪いからね」
ルーレンはにこにこしながら今の状況を伝えるが、少しばかり悪意を滲ませている。
突然出てきておいて不躾にあててくる悪意にイラついたスライプは少しずつ殺気を放ちつつも、冷静にルーレンとの対峙を続けた。
「魔眼? 誰が魔眼だって?」
スライプは笑った。まるで、テラバスが魔眼だと言っているみたいではないか。
すると、ルーレンは首をかくん、と横に倒した。
「あれ、知らない? んじゃいいや。僕の役目は君の足止めだし、やる事やったら帰るよ」
ルーレンはぱちん、と指を鳴らした。
すると、ルーレンの手の中に銃が収まった。そしてそのまま銃口をスライプへ向けた。
「これは、魔薬の弾丸が込められた魔弾! 当たればただじゃ済まないよっ!」
引き金が引かれ、発砲音が結界内に響く。
「ご丁寧に解説どうもっ!」
スライプは、放たれた弾丸を槍で打ち払った。弾かれた弾丸はスライプの斜め後方へ飛び、露店の壁に穴を開けた。
穿たれた穴から細い煙があがっている。
ちなみに、これは結界内の露店に穴が開いたので、実際の露店には傷1つついていない。つまり、この結界内でどれほどの損壊が行われても現実世界には何の影響も無いのである。
スライプにとったら、何よりも好都合だった。
スライプはわずかに体を屈ませ、一気に距離を詰める。その間ルーレンが銃のリロードをし再び発砲。目の前に飛び込んでくる銀色の凶弾をわずかに屈んで回避すると、槍を横に振り抜く。
ルーレンも、負けじと攻撃を銃身で受け止めながら発砲を繰り返す。胸がダメなら頭。頭がダメなら腕。腕がダメなら足……。一発撃ち込めば勝利は確定なのに、相手はなかなか油断してくれない。狙いを幾度変えても、すでに見切っているかのように細い槍柄で打ち返し、ときに銃弾を切り落とし、隙をついて槍を全力で振るってくる。
その早さに、ルーレンは何も追いつかない。前もってメルザからスライプに関する情報はもらっていたというのに、いざ対峙してみると圧巻の一言だった。
自身が劣勢に傾きつつも、食らいついてくるルーレンを見たスライプは「ははっ」と声を出して笑った。とても愉快な気持ちになった。
「お前こそ、ちゃんと狙えよ。じゃないと━━━━」
にたり……スライプは悪魔のように笑った。
「ただじゃ済まないのはお前だ」
ルーレンを襲う、銀の閃光。
横一閃に振るわれた槍が、ルーレンの右腕ごと武器を奪った。
金属を裂く甲高い音が響き、はねられた腕が宙を舞う。そしてそのままボトッと地面に落ちた。
腕の断面から溢れているのは、血ではなかった。無数の導線が見え、行き場を失った電気がバチンバチンと火花を散らしている。
スライプは横目で落ちた腕を見ると、すぐさまルーレンへ戻す。
すでに彼の左手には新たな銃が握られているが、スライプは銃口をこちらに向ける動作すら許さず、左腕も一切の迷いなく切断した。
両腕とも一瞬で奪われたルーレンは呆気にとられながらも、まだ止まらないスライプの攻撃を避ける。
「いや! ちょっと! 驚かないの!? 僕アンドロイドだよ!? ちょっとは驚いてよ!」
「あぁ!? アンドロイドなんざ珍しくねぇよ! 俺の嫁はアンドロイドだからな!」
「……メルザッ ヘルプ! ヘルプミー!」
全く怯まないスライプに、ルーレンはたまらず別結界にいる仲間に助けを叫んだ。
やがて、その返事が来たのか、ルーレンの独り言が続く。
「いやいや。こいつぁ無理だ。とにかく助けて。なるはやでよろし━━━━」
「待てオラァッ!」
しゃべっている最中でも器用に逃げ続けるルーレンを追い回すスライプ。
反撃を許さないスライプの猛攻が続くが、彼が助けを求めた相手は、唐突にやって来た。
「こんにちは」
突然、女性の持つ高い声が耳に届き、スライプは思わず槍の動きを止めてしまった。声がした方を睨むと、ルーレンと同じく足元まで隠すローブをまとった人物が立っていた。顔を隠すフードまで被っている。
微笑みの形を崩さないその人に、スライプはルーレンに向けていた槍の切っ先を収めた。この状況を見ても、こいつはそんな調子でいられるのか、と少し興味が湧いたのだ。
「お前、こいつの仲間か」
ローブの女性は特に答えず、胸に手を添えお辞儀をした。
「君がスライプだね。私はメルザ。今まで、私の弟と仲良くしてくれてありがとう」
唐突に現れた女性、メルザはにっこり微笑む。
メルザが発した言葉に、スライプは眉をひそめた。テラバスに血を分けた兄弟はいない。それどころか、親にすら見捨てられているはずである。
「弟だ? あいつに兄弟なんていないぞ」
「それは知ってるわ。確かに血の繋がりは無いけれど、私にとったら弟も同然だもの」
メルザは懐かしい過去を思い出しているのか、穏やかに目を伏せた。
「家族と一緒にいるのは当然でしょ? だからテラバスを私のお家に連れていったの」
「……お前、何を言ってるんだ」
スライプは目を見開いた。想像が合っているなら、テラバスはこの女にさらわれたという事になる。力面で、男であるテラバスが易々と女性に後れをとるとは考えにくい。
抵抗出来ない、何かがあったのではないか━━━━
「……答えろ。あいつをどこにやった」
答えによってはこの場で斬り伏せる。女でも容赦する気は無く、スライプは槍を構え直した。
「内緒、と言うつもりだったけど、お友達が来るなら歓迎するよ。テラバスも喜ぶでしょうし。ただし、この中から出られたらね」
そう言うと、メルザは両手を仰々しく広げた。結界を抜け出せたら、という事らしい。
「この結界は貴方を捕らえるための檻。私達はこの結界を解く気は無いし、現実世界には何の影響も出さないものだから、誰も貴方に気付いてくれないわ」
メルザはくすくす笑いながら、スライプがどういう行動を取るのか見守っている。女性の嘲笑を受けながら、スライプは槍の構えをとくと、穂先を下に向けた。
「ところで、お前らは俺が元軍人だっていうのは知ってるらしいが、何が出来るのかも分かってるよな?」
メルザは、なんだそんな事、と鼻で笑った。
そんなもの、とっくに調べている。当時新人兵の中でも突出していた実力を持ち、それゆえ問題児とされそれ用の部隊へ配属され、教官のサラスティバルのもとで訓練を重ね槍術の他に結界を破る魔法も取得し━━━━
思い出しながら、メルザは「あっ」と呼気を漏らしながら顔をあげた。
だが、遅かった。スライプはすでに結界破りの魔法を発動させており、槍の穂先には充分過ぎるほどの魔力が溜まっていた。
こうならないように下調べをしてきたのに、メルザは愛する弟との再会による喜びのあまり失念していた。
スライプが、国内最高の魔女から伝授された結界破りの魔法を使える事に。
メルザは慌てて相方へ叫んだ。
「……ッ! ルーレン! 今すぐここから離れ━━━━」
「てめぇらのツラはよーく覚えた! 首洗って待ってろ!」
しかし、退避か刺突かは、刺突の方が早かった。
地面に向かって、スライプは穂先に収集させた魔法を突き刺す。
━━━━タンっ
空砲のような、小気味良い破裂音が響き、スライプを閉じ込めていた結界が破られた。
━━━━以前、スライプが工房に張られていた結界を破った際の、ガラスが砕ける音ではない。
結界の規模と性質が違うのだろう。あれは、範囲が建物のみで外界からの侵入を阻む結界。今回のは誰にも邪魔をされない、かつ現実世界に被害を出さない結界を、街の上から被せたような「戦闘フィールド」である。
当然規模が大きいほど、術者にかかる体の負担は大きくなる。解除も、術者本人が結界を解いたなら負担はまだ小さいが、何者かに無理矢理破られてしまえば話は別である。
「ぐ……ぎゃっ!」
強制的に解除された事により、この結界の主であるルーレンに術の反動が返る。
結界で上書きされていた世界が正しいものに戻りつつある中、気を失い崩れ落ちるルーレンの体を、メルザが強引に引き寄せ一緒に逃走した。
スライプはその後を追おうとせず、この場を離れていく2人の影を睨み続ける。
それから数秒後、雑踏が耳に届いた。
我に返り周囲を見渡すと、人々が往来を繰り返し、露店店主が商売をしている……いつもと変わりない平凡な日々の営みが見てとれた。
最後に、槍の一刺しでもお見舞いすればよかったと思いながら、結界や戦闘による第三者の被害が出ていない事に安堵する。
しかし、最大の問題が発生してしまった。
メルザの話が本当ならテラバスは敵の拠点に連れ去られてしまっているのだ。
敵の目的は間違いなくテラバスなのだが、理由が分からない。メルザがテラバスの事を弟だと語っている事に関係しているのだろうか……。
気になるワードも増えた。
ルーレンは、テラバスの目を魔眼と言っていた。ふと脳裏に浮かぶ、テラバスの眼球の亀裂。
(まさか本当に、魔眼なのだろうか……)
魔眼とは文字通り、魔属の瞳。見るだけで魔法を行使出来る代物である。詠唱無し、予備動作無しで魔法を扱える魔眼の発現は、魔法使い達のある種の到達点でもある。
テラバスは魔法使いではない。使っているところなど、1度も見たこと無いのだ。視力は魔力で補っているらしいが、それは魔法とはいえない。
あれこれ考え込んでいると、こちらへ駆けてくる足音が聞こえてきた。スライプが振り向くより先に、足音の主が声をかけてきた。
「スライプさん!」
「エルジーナ! どうしてここに」
やって来たのはエルジーナだった。
急いで来たらしく、髪は乱れ呼吸を荒くしている。
「こっちの方から、魔力の異常を感知しまして……っ! 何かあったんですか?」
「テラバスが、何かさらわれたっぽい」
スライプはエルジーナに、ルーレンと名乗る人物がやって来て結界に閉じ込められた事、メルザと名乗る女性にテラバスが誘拐された事を話す。
息が落ち着いたエルジーナは驚いた表情をするも、すぐに引き締めた。
「では、助けに」
「うん。そうなんだけど、僕1人じゃ多分無理だ。せめてシャロがいてくれればいいんだけど」
一応依頼の最中であるため、テラバスの意向によりシャロラインはカルスと共にお留守番中である。シャロラインに緊急事態を伝えたいが、その手段が無かった。
田舎には電話なんてまだ普及していないし、急いで帰ろうにも3時間はかかる道のりである。テラバスがどういう状況にさらされているか分からないのに、そんなに時間をかけていられない。
単身乗り込むなど、真っ先に消すべき愚策である。
スライプがどうするべきか悩ませていると、胸元をきゅっと押さえつけるように黙っていたエルジーナが口を開いた。
「私に、任せてもらえませんか?」
どうやらエルジーナに考えがあるようで、意を決したような面差しの少女を、スライプは黙って受け止めた。




