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42話 一族の研究とテラバスの耳打ち


「スライプさん達は……お婆ちゃんが関係している魔薬について聞くため、ここに来たんですよね?」


 長い静寂の末、最初に沈黙を食い破ったのは、エルジーナだった。

 顔は伏せがちで依然(いぜん)調子は悪そうだが、覚悟は決まっているのかしっかりした口調だった。


「そちらの方の目を見て、すぐ分かりました」


 エルジーナは視線をテラバスに向け、亀裂が入った黒瞳を不安そうに見つめた。そして、何やら落ち着き無くそわそわし始める。恐怖や焦りからでは無いようで、何か言いたげな少女の表情に、テラバスはあっ、と何か思い至ったように小さく声をあげた。


 テラバスは一方的にエルジーナを知っているが、エルジーナはテラバスを知らないのだ。話うんぬんの前に、まずは自分の素性を明かさなければならない事に気付く。


 軽く咳払いをし喉の調子を整え、少し姿勢を直した。


「名乗り忘れてすまない。オレはテラバスという。スライプの幼馴染で、3番街でアンドロイドの修理技師をしている」


 テラバスの簡潔な自己紹介も済み、いよいよ本題へ入る。


「君が気付いた通り、オレは魔薬の被害を受け視力を奪われた者だ。それに関係しているであろうローランの、サラスティバルの関係者として……君の知っている事を教えて欲しい」


 出来るだけ少女を怖がらせないように気を付けているつもりだが、どうしても眉間に皺が寄り、厳しく見据えてしまう。


 その中には、ようやく真相が探れるという期待も込められていたので、エルジーナは怯むことなく、テラバスの鋭い眼差しをしっかり受け止めていた。

 エルジーナは小さく頷くと。


「まずは、これを見てください」


 そう言うと立ち上がり、壁際の戸棚の引き出しから、高さ5センチほどの小さな小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。粘性は無いようで、一見水のように見えた。

 それを、2人の前にコトリと置き、意を決したように正体を口にする。



「これが……魔薬の元となる、液体麻薬です」



 

 自分の隣で、息を飲む音が聞こえた。

 ちらっと見ると、テラバスが目を見開いて小瓶を凝視しているのが目に映った。

 スライプ自身も、魔薬を見るのは初めてなので驚いていた。正確には魔薬になる前段階の代物だが、これだけでも違法性のある薬品には変わり無い。


「これは、一族が魔薬を開発した(ごう)を忘れないようにと、代々受け継がれているものです。これ自体には魔薬としての効果は無く、麻薬としても機能はしないので安心してください」


 エルジーナが所持していた液状の麻薬。


 魔薬は、麻薬と魔法を調合させる事により作られる違法薬物である。目の前にある麻薬も、魔法を加えれば魔薬へと変質するはずなのだが、この麻薬は長期の保管により薬効が失われているらしく、魔法を加えても魔薬にはならないという。


「お婆ちゃんとお父さん……ローラン家は、薬物兵器の……魔薬の研究と開発をしている人達でした。噂では人の体も使って、魔薬の実現化を目指しているとも。結婚したお母さんはローランの非道な研究を嫌い、私を連れてお父さんと別れました。……私にはお兄ちゃんがいたのですが、お兄ちゃんはお父さん側についていきました。それが━━━━」


「ジュークなのです」

「ジュークって事か」


 エルジーナの声と、スライプの声が重なった。

 前に、捜索願いとして依頼されていた人物。カルスの元持ち主であり、スライプが辿り着いた時にはすでに、首を吊って亡くなっていた人である。


「そうです。……お兄ちゃんの本当の名前はシーリンクではなく、ジューク・ローラン。お兄ちゃんは親の研究を続け、自らも魔薬に溺れてしまった……」

「それを隠すために、サラスティバルがあの工房に結界を張り、孫に管理をさせたって訳か」


 スライプからの言葉に、エルジーナは少し目を伏せた。


 ジュークがいるとされた2番街電子研究工房。

 スライプが訪れた際建物を覆っていた、他者の侵入を阻んでいる不可視の壁は、非道な研究を隠すための封印だったのだ。


 依頼の時、スライプが魔法で結界を破ってしまったので、今は出入り自由な場所となっている。ジュークの件があるので、関係者以外立ち入り禁止であり、警備兵しか立ち入る人はいない。


「いつから、とか、どうして、とかは分かりません。お父さんとお兄ちゃんはもうこの世にいませんし、お母さんは離婚以来全く介入していません。お婆ちゃんは、何も話してくれません。私だって、もう当事者なのに……」


 エルジーナは泣きそうに、顔を歪めた。そして青い瞳がみるみる濡れていく。


 どうやら少女からの話はここまでのようなので、テラバスはこれまでの内容をまとめた。


「開発動機としては薬物兵器の実現。魔薬の開発、製造をしていたのはサラスティバルをはじめとした君の父方の一族で、君自身は魔薬の効果うんぬんはよく知らないって事でいいのかな?」


 エルジーナは目元を指で拭いながら、こくりと1回頷いた。


 魔薬にサラスティバルが関わっている事は充分に分かった。しかし、本当に知りたい事はそれでは無い。

 目的は薬物兵器としてらしいが、これも半分嘘だろう。

 もっとあるはずなのだ……真実が、意思を奪う以外の何かが!


「エルジーナは、これがどこで作られてるとか、本当の目的が何なのかとかは知らないか?」


 あれこれ考えて黙りこくっているテラバスに代わり、スライプが問いを投げかける。


「……はい。私が知っているのは、魔薬が作られる大本の原因はお婆ちゃん達にあることくらいで……。製造場所は分かりませんし、効果も皆さんと同じく意思を奪うくらいしか分かりません。目的も、薬物兵器としか聞いていません……」


 少女はそれきり黙ってしまった。その様子は隠そうとしているものでは無く、本当に知らないようであった。


 エルジーナの話を聞きながら、テラバスは内心頭を抱えた。

 魔薬について1番近い人物だと思っていたが、知っている事は自分達と変わりなかったのだ。ここで、ある程度収穫が見込めなければ、目的まで辿り着けない。

 魔薬や【廃人計画】の真意捜索が打ち切りになってしまう。


 テラバスはさらに質問をしようとするが、隣のスライプから肩に手を置かれ、首を横に振られてしまう。


 ━━━━これ以上は無理だと。


 テラバスは奥歯を噛み締めた。

 ここまで来て悔しいが、諦めざるを得なかった。






「色々聞いて悪かったね。それじゃまた」


 聞き取りが終わり、斡旋所を後にする。

 スライプに続きテラバスが出ていこうとしたところ、エルジーナに呼び止められた。


「あの、本当にごめんなさい。私が知っている事は全てお話したつもりでしたが、力にはなれなかったようで……。その目は、魔薬により目を冒されたからなんですよね」


 見た瞬間、恐慌状態に陥ってしまったテラバスの瞳。

 エルジーナは復讐されると思ったのだ。エルジーナの親の一族が開発さえしなければ、テラバスの目は奪われなかったのだから。

 しかし、最初のエルジーナの予想に反しテラバスは穏やかに対応し、今は淡く笑みさえ浮かべてくれる。


「ああ、両目ともな。今は義眼になっていて、魔力を眼球に取り込む事で可視化している」


 現在、テラバスの視力の支えは魔力である。人工の眼球に魔力を取り込む事で、普通の眼球と変わらない機能を得ることが出来るのだ。

 ただ、魔力の取り込みは眼球部分のみなので、体内に魔力を取り込み放出するという「魔法」は使えない。


「えっと、失礼ですが……目だけ(・・・)ですか?」


 瞬間、テラバスはぴくっと眉を動かした。

 どうやら、エルジーナも同じところに引っ掛かったようだ。


「そうだ。……聞くが、エルジーナはどうしてだと思う?」


 意思を奪う効果を持つ魔薬が、意思を奪わずに体の一部の機能だけを奪える理由。

 テラバスは、魔薬を作った一族を親に持つエルジーナの見解を聞きたかった。エルジーナは口元を右手で覆い、考える。


「確かに、それだと疑問は残りますね。……でも、私の疑問は他にもあります。その亀裂です。魔力で機能するとはいえ、見るだけの眼球に亀裂は出来ません。それ以上の負荷がかからない限り……。その目は、ただ見るだけでは無いですよね? ……まさか、それもお婆ちゃんが━━━━」


 青ざめながら続きを言おうとする少女を、慌てて「しーっ」と口の前に人差し指を添えたジェスチャーで制止する。


 やや焦ったようなテラバスを見たエルジーナは、勢いよく両手で口元を覆った。


 すんでのところで少女の妨害に成功したテラバスは、ホッとして息を吐いた。

 どうやらこのエルジーナという少女は、勘というか……想像力と観察力がいいらしい。

 未だ健気に口を覆い続ける少女につい、顔が(ゆる)んでしまう。





 エルジーナになら、話してもいいかもしれない。

 確かにサラスティバルのせいだが、この少女なら悲観せず受け止めてくれるだろう。

 それに、人からは色々聞き出しておいて、自分の事は何も言わずに立ち去るなど、不公平ではある。


 いたずらを思い付いたような少年の笑い方で、テラバスはちょいちょいと手招きをし、エルジーナの耳元へ顔を近付ける。


「スライプには、まだ内緒にしてるんだが」


 スライプにはここぞという時に種明かしをしたいので、近くにいる本人に聞かれないよう、テラバスは手を添えながらそっとエルジーナに耳打ちをした。



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