41話 エルジーナの恐慌
「テラバスは、その……どうして義眼に?」
話題は、テラバスの義眼についてへ移り変わる。
今回の依頼で、1番大きな動機であろう真実に、スライプは踏み込んでいく。
気心が知れた幼馴染とはいえ隠しておきたい……デリケートな部分くらいはあるだろうと、スライプは聞きにくそうにしていたが、聞かれた本人は気にした様子を見せずに答えた。
「前も言った通り、オレは【廃人計画】の被害者だ。目に魔薬を入れられて、その影響で両目とも失明。眼球に魔力を取り込み、視覚化できる義眼を移植する手術を受けて今に至る」
テラバスの真っ黒な瞳。
スライプが知る、小さい頃の彼の瞳と全くの同色だし、人工物という違和感も無い。
本当に義眼なのかと疑いたくなる精巧さだが、右目にある一閃の亀裂が、その真実を告げているような歪さを見せていた。
「目に魔薬って……まず、いつ?」
「軍人時代だよ。修理の最中目に細かい鉄屑が入ってな。とりあえず、すぐに洗い流したんだが一応軍医に見てもらって……その処方箋として出された目薬に魔薬が混入されていた」
時期は、スライプとテラバスが第1部隊に配属が決まったあたり。怪我の具合としては眼球に少し傷がついたくらいだが、用心するに越した事は無いと目薬を処方された。
当時テラバスは、それを何の疑いもなく毎日投与し続けていた。少し滲みるが、薬が効いている証拠だと信じていたのだ。
無くなったら、軍医から同じものを処方される。痛みは無いのでもう大丈夫だと告げても、軍医は投与を続けるよう迫るばかりであった。
テラバスは、不審に思いながらも目薬を差していく。
それが戦争━━━━国境平定戦争が終わる頃まで続いた。
1滴ずつ、少量だが長期間、時間をかけて体内に取り込まれた魔薬は、ついにテラバスの視力を奪うまでに至ったのだ。
「急に視力が落ちて……数日たたずに目が見えなくなった。それが魔薬の仕業だと気づくのに、時間はかからなかった」
突然、光を失ったテラバスは絶望した。
薬を処方した軍医に失明を告げると、今度は魔力で視覚化可能な義眼に替える手術を勧められた。始めは拒絶していたが、光が皆無な生活に耐えきれず、やがて義眼の手術を受け入れた。
「前に、お前が聞いた魔薬の摂取方法の例の1つに、目薬による体内摂取をあげたよな。……あれは、オレが実際に受けたものだ」
━━━━人間に使うならとにかく体内に入れればいい。飲んでもよし注射で打ってもよし、傷口から入ることもあれば目薬に混入させてゆっくり入れるのもよし。アンドロイドはそうもいかないから━━━━
「あ、あ~~」
そんな事あった…………けか? スライプは遠い記憶を頑張って掘り起こすも、そんなものは彼方へ消えてしまったらしい。
頭を掻きながら苦笑いを浮かべるスライプだが、心の奥底ではショックを受けていた。
共に従軍を決め、共に戦った幼馴染が、自分のすぐ近くで人体実験を受けていたのだ。
テラバスが手術を受けていた事も初耳である。おそらく自分が戦後に精神を病み、軍本部の自室に閉じこもっていた最中の出来事なのだろう。
スライプにすら話していないのだから、他の……ヴァッテリダやハイゼリカ、アンジェスタにも話していないのだろう……テラバスは襲いかかる光の喪失に怯えながら、すべて1人で考えて、決断をしてきたのだ。
当時のテラバスの心情を思いながら、スライプはつい聞いてしまった。
「テラバスは、その軍医に……復讐したいと思ってる?」
失明する直接的な原因を作った軍医。計画的に、作為的に仕組まれたものに、殺意を持たなかったのか。今でも、仕返しを望んでいるのか。
「復讐も何も、その軍医はもう死んでるよ。……したくても、出来ない……」
眉間に皺を寄せ、憎そうに、悔しそうに、でも少しホッとしているような、様々な感情が入り交じった表情を浮かべた。
「そっか」
テラバスの表情を見たスライプは、胸が詰まったような感覚になり、その一言を絞り出すのが精一杯だった。
「時にスライプ、魔薬の効果については、さすがに覚えているよな?」
細められた黒瞳に射抜かれ、スライプはぎくりと肩を震わせた。先ほどの目薬の件を覚えていなかった事がバレていたようである。
しかし、魔薬の効果なら覚えているので、スライプは自信満々に答えた。
「相手の意思を奪うものだろ?」
「……正解。……なのだが、オレはどうだ? 意思が無いように見えるか?」
「全く。むしろ自己主張マシマシ」
ぶんぶん頭を振るスライプ。
やや失礼な行動だが、テラバスは特に引っかかる事無く続けた。
「そうなんだよ。ごく少量だし濃度も分からないが、効果は意思とは関係無い、失明だけで終わってるんだ。意識の喪失も無ければ記憶の混濁も無い。脳に近い目から入って全身に回っているはずなのに……こんな器用に効果が分かれるなんて、さすがに不自然とは思わないか?」
前にも語られた、実際に被害に遭ったから感じた疑問。
魔薬は本当に意思を奪うだけのものなのか。だとしたら本当の【廃人計画】とは何なのか。
そして、人体実験を行うほどに、軍が関わっているという事実。
「だから、サラスティバルのとこに行くのが早いと言ったんだな。あいつは、魔法とつくものなら確実に関わっているだろうから」
かつての教官、サラスティバル・ローラン。
魔法院特級大将という、国の、国軍の「魔」に携わっている老婆。
国内の魔法使い達の最上位に君臨する魔女なら、どんな形であれ関わっているのは確定である。
「でも、軍が関係しているなら、尚更捜査は難しい。あまり深く追いすぎると断罪されてしまう」
国を守る国軍が、国を脅かす魔薬と関わっているなど不祥事極まりない。様々な冤罪をふっかけ、2人を殺してでも秘匿しようとするだろう。
「そのための地方だ。会いに行くのは軍から遠く、サラスティバルに近い人物……魔女の御孫女様だ」
ふとテラバスが、前方を指差した。
スライプはハッとして、目を見開く。
目の前に広がっているのは、数ヶ月ぶりに見る2番街仕事斡旋所だった。
いつの間にか、目的地に辿り着いたようである。
スライプの案内無く進んでいたので、おそらくテラバスはここまで来る道順も調べていたのだろう。
スライプは懐かしさ半分、憂鬱さ半分で斡旋所を見上げた。前の依頼で訪れた際、所長のエルジーナを問い詰めてしまった事があるので、少しだけ会いづらい。
この期に及んでそんな事は言っていられないので、スライプは意を決してドアを開けた。
ドアベルの音を聞きながらすぐに目についたのは、茶髪セミロングの少女、の後ろ姿。
作業中のエルジーナ・スルトである。
「こんちは」
中へ入りながら、スライプは壁面の依頼書の張り替えを行っていたエルジーナへ声をかけた。
スライプの声に気付いたエルジーナは振り返る。
スライプの顔を見て「あっ」と表情を明るくさせ、そのまま隣のテラバスの顔を見た瞬間━━━━その色を一気に変えた。
まるで、地獄の底に叩き落とされたような表情で瞠目するエルジーナは、肩を震わせ唇を戦慄かせ、息を荒くし震える手で頭を抱えた。
そして━━━━
「いや……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 私のっ、私のせいじゃ無いっ! 知らない! 知らない! 私は……関係無いっ……!」
目に涙を溜め、頭を大きく振り、錯乱するエルジーナ。
突然の恐慌状態に、スライプが慌てて押さえようと飛び出す。しかし、スライプより先にテラバスが、少女の両腕を掴んでいた。
テラバスはそのままエルジーナに詰め寄る。少女はテラバスと目が合うと、さらに怯えたように叫んだ。
逃げようとするエルジーナの意識をこちらへ向けさせようと、テラバスは腕を強く握った。
「落ち着け。……オレたちは、君に何かするつもりで来たわけじゃ無い。ただ、話を……話を聞いて、そして知っている事を話して欲しいんだ……っ」
眉間に皺を寄せたテラバスの、必死で切実な言葉にエルジーナも落ち着いたのか、少しずつ唇や肩の震えが収まっていく。
やがて息も整いはじめ、過呼吸一歩手前だった呼吸が元に戻っていく。平静さを取り戻しつつある少女に、テラバスは胸を撫で下ろし掴んでいた腕をゆっくり離した。
喋れるようになったエルジーナは、2人に向かってペコリと頭を下げた。
「取り乱して、すみませんでした……。何の話をしに来たのかは、もう分かっています。どうぞ、中に入ってください」
落ち着いたとはいえ、顔色はとても悪い。
静かな声で案内されたのは、カウンターの奥……スライプが前に入った事がある応接室である。
2人は、無言でエルジーナの後を追う。
エルジーナが先に入り、続いてテラバス、最後にスライプが入っていく。部屋の真ん中に長テーブルがあり、椅子が向かい合うように配置されている。
スライプとテラバスは隣同士で座り、エルジーナはその向かいに腰を下ろした。
向かい合い、沈黙を保ち続ける3人。
これから話すのは、魔薬や【廃人計画】について。
応接室は一気に緊張感に包まれ、時計の針の音だけが、人声による静寂の破壊を待っていた。




