40話 恐ろしい幼馴染
出発のタイミングはスライプに任せると言われたので、言葉に甘えてしばらくおあずけとなる愛妻との時間を堪能する事にした。
一緒に買い物に出かけたり、運動がてら手合わせをしたりなど、2人ならではの触れあいをする。
━━━━手を繋ごうとするもひどく拒絶されたり、槍を振り回した瞬間彼女の指先を切り落としたりしちゃったけど、そんな事は日常茶飯事なので気にしない。
そして、テラバスとの話し合いから3日後━━━━
「いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
出立の日。
言葉を交わした後、スライプは長槍を片手に、シャロラインに見送られながらテラバスのもとへ向かった。
◇
「テラバスー、用意はいいかー?」
幼馴染の家へ、珍しく声をかけてから(すでに足を踏み入れているが)入っていくと、真っ先に目に入る黒髪の青年。
テラバスは上下紺色のジャージ、首元にはゴーグルという変わり映えのないいつもの格好で待っていた。
「ようやく来たか、オレはいつでも万端だ」
ちなみに、剣など武器の装備はしていない。
元軍人だが技術兵だった彼に戦闘経験はほぼ無く、出来る事といえば護身程度に短剣を振るうくらいである。今は短剣すら無いので、もし戦闘など荒事になったらスライプ頼みとなる。
腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、玄関先で立っているスライプのもとへ歩み寄る。
「ほんとに、いいんだな?」
静かな声、神妙な面持ちで問われる、依頼人からの最終確認。
これから追うのは、国で問題となっている【廃人計画】についてである。どんな危険が待っているか分からない依頼を、本当に引き受けてくれるかどうかの━━━━
自分よりも少し背の高い、黒瞳の視線に射抜かれたスライプは、何を今さら、と言いたげに首を左右に降る。
「いいも何も、すでに引き受けた依頼だ。成功か失敗か、どっちかの成果を出さなければ帰ってこれない。……さ、君の依頼を叶えに行こう」
スライプにとったら日常茶飯事とも言える危険。
いつも通りゆるふわで朗らかに振る舞う彼に、テラバスは少しホッとした安堵の表情を浮かべた。
「……よろしく頼むよ、スライプ」
ゆるふわな幼馴染を頼もしく思いながら、目的地である2番街仕事斡旋所を目指した。
さて、2番街まで3~4時間の道のり。
男2人で馬車など乗っていられないので、一致で徒歩を選択した。
歩いてる最中の会話は締まりのない、日常会話そのものであった。
「こっちにも電車とか出来るといいのにねぇ」
「王都と地方の差が激しいからな。しばらくは無理だろ」
「もし出来るなら電話とかも欲しい。いちいち家に行くの面倒くさいし」
「全くだ。こればっかりは王都の特権だな」
この国は不思議なもので、アンドロイドは普及済みなのに交通機関や通信機器の普及は王都のみに留まっている。というより、アンドロイド製造に金をかけすぎて、電車や電話を地方に広げる余裕が無いのだ。
おかげでこの王国は、先進国なのか発展途上の国なのか分からない、何とも微妙な国となってしまっていた。
「そういえば、シャロラインは」
「大丈夫! レイの説得は完璧だし、カルスのお世話役も納得してくれたよ」
テラバスの意向によりお留守番を命ぜられたシャロラインは、少し腑に落ちないのか微妙な顔をしていたが「テラバスがいるから大丈夫だと思うが、無理はするなよ」と、カルスのお守り役を受けてくれた。
「そっか……。何から何まで、世話になりっぱなしだな」
テラバスの口振りは少し気になったが、スライプにはそれより気になる事があるので、特に聞き返さなかった。
「シャロと言えばテラバス、お前報酬は修理1回無料だって言ったよな?」
スライプが確認したかったのは、依頼成功の暁として支払われる報酬について。
どうしても高額になるアンドロイド修理が無料になるという、とても魅力的な報酬である。
「ああ、嘘はつかん。ただし1回だけだぞ、1回」
「それってさ、どの程度の破損とか━━規模は関係無いよな?」
な? と迫るスライプに、テラバスは立ち止まり固まった。
そしてみるみる、顔を青くしていく。
テラバスが提示した報酬には、いくつか穴があった。
修理「1回」という制限を設けたのはいいものの、破損の「程度」の指定はしていない。
つまり、シャロラインの全身が破壊された状態でも全額無料という事になってしまうのだ。
それに、「次回修理時」などの期間も定められていない。これにより、片腕など費用が比較的安く収まるときは支払い、全身など、より費用がかさみそうになった場合に報酬を施行するという事が可能なのである。
ツメの甘さがテラバスの、唯一で最大の失敗であった。
「どうして黙ってるの? 嘘はつかないんだよね?」
口調は普段の柔らかさなのに、目は笑っていない。
テラバスの口から答えを聞くまでは逃さない、といった圧力で返答を待っていた。
スライプにとっては、多いときは金貨50枚以上かかる修理費用が、丸々かからなくなるというありがたい報酬。
テラバスにとってはスライプを確実に釣るためのエサが、思わぬ痛手となって帰ってきたのだ。
返事を返せず口ごもるテラバスを視線で脅していくと。
「分かった、分かったよ! お前のタイミングで額は無制限でいいから! だからその顔はヤメロ!」
スライプからの圧力に押し負けたテラバスが折れ、より具体的な報酬内容を口頭で告げた。
確かな答えを聞いたスライプは、喜びを隠そうともせずガッツポーズをした。
「よっしゃ、その時はよろしくな!」
俄然やる気が沸いてきたスライプは、先を急かすように、テラバスの背中を叩く。
…………シャロラインは今、左手の指が数本無い状態であり、これの修理に報酬が適用されては困る。
テラバスの恐喝に成功したスライプはその企みがバレないように、心の中でほくそ笑んでいた。




