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4話 きっかけの依頼 2

 スライプが帰宅したのは、日が落ち始めた夕方頃であった。玄関の戸を開けると、奥の方から料理の匂いが漂ってくる。シャロラインが夕食の支度をしているのだ。そのままキッチンへ向かうと、淡黄色のエプロンをつけた妻がサラダを盛り付けていた。


「ただいま。シャロ」


「おかえり。思ったより早かったな。もう食うか? 後はグラタン焼くだけだぞ」


 帰ってきた夫の声に頭だけ動かしその姿を見た。

 豹変する前の温和な青年がそこに立っている。


(良かった……。元に戻ったか……)


 内心ほっとしながら完成したスープをかき回していると、目の前に1枚の紙を差し出された。

 突然の事に面食らっているシャロラインに対し、スライプは笑顔で言った。


「仕事だよシャロ。それもとっておきのね」


  ◇


「依頼整理番号932。内容は失踪者の捜索。名前はジューク・シーリンク。29歳男性。依頼者は不明。難度はDランク。成功報酬は金貨3枚銀貨10枚」


 シャロラインが作った夕食を食べながら今回受けた依頼の概要を話す。今夜のメニューはペンネたっぷりのグラタンにカブのサラダ、トマトスープである。


 向かいに座りスープを啜っている姿をじっと見ていたシャロラインはスライプに尋ねた。


「どうだ、味付け薄くないか?」

「いや、丁度いい。いつも美味しいよ」


 スライプの返事に安心したのか、シャロラインも焼き立てのグラタンを頬張るともごもごと咀嚼する。


 本来アンドロイドに食事は必要ない。が、食べる事は可能である。体内に入った食物は中ですべて分解されるので外に排出されるものは無いが、味覚は薄く上手い不味いの区別があまりつかない。よって料理するときは感覚と経験で味をつけていく。


「シャロはいつも心配するけど美味しくなかった事は1度も無いよ。もっと自信持って」


 食卓を囲んだ2人の会話。ここだけ見ると普通の夫婦なのだが1人は豹変する戦闘狂(ウォーライカー)、もう1人は鉄の体アンドロイドなのだ。

 スライプの言葉に顔の緩みを(こら)えながら、誤魔化すように食事を進めるシャロラインは「それにしても」と喋り出す。


「どこに行ったかと思ったら、レイのとこ行ってたのか。珍しいな、お前がこんな低レベルな依頼を自分から受けるとは」


 心底驚いているシャロラインに対し、スライプも口を開く。


「所長にも言われたよ。そんなに意外?」

「だっていつも『Aより下はつまらない!』って一蹴してAかSランクしか受けてこないくせに」

「まぁそうなんだけど……。……シャロは【廃人計画】って聞いたことある?」


 【廃人計画】とは、この(さい)の王国で広がっているある事件のことである。

 相手の思考を奪う魔薬を使って意思を奪い、国家の混乱と転覆を狙う犯罪組織が行っている計画及び事件を総称して【廃人計画】と呼ばれている。

 魔薬は他の違法薬物のように人から人へ渡る広まり方があれば、飲み物や食べ物に混入され知らず知らずの内に摂取してしまう事例もある。


 魔薬は他の違法薬物とは違い、効果が出るのが比較的早い。摂取量にもよるが1回の使用で症状が出てしまう事もある。量を調節すれば1発で意思を奪う事も出来るし、じわじわと時間かけて奪っていく事も出来るので、犯罪者にとったら使い勝手のいい薬なのだ。


「少しだけ……。それと今回の依頼が関係あるのか?」

「その可能性が大きいってだけだけど、僕はそう思ってる」


 首を(ひね)り、疑念を(あらわ)にしているシャロラインに説明する。


「子供のアンドロイド……あの子には魔薬が使われていた痕跡があった。それに、あの子が言った名前と斡旋所にあった失踪者の名前が一致したんだ。ということはもしかしたら【廃人計画】を企てる犯罪者達のしっぽくらいは掴めるかも」


 ただの人探しでは済まないかもしれないと語るスライプにシャロラインはこくりと頷いた。


「で、本音は?」

「……より強い奴を殺したい……」


 シャロラインの予想通り物騒な事を考えていたらしい。考えを読まれたスライプは気まずそうに視線を逸らした。


「お前は……。だとしたらやることは殺害ではなく確保だろ」


 殺してしまっては組織の潜伏先や魔薬の製造場所を聞き出せない。この場合殺さず確保が理想である。


「そうだけどさ。そういう奴らって大体魔獣とか合成獣(キメラ)とか凶暴なの飼ってるじゃん。……それをブチ殺すんだよ!」


 喋りながら(テンション)が上がりかけるスライプ。

 マズイ、と思ったシャロラインは丁度淹れ終えた食後のコーヒーを慌てて差し出した。


「落ち着け」

「あ、ああ……ありがとう」


 マグカップを持ち上げ2人でコーヒーを啜る。スライプにはミルクが入っているがシャロラインはブラックコーヒーを飲んでいる。というのもシャロラインは甘味や苦味など味覚を感じる事が出来ないため、ミルクを入れたカフェオレもブラックコーヒーも彼女には区別がつかないのだ。


「だからランクに騙された他の人たちに渡らないようにこの依頼を確保しに行ったわけ」

 もっともらしい理由を話すスライプだが、向かいに座るシャロラインは呆れている。


「そうか。……でもDランクって事は今回も私はお留守番か?」

「いや。今回は君もついてきてもらう。さっき言った通り難しい仕事になるかもしれないし、何よりアンドロイドが関わっている」


 スライプはアンドロイドに詳しいアンドロイド本人を連れて行った方がいいと判断していた。


「おっ、んじゃ久々の相棒登場だな」

「そういう事。よろしく頼むよ相棒(シャロライン)


 ━━━━伴侶型戦闘アンドロイド

 シャロラインは妻として夫を支えるだけでなく、戦闘アンドロイドとしてスライプと共に戦うもう1つの機能(役割)を持っていた。


 と言っても常に同行する訳ではなく、仕事のランクと内容によって同行するかしないかが決まる。スライプが持ってくる仕事は大体AかSランクという高難易度のものなのだが、内容によっては1人で片付きそうなものもあるのでその時はスライプ1人で出掛けていく。

 今回の場合、依頼の裏に何かがありそうなのでランクは低いが戦力の1人として同行させる事を決めた。


「はいよ、いつ行くんだ? 明日か」

「取り敢えず明日はあの子供に話を聞きに行こうと思う。何かしらヒントが貰えるかもしれないし」


 明日の予定は決まった。

 正直大したことない報酬だし他の奴らに任せてもいいと思っていたものだが、裏に潜む大きな影にわくわくしながらスライプは眠りについた。



  ◇

 人間(スライプ)は眠りについたが、人造人間(シャロライン)の夜はこれからである。


 時刻は午後11時。星が瞬く漆黒の闇。夏の虫が鳴き乱れる庭へ出たシャロラインは、ぐっと背伸びをした。若干関節が軋む感じがしたが、少し擦れただけだろうと気には止めなかった。この夜は冷夏であり、羽織るものが1枚欲しくなるような夜風の冷たさであったが、シャロラインはそれを全く感じさせない。


 人造人間(シャロライン)には味覚以外にもあまり感じ取れないものがいくつもある。


 暑い寒いなどの気温、熱い冷たいの温度、触ったり触られたときの感触、痛みなどの痛覚……。

 全く感じない訳でもないが、その箇所が少しヒリヒリする程度で終わってしまうのだ。

 庭に出ている理由も、寝られないのではなく寝る必要が無いからである。ベッドに横になり瞼を閉じることは出来るが、睡眠には至らずただ閉じて時が経つのを待つだけになってしまう。


 夜の過ごし方としてはそれでもいいのだが、今宵はそれではもったいない。スライプから久々の出撃要請を受け、少しでも体を動かしたくなった彼女はスライプの長槍を拝借して少し素振りをした。


 本来、彼女の武器は鉄の体を生かした格闘なのだが、夜中に木を殴ると衝撃音でスライプを起こしてしまう可能性があるので、静かに行える槍を選んだのだ。


 普段やってない分若干ぎこちないが、戦闘アンドロイドと銘打っている分すぐに感覚を掴んだ。夢中になって何時間も動いていると、地平線からうっすら太陽が見えた。夜明けが訪れたのである。


 じわじわと登ってくる太陽を見つめながら1人で1日の始まりを迎えていたシャロラインはふと考え事をした。


 1日の始まりといえば朝食……朝ご飯のメニューの事である。

 スライプは何でも食べるがニンジンだけは凶暴化するくらい嫌いなのだ。細かく刻んでも勘が鋭いのかすぐバレてしまう。まぁ出さなければいい話なのだが、夫の健康を守る妻としては栄養の偏りなく提供したいというのが本音である。


 悩みながら家へ入る。

 こうして1人の夜は終わり、再び夫婦で過ごす1日が始まるのであった。

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