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39話 下準備は抜かりなく


 それからというのも、いつもの準備としてはそこそこに忙しい日々が続いた。


 まず渡された書類に、正式に引き受けるという(むね)の署名をする。


 1度斡旋所に届けられた依頼なので、所長に諾否(だくひ)の回答を出さなければならない。これは請負人側の義務であり、無回答のままだと規定違反となってしまい、仮に成功させても報酬が受け取れない。

 最悪それだけでなく、2度と仕事を回してもらえなくなるという可能性も出てきてしまうのだ。


 今回は内容が内容なので、我々の行動が軍や警備兵に告げ口されては困る。そのため、所長のご機嫌取り(くちどめ)を決行するのも必要となる。


 方法としては、レイが日頃好んで飲むお酒の種類をリサーチして、より上質なものを賄賂として献上する。献上役はスライプだと少し角が立つので、シャロラインにお願いする事にした。


 前準備としてはそのくらいなので、後はテラバスと最終擦り合わせをすればいよいよ任務開始となる。



  ◇


 書類提出と献上品はシャロラインに任せて、スライプはテラバスの家へ向かう。


 少々遅くはなったが、正式に依頼を引き受ける(むね)を伝えるべく、慣れに慣れきった道を1人進んでいく。


 道の途中、向かいから誰か歩いてくるのが見えた。

 遠くからでも分かる、清楚で(きら)めくような存在感が少しずつ近づいてくる。ほどなくして向こうも気付いたのか、パッと表情を明るくさせた。


「おお、ここですれ違うのは珍しいな。何かの帰り?」


 スライプがそう尋ねると、向かいからやって来たエリアは少しはにかみながら言い淀んだ。


「ちょっと……テラバスの、ところに……」


 彼女は、その名前を呼ぶ時に恥ずかしそうに顔を伏せた。金の長い髪が顔の動きに合わせて揺れ動く。

 久方ぶりに感じる……少女の初々しい恋心。


 幼馴染のカミングアウトやら、口止めの根回しやらで忙殺されていた心に訪れたわずかな平穏に、スライプは思わずほっこりした。



(━━━━うんうん。大好きだよ僕、そういうの!)



 なんていう冷やかしは繊細な彼女には言えないので、そっか~、と一言だけ答えてその場は通りすぎる事にした。

 あれからどうなったのかと少し気になっていたのだが、なんやかんやで順調だと知り、少し浮かれ気分のままテラバスの家へ入る。


「やっほ~。テラバスいるか~」


 珍しく作業場にはおらず、軽い口調で呼びかける。幼馴染の安気な声を聞いたテラバスは、奥のプライベートエリア(リビング)の方からやってきた。

 前回のような不穏な空気は無く、それこそいつも通り平和な田舎で暮らす青年という雰囲気であった。


「……気持ち悪いな。なんかいいことが?」

「いや、さっきエリアとすれ違って━━━━」


 妙に機嫌がいいスライプに警戒心を丸出しにするテラバス。そんな彼に揚々(ようよう)と続きを言おうとして……口の動きをはたりと止める。

 これから、テラバスは幼馴染ではなく依頼人(クライアント)となるので、少しは真面目にならなければならない。


 スライプはいつ告白するんだとか、いつ付き合うんだとか、色々イジッてやろうと思っていたのだが今日は(・・・)止めておく事にした。そんな事のために来た訳では無いのだから。


 不自然に止めた事を(いぶか)るテラバスをよそに、スライプは咳払いをして空気を改めた。


「さてテラバス、お前の依頼を受ける事にしたよ。詳細を教えろ。僕は何をすればいい?」


 前回聞いた内容は「何故この依頼をしたか」なので、今日聞くのは「請負人の役割」……「テラバスがスライプに求めるモノ」である。


「なんだ。遅かったから断られるのかと思ってたぞ」


 心配したぞ、という台詞に反し、絶対に断られないという自信に満ちた表情で見遣るテラバス。

 こちとら準備に少々手間取っただけで、断るつもりは無かったし、報酬についても少し問い改めたい事がある。


 スライプはため息1つで返事をする。


「言っておくが1から魔薬捜索なんて、とてもじゃないが無理だ。僕自身大した収穫(じょうほう)は持ってないし……それとも、どこかあてがあるのか?」


 依頼内容は魔薬や【廃人計画】の真意。人でも施設でも、ある程度捜索の目星がついていなければ厳しい……最悪何年もかかってしまう。さすがに、こればかりに構っている時間は無い。


「その前に、依頼書に書き忘れてた事があってな。この依頼、オレとスライプの2人だけでやって欲しいんだ」


 つまり、シャロライン抜きの任務となる。


「へぇ、その意味は?」


 ふいに、スライプの瞳が不機嫌そうに細まる。


 依頼の難度が高めのものはシャロラインを同行させる。テラバスもそれを知っており、今回はまさにシャロライン同行確定案件なのだが、テラバスはあえて同行させないという。


「これはオレの予測だけど……理由はおいおい話すよ。シャロラインはカルスとのお留守番を頼む」


 そんな理由では納得出来ないが、依頼人がそう言うなら従うしかなく、スライプは渋々了承した。


「シャロには言っとく。そんで、あてはあるのか?」

「ああ、それなんだけど……」


 テラバスの口振りだと、考えなしでは無いらしい。

 それだけでも依頼の難度(やりやすさ)が変わってくる。


「1番早いのはクソババのトコロに行く事なんだけど、さすがにそれでは捕まってしまう。……ので、ちょっと遠回りだけど確実に会いに行ける奴のとこへ行こうと思う。……お前ももうすでに知ってるだろ。あいつの血縁者であり電子研究工房の結界とやらを張っていた━━━━」


 テラバスの言葉にスライプは古い記憶を掘り起こし、そして存在を思い出した。

 カルスの持ち主とおぼしき、ある失踪者を探すために訪れた斡旋所にいた人物。隠すように、守るように強固な結界を張っていた少女。


 2番街仕事斡旋所の所長。

 エルジーナ・スルト


 サラスティバル(クソババ)の孫である。



「そいつが、現時点で真っ先に追うべき相手だ」



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