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38話 事件を追う者


 様々な思いに急かされながら、スライプとシャロラインはテラバスの家へ向かった。

 

 依頼書を片手に、移動時間約15分の道のりを進んでいく。

 いつもならあっという間に着くのに、今日はやけに長く、遠く感じていた。


 やがて道の先に見えてくる、いつものテラバスの家。その中へいつも通り、無合図で不躾に入っていく。そして、いつも言われる勝手に入ってくる事への文句━━━━が、今日は無かった。


 扉を開けた先に、黒髪の青年が佇んでいる。

 騒がしく入る来訪者に対し、その家の主は静かに幼馴染の入室を迎えていた。


 変わり映えの無い、テラバスの作業部屋。

 そこに今、折り畳み式テーブルと椅子、保温ポットに入れられたコーヒー。それとマグカップが用意されている。


 自分のためではなく、来客をもてなすような用意。

 まるで、2人が今日来ることを知っていたかのような準備の良さであった。


 騒がしく入ってきた2人を見遣り、テラバスは「おう」と、いつものような口調で笑った。しかし柔和さは皆無。黒い眼光は鋭く、普段の彼からは想像もつかないほど冷酷で好戦的な微笑みだった。


 スライプも、彼と同じように鋭い視線で見返す。すると、テラバスの右目に違和感を覚えた。横一線、およそ普通の目には現れない不自然な線が入っているのが見えたのだ。


「思ったより早かったな。ほら、それに座れよ。話を聞きに来たんだろ?」


 ふい、と黒の視線が逸れ、彼は保温ポットに手をかけた。

 あとはマグカップへ注ぐだけ、というコーヒーを淹れる動作はいつもと変わり無いのに、雰囲気だけが違う。

 緊張感のある、ひりつくような空気を発しながら着席を促した。


 スライプは何か言いたげな表情をするも、ひとまず座る事にした。シャロラインもそれに(なら)うと、湯気を上げる真っ黒な飲み物が前に出された。


「聞きたい事は山ほどあるだろうが、まずは依頼の……オレの話を聞いてもらおうか」


 自身も椅子に腰かけると、話を切り出した。


「実は、お前らが魔薬を追っているのと同じように、オレも魔薬や【廃人計画】の事は調べていた。……魔薬は本当に、意思を奪うだけのものなのか。【廃人計画】とは、本当は何を指しているのだろうかと」


 テラバスはマグカップに口をつけた。(すす)る音と飲み込む音が静かに響き、スライプとシャロラインは微動だにせず言葉の続きを待った。


 スライプは、表情にこそ出さないが驚いていた。


 知らなかった。戦地を駆け抜け、いつ死ぬとも分からない生き方をしているスライプとは対照的な生活を営むテラバス。危険とは遠い生き方をしているからこそ驚愕した。

 より強者との戦闘を望み、興味本位で捜索をしていた事件の情報を、テラバスも欲していたのだという事に。


「だから、お前らが興味からとはいえ【廃人計画】を追っているのも都合が良かった。もしかしたら、オレにも有用な情報が流れてくるかもしれないからな」


 スライプは何でもべらべら喋るから、とテラバスはほんのり笑う。


「━━━━オレの依頼は魔薬の本当の効果。【廃人計画】の本当の目的の調査。全部はさすがに無理だろうから出来るところまででいいけれど……。さて、この依頼……受けてくれるか?」


 静かな声音で問う。依頼の、受理か拒否か。


 答えを急かすような、強い眼光に射抜かれる。こんな強気なテラバスを見るのは初めてであった。

 幼馴染の見せる側面に、面食らいながらも怯まず対峙をするスライプ。


 失っていた言葉を取り戻し、テラバスに返事を返す前に、今度はこちらから質問をした。


「その前に、答えろ。…………どうしてお前は【廃人計画】を調べてるんだ……魔薬のなにを知ろうとしてるんだ……どうして真実を知ろうとしているんだ?」


 スライプのような興味本位では無いだろう。もっと明確な理由を持っているはずである。こうしてわざわざ「依頼」として打ち明けているのだから。


 当然テラバスには黙秘する権利がある。しかし、彼は気にする様子もなく理由を話した。






「……オレは巻き込まれたから、真実を知りたいんだ。……オレも【廃人計画】の被害者だからだよ。スライプ━━━━」


 テラバスは2人が言葉を詰まらせているのをお構いなしに続ける。


「オレの両目は魔薬により視力を失い、【廃人計画】の実験で奪われた」


 自虐からなのか、わずかに嗤っている。

 ほんの少し細まったテラバスの右目に浮かぶ亀裂が、やけに目立って見えた。





  ◇


「スライプ……テラバスの依頼、受けるのか?」


 自宅へ戻ったスライプは、へなへなとリビングの椅子に座り、顔を片手で覆いため息をついた。

 やっとの思いで辿り着いた家はとても……すごく、落ち着く。


「受ける……しかないだろう……」


 先ほどまでの会話の内容……実は、あまり覚えていない。どんな依頼や無理難題よりも動揺していたのだ。

 遡ること17年━━━━6歳の頃からの腐れ縁なのに……自分に隠していた秘密があったことが何となくショックだった。



『オレの両目は魔薬により視力を失い、【廃人計画】の実験で奪われた』



 テラバスの告白が、ぐわんぐわん脳内を駆け巡っている。


 これは夢ではないだろうか。

 王国を(おびや)かし、溢れんばかりの被害者を出している【廃人計画】が、身近な……幼馴染にまで及んでいたのだ。


 ふと、テラバスの告白の1つを思い出す。


(義眼……か……)


 今、テラバスが問題なく生活出来ているのは、魔力を取り込み周囲を判別出来る義眼のおかげだという。言われなければ作り物と分からない。色も、元の目と変わらない。実によく出来ている義眼であった。


 しばらく椅子に寄りかかり、落ち着いたところでシャロラインから冷たい水をもらう。




 とりあえず、依頼の諾否(だくひ)は待ってもらう事にしていた。


 拒否してしまえば、テラバスは2度とこの依頼を3番街斡旋所に提出する事が出来なくなってしまう。もう1度依頼するとなると、遠い、別地方の斡旋所へ行かなければならなくなる。


 受理するのは少々早計である。国全体で問題化している【廃人計画】を個人的に捜査していると知られてしまえば、厄介事になるのは目に見えている。

 よって口止めが必要となる。今回は所長のレイを黙らせておけば良さそうなので、まだマシな方である。


 どちらの答えを出すにしても、時間は必要だった。

 それに、スライプの悩みはそれだけでは無かった。


「何か……他にありそうなんだよな……」


 テラバスは本当に、義眼にされただけなのだろうか……。


 つい、勘ぐってしまう。

 今まで、似たような依頼はいくつもあった。ある製薬会社が開発した成長薬を摂取したマウスが、何倍も膨れ上がり魔獣と化し、暴走していたのを討伐した事もある。


 人の肉の味を覚えた狼が、その業によって魔力を得ると小さな村1つ滅ぼした。その討伐に、他の請負人達と共闘して倒した事もある。


 しかし、今回は少し毛色が違う気がしていた。


 依頼内容が国を侵しつつある【廃人計画】だからなのか、依頼主が、巻き込まれてしまった幼馴染だからなのか……。


 脳裏に、ヒビが入ったテラバスの瞳が浮かぶ。

 嫌な予感が、胸騒ぎがどうしても収まらなかった。

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