37話 ご機嫌スライプとご指名依頼
年齢順は大体
ガルイア=アスラ >ナウリタ> スライプ です。
青年は朝からご機嫌で、鼻歌混じりで出かけの準備をしていた。
スライプは、着替えの最後の工程である長い腰帯をきゅっと締める。布同士の擦り合う音が心地よく耳に届き、足首ほどまである赤い布がだらりと垂れ下がった。
「……よし」
自室の全身鏡で前後を確認し、スライプはゆるふわを通り越したモフモフな感じで、にこにこしながらリビングへ向かった。
スライプの機嫌のよさの原因は、これから行う本日の予定である。
今日は仕事探し━━━━依頼の受注に行く日なのだ。
事件が少ない平和な田舎地方だが、何もない訳では無い。むしろ色々ある。
畑を荒らす害獣から、魔獣と呼ばれる魔属の獣、果ては竜種など上位存在の討伐。依頼として集まっている仕事は多岐に渡っている。
それを請け負い、遂行し、金銭を得ているのがフリーランスの仕事請負人。スライプの生業である。
斡旋所に行き仕事を選び、場合によってはシャロラインと擦り合わせ、日にちを調整して仕事に出かける。すっかり慣れたスライプのルーチンワークであった。
家を出る前に愛妻の顔でも見ようと思ったのだが、姿が見えない。いる気配も感じられないので、買い物にでも行ってしまったのだろうと思ったスライプは、少し寂しさを感じながら1人静かに家を出た。
◇
いつものように押し戸を開け、聞き慣れたドアベルが鳴り響く。そしていつものように閑散とした室内━━━━と思っていたのだが、今日は何やら騒がしかった。
声がいくつも混じり合っている方を見ると、依頼の受付を行うカウンターの前に、男が3人ほど集まっていた。会話の内容から、喧嘩では無いと分かったスライプはその集まりへ近付いていく。
「どうしたの、今日は栄えてるね」
カウンター前で団子状になっている集団に向かって声をかけると、3人は一斉に振り返った。そして、背後に立つスライプの姿を見るやいなや顔を輝かせた。
「おおー、スライプ! 聞いてくれよ。ナウリタがA級の依頼受けんだとよ! 絶対死ぬぞ! お前さんからも何か言ってやってくれ」
「いーや! 絶対大丈夫だ! 無翼竜なんてただデカいトカゲだろ!? 飛ばないから大丈夫!」
「お前、結婚資金が足りないからって無理すんな! せっかくの嫁さんが悲しむだろ! 大人しくCランクにしろ!」
口々に話す男3人衆は上からアスラ、ナウリタ、ガルイア。スライプと同業、3番街の請負人達である。
どうやら、ナウリタが高ランクの依頼を受けようとして、仲間に止められている場面に出くわしたらしい。年も、請負人歴も上のアスラとガルイアに反対されたナウリタは、ハッと何かに気づいたようにスライプの顔を見た。
「そうだ! スライプは日頃からAやらSやらを受けてるよな!? A級ってオレでも出来そうなのか!?」
是が非でもこの依頼を受けたいのか、ナウリタはすがるような瞳でスライプを見つめる。
基本C~Bランク帯で活動している3人からしたら、高ランク帯のA~Sランクは未知の領域なのである。
ランクというのは、各斡旋所の所長が決めている。
現職の所長のほとんどが、元仕事請負人。依頼内容と自身の経験をもとに、依頼のランク決めを独断で行っているのである。
なので高ランクだからといって、全てが高難易度という訳ではなく、低ランクだからといって舐めてかかると命を落とす可能性もある。
無翼竜という翼を持たない竜種は、逃げられたり上を取られる危険が低く、地上戦が中心になるので、有翼種よりは殺りやすい。
しかしこの世界において上位存在なのは変わりないので、おすすめはあまり出来ない。
ナウリタからの質問に、スライプは腕組みをして悩んだ。
「普段の戦いが分からないから何とも言えないけど……。そういえば、ナウリタは無翼竜の弱点って知ってる?」
「んなっ!? あっ、あるのか? そんなものが……!」
スライプからの助言の予感に分かりやすく顔を輝かせるナウリタ。
明らかに知らなかったであろうナウリタの挙動を見て、スライプはおかしくて笑った。そして朗らかに答えた。
「うん。僕も知らない」
いたずらっぽく微笑むと、3人の膝が寸劇さながらにガクンと折れた。
年下の坊主にからかわれ、憎らしげに睨む3人をよそに、壁に張り出されている依頼書を見ながら仕事を探すスライプ。
━━━━さすが地方。見事に高ランク帯の依頼が残っている。
実力を持った人ほど王都へ行ってしまうので、残された他の請負人は、どんなに高くてもBランクまでしか手が出せない。よって、難度もそこそこで報酬もそこそこなCランクから無くなっていくのだ。
一方スライプは地方に留まり、尚且つA~Sランクを遂行出来る数少ない常連なので、他の請負人からはありがたがられているのだ。
Aランクからは、大体竜種の討伐が中心になる。もしくは極秘の実験途中で手がつけられなくなった人工魔獣の処分や、捨てられ野生化したゴーレムの駆除などがある。
内容、報酬、難度を吟味していると、視界の端から白い物がくるくる回転しながらこちらへ飛んで来るのが見えた。スライプは顔前まで迫っていたソレを反射で掴み、その正体を見る。
白い封筒。少し厚みがあり、内容物は依頼書だとすぐに気付く。表には端正かつ、どこかで見たことのある字体で「スライプ・ハーテリア宛」と書かれていた。
首をかしげ、スライプは手紙が飛んで来た方向を見ると、斡旋所所長であるレイがにやけ顔でこちらを見ていた。
「名指しだよスライプ。規定によりオレはその封筒を開けない。お前が開けて確認し、受理するのであれば中の物を持って来い。……ほらお前らも、いつまでもバカ騒ぎすんじゃねぇよ! ナウリタ、お前にAランクは無理だ諦めろ」
所長にハッキリ言われ肩を落とすナウリタ。所長は請負人の命をある程度守るために、実力に合ったものを提供しなければならない義務がある。本人が強く希望しても、責任者である所長が許可しなければ依頼を受ける事は出来ないのだ。
「ほら、すぐに金が必要な訳じゃ無いんだろ? 地道にやっていくしかないんだよ。大人しくこっちにしな」
アスラとガルイアに慰められたナウリタは、悔しそうにCランクの依頼書をぐしゃぐしゃに握り締め、依頼受理のためにレイへ手渡した。
一方、レイから名指しの依頼書を受け取ったスライプは、やや不審に思いながら封筒の中を確認していた。
スライプは名指し依頼のほとんどを、面倒だからという理由で断っている。レイもその事を知っているので、名指しが来た時はその時点でお断りをするようになっていた。
しかし今回、レイは名指し依頼を寄越してきた。理由はおそらく「持ってきた人物」であろう。内容こそ分からないが、依頼主は分かっているから、レイは渡してきたのだ。
内容物の1枚に目を通していく。それは依頼内容や報酬、依頼主が書かれている、斡旋所の壁に貼り出されているような依頼の概要書。
読み進めていくうちに、スライプの表情がどんどん変わっていく。
そして、最後の行。依頼した主の名前を見た瞬間、驚きで目を見張った。
「んな━━━━!」
この一言を最後に、スライプは言葉を失った。
◇
「依頼番号不明。内容は……魔薬の捜索、可能なら【廃人計画】の捜査。依頼主は……テラバス・ステイレン。報酬は……シャロラインの修理1回無料」
依頼概要を読み上げる中、前方でぶほっと吹き出す音が聞こえた。……その気持ちはとてもよく分かるよ、シャロ。
スライプとシャロラインはリビングで昼食をとっていた。シャロラインは海老パスタをフォークでくるくる回しながら、スライプから依頼書をふんだくった。
「何だってテラバスがこんな依頼を出すんだ! しかも……っ」
「ああ、どうしてテラバスが【廃人計画】を追うのか。魔薬を探すのか……。名指しで寄越してきた意味が分かったよ。こんなの見られたら警備兵が飛んで来るわ」
スライプはため息をついた。これまで片手間だが【廃人計画】や魔薬の捜索をしていたが、捜索の成果は全く無い。その最中、幼馴染からストレートに捜査依頼を出されるとは思っていなかったのだ。
【廃人計画】は国全体で問題になっている事件であり、軍や警備兵も動いている。それを一般人が勝手に捜索してると知られたら警備兵に捕まってしまう危険性がある。
それを防ぐために、ちょっといいお酒でも用意して、レイに口止めをお願いしなければならない。
「とっ、とにかく……話を聞きに行くのか?」
「うん。正直依頼自体は魅力的だし、報酬も捨て置けない」
なんと報酬は、シャロライン修理1回無料なのだ。アンドロイド修理費はどうしても高額になってしまうので、これはどんな大金よりも嬉しい報酬である。
「まずは話を聞こう。テラバスの考えも事情も……。と、その前に……」
スライプは一口、パスタを口に入れる。
腹が減っては戦は出来ぬ……まずは腹ごしらえをする事にした。




