35話 番外編3 軍人回帰回想 ~わいわい食堂編~
エリートとも……問題児とも名高い国軍第1部隊に配属されてから約数ヶ月。
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国軍本部にある大食堂。昼時は過ぎているというのに、未だ多くの軍人が食事を楽しんでいて大変賑やかである。
その食堂に、2つの足音が向かっていた。
賑やかな空間に足を踏み入れたのは、全身に土汚れがついている水色髪の少年と、顔にオイル汚れをつけている黒髪の少年。
少し着なれてきた藍色の軍服姿、2人とも心底疲れたといったぐったりした様子で、オーダー待ちをしている待機列の最後尾に並んだ。
午前の訓練を終えたスライプとテラバスは、昼食をとるために食堂へとやって来たのだ。
少しずつ進んではいるが、まだまだ自分の番には回ってこない。待っている間、今日は何を食べようかとキッチン奥に貼られているメニュー表を見た。
ランチのメニューは、固定メニューであるAセットのフライ定食、Bセットの野菜炒め定食、日替りメニューであるシェフの気まぐれセットの3種類である。
ちなみに今日の気まぐれセットはカツカレー。シェフ気分次第では、カレーうどんやカレードリアも作ってくれるので、シェフと仲良くなる事と、機嫌を見極める事がここでの食事において重要となる。
順番が回ってきたスライプはAセット、テラバスは気まぐれセットをオーダーし、トレーに乗せられた料理を受け取る。スープや飲み水はセルフサービスで用意されているので、分担しそれぞれ2人分用意していく。
空いている席を見つけると、向かい合うようにトレーを置く。続いて自分も椅子に座る事で、ようやく2人は肩の力を抜く事が出来た。
毎日毎日……教官からの責め苦に耐える日常に訪れる僅かな平穏。
軍人達にとって、ランチタイムは心身共に休息がとれる、貴重な時間となっているのだ。
「午後は、お前は何すんだ?」
「多分そっち戦闘班と合流。シュリオンの調子の確認と、オレの軽い鍛練くらいかな……知らんけど。お前は?」
「どーせババアの戦闘訓練だろ。あと最近、魔法訓練もさせられてるから、それかな?」
「スライプ、魔法使えるの?」
「使える訳あるか。何というか……使える魔法を模索中……って感じ……」
オーダーしたそれぞれの昼食を口に運びながら、今後の予定を話していく。
テラバスは教官であるサラスティバルからの命令で、同じ第1部隊員であり、アンドロイドであるシュリオンの調整を手掛けているので、戦闘を見ながらの調整。
スライプは他の先輩軍人達と戦闘訓練、もしくはサラスティバル直々から習う魔法の訓練だという。
魔法は武具とは違い力業でどうにか出来る代物ではなく、大気から魔力を汲み取る感覚と、体内で形を作り外へ放出するという感覚を覚えなければならない。戦闘になると頭に血が上ってしまうスライプにとって、そんな感覚はいつも霧散してしまうので何よりも苦しい訓練であった。
楽しい食事途中だというのに、今後を想像して頭を抱えるスライプのもとに、大柄の茶髪の男性が近付いて来た。
「よっ、お二人さん邪魔すんぜ」
軽快な声と共に、テラバスの隣へ食事が乗ったトレーが置かれる。
声をかけてきたのはヴァッテリダ。立派な胸筋が特徴の軍人で、スライプ達が所属する第1部隊の上官である。スライプ同様、軍服をはじめ至るところが土で黒く汚れている。
先輩の登場に、2人は食事の手を止めた。
「「お疲れ様です。軍曹」」
2人の声が重なり、座ったままでは失礼だと立ち上がろうとするが、ヴァッテリダが片手を出しそれを制した。
「いい、いい。座ってろ。テラバスはともかく、スライプに畏まって言われるのはやっぱり気持ち悪いな。何か降らす気か?」
その言われように、スライプは何か言いたげに口元を曲げた。
スライプは、平常時は見た目通りのふわっとした礼儀正しい少年なのだが、いざ戦闘になると先輩だろうが誰だろうが、呼び捨てにするし食ってかかる。その差があまりにも激しいので、違和感を通り越してとても気持ち悪いのだ。
平常時より戦闘時のスライプに慣れてしまったヴァッテリダは、尚更それを強く感じていた。
テラバスの隣に腰を下ろしたヴァッテリダは、本日の昼食であるカツカレー大盛りを豪快にかきこんでいく。
先輩軍人の勢いのよさに若干圧倒されながらも、スライプとテラバスは再び食事の手を進めた。
しばらく3人で食事をしていると、2人の影が足音を響かせ近づいていた。
「よっすー。何か揃ってんね。私達も混ぜてよ。交流もま・じ・え・て・さっ!」
ヴァッテリダよりも軽い口調でやって来たのは、同じ第1部隊に所属する魔法使いのアンジェスタ。それと、名門レイガン家の娘ハイゼリカである。2人とも、温かい料理が乗っているトレーを持っている。
アンジェスタは水魔法による後方射撃担当なのだが、砂埃くらいはかぶるのか、翡翠色の髪も含め全体的にうっすら汚れている。
それに対しハイゼリカは、汚れ1つなく身綺麗にしている。土汚れのままでやってきた無頓着なスライプやヴァッテリダ、アンジェスタと違い一旦自室へ戻り軍服を替えてきたのだろう。
「お疲れ様です。伍長、フローランカ上兵」
どれほど軽い感じで来ようとも先輩には変わりないので、スライプとテラバスはヴァッテリダの時同様立ち上がって迎えようとするも、やはり止められてしまう。今回はアンジェスタに止められた。
「あーいいよ。……やっぱり違和感とんでもないわねー。多分慣れる時は一生来ないわね。ねっ、レイガン様」
「同じく……あと『様』は止めて」
テーブルにトレーを置き、ハイゼリカは静かに抗議しながら、ヘアゴムで金髪を束ねた。食事の際は髪を纏めているのだろう。
椅子に座り、手を合わせてから食事にありつくアンジェスタとハイゼリカ。
ちなみに2人のメニューは、アンジェスタがBセット。ハイゼリカは裏メニュー野菜サンドイッチである。
こうして第1部隊員が(シュリオン以外)揃い、共に食事をする事となった。
「珍しいな。お前らから近づいてくるなんて」
ヴァッテリダは、後からやってきたアンジェスタとハイゼリカの顔を見た。彼女達は普段、食事は別々にとっているので、このように一緒に食事をするという事はほぼ無い。
ハイゼリカに関してはたまに食事を抜いている時もあるので、食堂で見かける事自体珍しい。
「別にー。何だか珍しい組み合わせが見えたものでねぇ。ハイゼリカも一緒でいいって言うから来ちゃった」
アンジェスタは野菜炒めを口に運びながらスライプとテラバスを見た。翡翠色の瞳に捉えられた2人も、ふと手を止める。
「久々にくる問題児だしね。1回くらいはご飯一緒に食べたいじゃない。……かわいそうに、あんた達ほどの実力なら早期出世も出来たかもしれないのに。この部隊に配属されて……」
次に、ヴァッテリダへ視線を移す。
「てか、40過ぎて軍曹は何とも……。もうちょい上じゃない?、少尉か中尉あたり?」
笑いながらヴァッテリダを見るアンジェスタ。しかしそれは、上官をバカにしている笑みである。
部下の笑みの意味を理解したヴァッテリダは、声を少し荒げた。
「うるさいな! 40歳なんてまだまだ若造だ。それに、第1部隊員は出世出来る見込みがない部隊だからな! お前らもしばらくは現階級止まりだ!」
ざまあみろ! と勢いそのままに豪快に笑うヴァッテリダ。
第1部隊の階級は、他の部隊より全体的に低い。教官であるサラスティバルを除けば最高階級はヴァッテリダの『軍曹』、次にハイゼリカの『伍長』、アンジェスタの『上等兵』と続く。
ヴァッテリダは軍人生活20年なのだが、中々階級が上がらず、『軍曹』の地位もようやく与えられたものであり。
上階級でもおかしくない名門家出身のハイゼリカさえ『伍長』の地位に止められている。
どれほどの戦闘能力を秘めていようとも、2人とも第1部隊員という理由で、上の階級に行くことを阻まれているのだ。
「ちなみに、お前らに出世欲は……」
「無いですね」
「特には……」
新人部隊員の意思を確認したヴァッテリダは、2人の答えを聞いてひとまず胸を撫で下ろした。
しばらくは低階級に甘んじる事になるだろうから、少なくともそのせいでモチベーションが下がる事は無さそうであると。
「そっか。 ……さあ、いっぱい食え! 午後も戦いが待ってるぞ~! あったかい飯を食べて、今日こそサラスティバルに一太刀浴びせるぞー!」
隣にいるテラバスの背中を叩き、打倒教官を大声で言ってしまうヴァッテリダ。
その言葉を聞いたアンジェスタはふと表情を曇らせた。
「まあ、こんな風にあったかくて美味しいご飯食べられるのも今の内かもねぇ……」
アンジェスタがしみじみ言うと、ヴァッテリダの勢いが急に失せ、ため息と共に項垂れた。あまり表情を崩さないハイゼリカすら、はっきり表情を曇らせている。
「嫌な事言うなよアンジェ~」
「ほんと。空気読んで欲しいわ」
ヴァッテリダは片手で顔半分を覆い、ハイゼリカは非難するような、冷えた視線をアンジェスタに向けている。
先輩軍人達の変化に、スライプとテラバスは不思議そうに顔を見合わせていた。
「そっか、お前らはまだ携帯野戦食を知らないのか……」
そんな2人をヴァッテリダが何故か憐れむように見つめていた。
「携帯野戦食ってのは、オレ達が戦時中にとる簡易食事の事なんだが……。これがまた厄介な代物でなぁ。長期保存に特化させ過ぎて固い。とにかく固い。見た目は美味しそうなクッキー。油断してると歯が折れる。ついでに心も折れる。」
そう言うと、ヴァッテリダは上着のポケットから手の平サイズの、アルミ素材の包装紙にくるまれた固形物を取り出した。
見た目は普通の保存食なのだが、どうやら屈強な男性軍人すら恐れる代物らしい。
「お前らにやるよ。食べれる物だけど、気を付けろよ。……最初はトンカチか何かで割るのをオススメするぞ」
いつの間にか大盛りカツカレーを完食していたヴァッテリダは立ち上がり、トレーを持ち上げると振り向きもせずに立ち去った。
「ごちそうさま! ほら、あんた達も早く食べなさいよー。あ。テラバス、教官から伝言。シュリオン連れて戦闘班に集合だってさ」
そう言い残し、ハイゼリカと共に立ち上がったアンジェスタもトレーを持ち共に立ち去っていった。
残された新人2人も時間を見て慌てて食事をかきこみ、スライプは武器を手に、テラバスはシュリオンを呼びに行くと、それぞれ午後の戦場である荒野を目指した。
◇
そして、午後の訓練が終わる。
この日も無事生き永らえる事が出来た2人は、スライプの自室に集合し、早速ヴァッテリダからもらった携帯野戦食を食べてみる事にした。
「軍曹は割ってみろって言ってたよね?」
「大袈裟に言ってるだけだろ? 手でバキッといけるだろ」
お前の馬鹿力でな、と携帯野戦食をスライプに手渡す。
テラバスは、先輩達が新人をビビらそうとして、少し盛っているだろうと思っていた。
手渡されたスライプは、ひとまずチャレンジしてみようと力を入れるも、割れる気配が全く無い。しばらく格闘を続けたが、2分割すら出来なかった。
「……マジか」
いくら平常時のスライプとはいえ、力は相当に入っているはず。なのに、クッキーはピンピンしている。
「……トンカチ持ってくるわ」
軍曹の言っていた事は冗談でも大袈裟でも無い、真実なのだと思い知ったテラバスは一旦自室に戻り、トンカチを取ってくる事を決めた。
数分後、トンカチを携えてやって来たテラバスはそれをスライプへ手渡す。
あくまで、割る係はスライプである。
「割と思いっきりいった方がいいよね……?」
床に置く固形物に向かってトンカチを振り下ろそうとするスライプに、おう、と返事をするテラバス。その視線はすでに固形物に注がれていた。
「いくよ━━━━」
スライプはそこそこの力で、携帯野戦食に向かってトンカチを振り下ろした。
ダンッ!
「「…………」」
明らかに割れた手応えが無い。
まるで床をそのまま叩きつけたような、跳ね返ってくるような衝撃が手に伝わってきた。外して床を叩いた訳では無く、スライプのトンカチは確実に固形物の真ん中を捉えていた。
普通のクッキーからは聞くことが無いであろう、硬質な音。
試しに、割れているかどうか確認をしてみる事に。包装紙には少し切れ込みがあるので、そこから楽に開けることが出来た。
何故か2人は、緊張感に包まれながらその中を見る。
それは、割れや欠けはおろか、へこみすら無かったのだ。
圧倒的に打たれ強いクッキー(物理)。
「「…………ゑ??」」
長い沈黙の後、その一言だけが、2人の口からこぼれ落ちた。
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「お前ら、あれ食ったのか? そのままか? マジかよ! あれはだな、ある程度水か何かで少し柔らかくしてからの方が比較的楽に……いたっ! 痛い痛いスライプ殴るな! こらっテラバスまで……っ! いだだだだだだ……っ! 2人がかりで先輩に関節技をするんじゃないっ!」
番外編3つ、これにて終了です!
お付き合いいただきありがとうございます!
次回更新から、第3章へ突入します。
詳しくは活動報告にて!




