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34話 番外編2 カルスの長い夜

話の流れとしては33話の数日後あたり……ですかね


「カルス、こんな時間にどこに行く気だ?」


 風呂あがりのテラバスは、濡れた黒髪をバスタオルで雑に拭きながら、ドアノブに手をかけ今まさに外へ出ようとしていたカルスへ声をかけた。


 呼びかけの声に反応したカルスはぱっと振り返る。肩口で切り揃えられた銀髪と、大きな銀瞳が輝き美しい。少年とも少女ともとれる中性的な顔立ちをしているのは、無性アンドロイドという一部の特殊嗜好者向きに造られた、性別が決められていないアンドロイドだからである。


 ひょんな事からテラバスが世話をしている子供アンドロイドであり、彼とほぼお揃いである黒のジャージを着ているせいで、まるで親子と見紛う姿となっている。


「遊びに行ってきます! マイナちゃんのところに!」


 子供らしい無邪気な笑顔が、とても眩しい。

 マイナちゃん、というのは最近仲良くなった人間の女の子らしく、暇さえあれば一緒に遊んでいるらしい。


 元気よく答えるカルスだが、テラバスは少し苦い顔をしながら時計を見た。


「遊ぶったって……」


 仲睦まじきはよきこと。なのだが、問題はその時間帯である。

 時刻は夜10時を過ぎたあたりで、アンドロイドとはいえ子供が出歩いていい時間ではない。

 それに夜遅くに訪ねては相手に迷惑だし、その女の子はとっくに眠っている可能性もある。


 何か約束をしているのかと聞くと、ぶんぶんと首を横に振ったので、テラバスはカルスの夜間外出未遂を少し(たしな)めた。


「それなら、明日まで我慢しなさい」

「じゃあ、遊んでください。夜は暇です。つまらないです」


 テラバスからのお叱りに、カルスは不満げに頬を膨らませて反論した。

 アンドロイドは人間と違い、睡眠による休息を必要としない。ベッドに横になりまぶたを閉じる事は出来るが、睡眠という機能がないので、寝ることは出来ないのだ。


 よって人間が寝静まる夜間、アンドロイドはずっと起きている事になる。


 まだまだ遊びたい盛りのカルスにとって、遊び相手がいなくなる夜は退屈この上ないのだ。


「そんな事言ってもなぁ……」


 突如訪れた、カルスの夜の過ごし方問題。

 テラバスが相手してやれればいいのだが、人間は夜眠るもの。当然彼も人間なので夜は眠りにつきたい。

 乾きかかった髪を無造作にかき回しながら、どうカルスを言い聞かせようか悩んでいた。


 結局答えは出せず、今は我慢してくれとしか言いようが無かったので、ひとまずそう伝えカルスに納得してもらう事にした。





 少量の寝酒を(たしな)んだ後、テラバスは布団に(もぐ)り込みながら、思いを巡らせていた。


 よく考えたらテラバスは、カルスが夜どのように過ごしているか考える事が無かった。毎日、何時間も訪れる闇の時間をどんな思いで過ごしているか、特に気にしてはいなかったのだ。


 ここでの生活に慣れてくるにつれ、色々な不満が出てきているのだろう。それ自体はいい変化だと思っている。しかし、その不満に気づけなかった自分も悪かったのだと少し反省した。


 アンドロイド自体には詳しいが、アンドロイドとの「生活」は不慣れなテラバスはふと思いつく。

 明日、アンドロイドとの「生活」に慣れているあいつに、何かアドバイスをもらおうと思いながら、テラバスは眠りについた。



  ◇


 翌日テラバスはカルスの手を引きながら、幼馴染夫婦の家を訪ねた。スライプとは違い、無断で家に入り込むなどしないのできちんと玄関の戸を叩き、いるであろう家主が出てくるまで待つ。


 しばらく待っていると、はーいと返事をする声が聞こえてきた。女声だったので、シャロラインだとテラバスは推測した。


「あらま。お前達から来るとは、珍しい……」


 予想通り、金髪の女性が戸を開け出てきた。

 出迎えたシャロラインはメイド風服ではなく青いドレスを着ている。鮮やかな戦闘服の青と、まばゆい髪の金とのコントラストが美しい。


 しばらくして奥の方から、家主であるスライプがひょっこり顔を出した。こちらは普段通りの格好で、体型に密着した袖無しの黒衣服と長い手袋、腰に巻いている赤い長帯という出で立ちであった。そして、手には彼の愛槍が握られている。


「悪いな急に。どっか行くとこだったのか?」

「うん。これからゴーレム退治だったんだけど……。別に急務でも無いし。シャロ、とりあえずコーヒーの準備だ」


 2人はちょうど仕事に出かける準備をしている最中であり、今日の依頼内容は山岳地帯で集団生活をしている迷惑ゴーレムの破壊、もしくは引っ越しの提案、手伝いだという。

 依頼遂行を後回しにしたスライプとシャロラインは、急遽遊びに来た幼馴染達を家に招き入れる。


 テラバスにはブラックコーヒーを、カルスには(味覚がほぼ無いので意味は無いが)オレンジジュースを用意した。


 4人は食卓につき、それぞれ飲み物を口にした。カルスはオレンジ色の液体を物珍しそうに眺めてから、一気に飲み干している。味は感じられないはずなのに本当に美味しそうに飲むので、大人3人ははからずもほっこりティータイムとなった。


「ほんで、何しに来たんだ。」

「うん。ちょっと相談というか、聞きたい事があって……」


 スライプは首を(かし)げた。

 テラバスからの相談なんて、何年ぶりだろう何かな何かなとにこにこしながらその言葉の続きを待った。


「お前らは、夜はどうしてるんだ? 特に夜中」


 テラバスが質問した瞬間、スライプはコーヒーをひっかけ咳き込み、シャロラインは困ったようにオロオロしはじめた。

 急に挙動不審になる夫婦を、テラバスとカルスは不思議そうに見ていた。


「ナッ、ナニモシテナイヨ!」

「テラバスッ! その点に関しては特に言えないがとにかく乱暴はっ! 乱暴はするなよ!」


 咳が収まったスライプはシャロラインにティッシュを要求し、口の端から垂れるコーヒーの(しずく)を拭いた。


 急に片言になるシャロラインと、顔を赤くし何か派手な勘違いをしていそうなスライプ。共通しているのは、そわそわと落ちつきなく目が泳いでいる事である。

 何だか、とんでもない勘違いをされていると思ったテラバスは、ゆるゆると首を振った。


「違う違う。睡眠を取らないシャロラインは夜どうしているのかと聞きたいんだ。……カルスが、夜は遊び相手がいなくて暇なんだと。だから、お前らはどうしているのかと思っただけだ」

「……なんだ」


 途端に(スンと)表情が消え、紛らわしい聞き方すんな、と言いたげに睨み付けるスライプ。

 とうとう幼馴染に進展が訪れたと思ったのに……急につまらなく感じたスライプは早々に妻の回答を促した。


「シャロ、回答をどうぞ」

「うーん……私は昼間出来なかった家の掃除とか、体動かしたりとかかな……」


 シャロラインは腕組みをしながら毎夜している事を思い出していた。

 今日もそうなのだが、彼女は戦闘アンドロイドという機能ゆえ、スライプと共に仕事に出かける事がある。

 そのため家事がままならない日もあるのだが、住みよい環境を維持するためには掃除は不可欠なので、怠る事はしない。よって昼間に手が回らなかった家事は夜中に行っているのだ。


 主婦業と相棒の両立はとても忙しい。


「へぇ、その間スライプは」

「爆睡」

「あっそ」


 頑張り屋な妻に対し、実に頼りにならない夫である。

 シャロラインから主婦ならではの時間の潰し方を聞けたが、カルスに家事をやらせるかといったら、テラバスの答えはノーである。

 カルスの機能は小間使いというより愛玩動物に近い機体なので、教えれば出来ない事は無いが、持ち合わせている能力的に向いていない。

 教えるならカルスに合ったものを用意する必要があるので、残念ながらシャロラインの意見は却下となる。


 スライプからは……聞けるはずも無いので特に聞く事はしないテラバス。


「……分かった。サンキューな、少し参考にするわ」


 押しかけておいて何の参考にもならないわ、という訳にもいかないので、軽くお礼を言ってからテラバスは立ち上がった。


 テラバスとカルスのご帰宅である。

 帰っていくジャージの背中を見ていたシャロラインが、ふと2人を呼び止めた。


「テラバス、家事とかがあるから毎日は出来ないが、たまになら私が相手になろう。テラバスもカルスもその方が安心だろ」


 同じアンドロイド同士、夜長の過ごすにはぴったりの相手である。それに、預け先が見知っている相手なら保護者も安心して任せる事も出来るだろう。


 シャロラインの気遣いにテラバスはお礼を言うと、カルスの手を引き、そのままは帰っていった。



 幼馴染の背中を見送り、残された夫婦は……。


「シャロは優しいね」

「……お前は少し家の事手伝え!」


 バシンッ! とスライプの背中に衝撃が走った。シャロライン的には軽くやったつもりなのだろうが、材質は鉄なのでダメージはそこそこにある。

 スライプは褒めたはずなのに、返ってきたのは妻からの痛い平手打ちだった。



  ◇


 数日後、テラバスはカルスを呼び寄せた。


 作業場とは違う、別の部屋。そこはテラバスが食事をしたり、くつろいだりするプライベート空間となっている。

 食事をするための椅子とテーブル、キッチン。それにソファとテレビも完備されている自分のための快適空間である。

 そのテーブルの上に、ついさっき買ってきたばかりのものを数冊並べて、カルスに見せた。


「カルス、これは折り紙というんだ」

「オリガミ?」

「そ、折り紙」


 色とりどりな正方形の紙。15センチ四方のものから5センチ四方のものまで、あらゆる種類の折り紙を見せていく。

 次々現れる未知との遭遇に、カルスは瞳を輝かせていた。興味を持ってくれたようで、喜ぶカルスの様子を見てテラバスは安心していた。


「これでいろんなものが作れるんだ。動物とか、花とか。……まぁオレはツルぐらいしか作り方知らないんだけど……」


 ちなみに、このアイデアはエリアからいただいたものである。

 エリアによると、初心者向けから上級者向けまで、折り紙で作れる種類はたくさんあるらしい。それを教えていけば、カルスの退屈が少しでも紛れるのではないかとアドバイスしてくれたのだ。


 それならカルスにも出来そうだと思ったテラバスは、早速折り紙をいくつか用意してみたのだ。


「とりあえずやってみるぞ。三角になるよう半分に折る」


 まずは自分が知っているツルの折り方を教えていく。

 自分が先に折り手本を見せながら、カルスに手解(てほど)きをしていく事に。


 途中カルスが折り方を間違え、テラバスが直そうとするも訳が分からなくなり、仕方なく新しい紙でやり直す事になりながらも、諦めず折り進めていき……。


 10分後。

 最後に翼部分を広げ、端を折りくちばしを作ると━━━━


「出来たー!」


 カルスの嬉しそうな声と笑顔が、花のように広がった。カルスの手の平にコロンと転がったのは、赤いツル……少しよれとズレはあるものの、きちんとツルに見える形になっている。


「おお、よく出来たな」


 続けてテラバスも、黄色のツルをテーブルに置いた。こちらはよれもズレもない、手先の器用な彼らしい綺麗な出来映えとなっている。


「わあ、綺麗!」

「カルスも、練習すれば上手くなれるよ」

「ほんと!? じゃあもっとたくさん折り紙欲しいです!」


 テラバスは微笑んだ。いつ見ても子供の笑顔は飽きないものである。


「分かった。折り方、忘れるなよ」


 カルスの頭に、手を優しく置く。


 テラバスに頭を撫でられながら、カルスは最初から最後まで自分の力でやり遂げた折りヅルを、嬉しそうに見つめていた。


  ◇


「……んで、あれからどうなったんだ?」

「あれからツルばっか。ゴミばっか増えてくぞ」


 1週間がたち、テラバス宅にて恒例の結果報告タイム。

 ため息混じりのテラバスの様子を見るに、どうやらいい事ばかりでは無かったらしい。

 

 今いるのはスライプとテラバスのみ。シャロラインはアルネス姉妹とお茶しに行っているし、カルスはマイナちゃんのお宅にお邪魔しに行っている。


 2人の手に握られているマグカップの、コーヒーの湯気がほわほわと揺れる。テラバスは煙ごと吸い込むようにコーヒーを(すす)った。


「朝起きたらツルがドッサリ。……あまり捨てるとカルスが騒ぐから、いないときにこっそり捨てるハメになってる」


 この1週間、すっかり折りヅル作りにハマってしまったカルスは夜な夜なツルを折り続け、大小様々な折りヅルをテーブルに埋め尽くしているのだという。

 テラバスは毎朝、大量生産されていたツルの処理をしてから朝食の準備をしているらしい。


「片付けさせる事は?」

「捨てるんですか!? ってめっちゃ騒がれる」

()めさせる事は出来ないのか?」

「代わりの暇潰しを提供しないと、()めさせられないんだよ」


 カルスにとったら、自分が懸命に作った作品を捨てられている事になるので、納得しないところもあるのだろう。

 テラバスにとってもようやく見つけた打開策なので、また新たにアイデアを考えるのは少々骨が折れる。


「まあしばらくは折り紙とシャロで……」

「ああ、近いうちに世話になると思う……」


 スライプは苦笑しながら、頭を抱えるテラバスを見た。

 シャロラインとの生活は楽しいから考えた事は無かったが、アンドロイドと生活するという事は案外難しいものなのかもしれない。

 

 幼馴染が見せる珍しい姿に、スライプは笑みを隠すようにコーヒーを飲む。


 テラバスの悩みとカルスの長い夜は、まだまだ尽きないのであった。



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