32話 雨降って、恋の兆し
数日後……、テラバス宅にて。
作業台の上には修理途中のアンドロイド。……あれこれ分解されているが、大柄なのは見てとれるのでおそらく男性型だろう。その傍らにある椅子に腰掛けていた彼は、作業で汚れた手袋を外し、ゴーグルを額まであげると目の前にいる2人を見た。
白黒だった景色が鮮やかなフルカラーとなり、同時に目に写る水色髪の青年と金髪女性。
いうまでもなくスライプとシャロラインである。
ここに来た理由は……にこにこしながら仲良く家に来るものだから、わざわざ言葉にされなくても分かる。
幼馴染の、意図せず痩せた体はすっかり元通り……とはまだなっていないようだが、少しよくなっていたからきちんとした食事を摂っているのだとテラバスは安心した。
「さて、その様子だと元の鞘に収まったという感じだな」
仲直りは、無事済んだらしい。
「ああ、お騒がせしたなぁ」
「全くだ」
テラバスの素っ気ない返事に、苦笑いしながら頭を掻くスライプ。
彼の頭の中では、色んな思い出が蘇っていた。
偶然が重なり、愛する妻に不貞を疑われ家出され、どうしようもなくなった時に頼った幼馴染と酒。自分のせいで溜まった仕事と板挟みになりながら、居酒屋でレイをはじめジジィ共にイジられた日々。
当時はまさに地獄のような日々であったが、過ぎてしまえば笑い飛ばせる話である。
雨降って地固まる。
今の2人はそのことわざを見事に表したようなもので、絆はさらに深まっているようであった。
「テラバスには、世話になったしな」
「え、テラバスが何かしたのか?」
スライプの一言で、シャロラインとテラバスはしまった、と顔を歪めた。2人の仲を戻すためとはいえ、テラバスは勝手に夫の過去を妻に話していたのだ。
シャロラインは律儀にお礼をしたかったのだろうが、今の発言はまずい。
キレたら誰だろうと殺しにかかるスライプの事だ。バレたらうっかり殺されてしまうかもしれない。
テラバスはスライプに悟られぬようシャロラインに視線を送った。それに気付いたシャロラインも、大丈夫何も言ってないぞ、と言わんばかりのアイコンタクトをしてくれた。
本当に賢い奥さんで助かったと安堵した瞬間であった。
「ん、別に何もしてないぞ?」
シャロラインが黙っていてくれた事をいいことに、強引にシラを切るテラバス。顔は怖いので見れない……よって「視線を外しながら」作戦に出る。
さらに、これ以上踏み込んでこないように、話題を変える。
「と、ところで、仕事はどうだったんだ?」
どうやっても顔を合わせてくれないテラバスの不自然かつ強引な話題転換に、不審に思いながらもスライプは答えるべく口を開いた。
「おかげさまで、無事5つクリアだ。報酬もたっぷり、いやー頑張ってよかった」
スライプ曰く金貨がじゃらじゃら……合計で前にテラバスに払った修理費の倍くらいの報酬が手に入ったらしい。おかげでニヤニヤが止まらない。
仕事は終わり、懐もあたたまり、夫婦仲も戻り……。
スライプ不倫疑惑騒動は、大団円と収まった。
そしてシャロラインが知らない間に、ある変化も起きていた。
「ただいまぁ! あ! お兄ちゃん達こんにちは!」
その主役の1人が、玄関を開け元気に入ってきた。
帰って来たのはカルス。テラバスの教育の賜物かきちんと挨拶が出来るあたり、無合図で勝手に入ってくるスライプより出来た子である。
「はい、こんちは~」
「こんにちはカルス。お邪魔してるよ」
カルスの元気な笑顔につられ、顔が綻んでしまうスライプとシャロライン。テラバスも同様に、笑顔で家族の帰りを迎えた。
「よしよし、挨拶出来て偉いな」
隣まで駆け寄ってきたカルスの頭を撫でる。テラバスに続いてスライプも、子供アンドロイドへ気軽に話しかけに行っているようで。
その光景にシャロラインはすぐに違和感を感じた。
「お前達、いつの間に仲良くなったんだ?」
理由は分からないが、カルスはスライプを避けていたはず……と、記憶していたシャロラインは2人の距離の近さに疑問を覚えた。首を傾げている妻に、スライプはえっへんと胸を張って見せた。
「大丈夫、ちゃんと仲良くなったんだよ!」
その証拠に、話しかけても触っても逃げないカルス。
ヒトは1日ずつ進歩していくのだ、と変なところで自分の成長を見せつけたスライプであった。
しばらく4人和やかに過ごしていると。
この日はさらにもう1人、お客様がテラバス宅を訪ねてきた。
「こっ、こんにちは……!」
カルスが入ってきた事により半開きになっていた玄関から、控えめに声をかけながら入ってきたのは、衣料店を妹と共に営んでいる女性エリアだった。
地元でも美人と名高い彼女は緩く巻いた金髪をハーフアップに束ね、白のシフォン素材のトップスに薄ピンクの膝上丈スカートを身に纏っている。化粧も薄く施されていて、美人さに磨きがかかっていた。
3番街の男衆が見たら、大変喜びそうな相貌である。
「おっエリア! 珍しいな、お前がここに来るのは」
「スライプ、何か久々ね。シャロさんも、いつぶりかしら」
そのまま数歩、室内へ入る。
スライプとエリアは、年齢が一緒という事もあってか比較的付き合いは多い。シャロラインが普段着ているメイド風衣装や、戦闘用の青いドレスを仕立てたのもエリアたちが営むアルネス衣料店であった。
ちなみにシャロラインとも仲がよく、2人が並ぶと3番街を代表する美人が揃うので、大変眩しい光景となる。
珍しい来客にテラバスは「あ、」と息を漏らした。
「すまんエリア。そういえば今日だったな」
2人が立っている奥の方で、椅子に座りふんぞり返っていたテラバスが、わずかに姿勢を直した。
テラバスの姿を見た途端、エリアの瞳が僅かに開かれ頬がふわっと紅くなったのは……化粧のせいだけではあるまい。
「へぇ」
「ほぉ」
スライプとシャロラインは、一瞬でエリアの意中を理解した。
にやけ顔でテラバスに近づく。
知らぬ間に進行していた2人の恋路に、スライプは横槍を入れたくなるも、妻に肘で小突かれ無粋だと止められる。
「はは~ん、何だ~テラバス。お前も『隅に置けない』ってヤツか?」
それでも我慢出来ずについ絡んでしまう。が、テラバスはその冷やかしをやや呆れたような口調で追い払った。
「何の事だ。……んじゃ行くか」
無粋な幼馴染への対応はそこそこに。
どうやらエリアと一緒に外出する約束をしていたらしく、修理途中のアンドロイドをそのままに、額にあげていたゴーグルを首にぶら下げ、よっこいしょと椅子から立ち上がると家から出ようと歩き出す。
━━しかし。
━━スライプとシャロラインの間を通り抜けたところで。
「「ちょっっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
テラバスの外出を制止する2人の声がきれいに重なった。
いきなりの大声にビクッと一瞬体を震わせたテラバスは、振り向き2人の顔を見た。どちらも目を見開き絶句している。
「テラバスッ! おまっ……せっかくおめかしをしてくれているお嬢さんと歩くのにそのままの格好で行くのか!?」
スライプは、わたわたと若干パニックになっていた。
そのままの格好……というのはテラバス御用達のジャージの事である。紺色の運動用に作られた衣服で、お洒落さは特に無い。新しくもないがボロくもない、日々着用されているものであった。
「何だよっ、お前らには関係無いだろ!?」
突然の言われように、テラバスは何だか似たような事が前にもあったな、と昔を思い出しながら反抗した。
「いいわけあるかっ! エリア、君のところに男性用の服くらいあるよな!? このファッション分からず野郎に見立ててやってくれ!」
これにはシャロラインも噛みついているようであった。
カルスにすら黒ジャージを着させるテラバスの事だから服の選択に期待はしていなかったが、まさかデートにすらジャージで挑もうとするなど、お洒落をしてきたエリアへの冒涜である。
「わたしは別にこのままでも……」
「ほらエリアもそう言ってんだ! お前らは引っ込んでろ!」
カルスの時同様、散々な言われようをされるテラバスは、少し苛立っているようだったが。
「うるさぁぁぁぁぁぁい! シャロ! テラバスにジャーマンスープレックスだ!!」
今のスライプ夫婦はそんな事では止まらない。
返事代わりに、シャロラインは突っ込んだ。
「うわあぁぁぁぁ!!」
シャロラインの腕がテラバスに迫る。
性別は女性とはいえアンドロイドである。力自体は人間より強いので、成人男性にプロレス技をかけるなど容易に出来る。
そんなもの、固い床でまともに食らえば頭、頚椎、肩その他諸々に大ダメージを負い……最悪死ぬ。
テラバスは腰に手を回される寸前で逃れ、入り口付近で立っていたエリアの手を引き家を飛び出した。
「クソッ……!」
本気で1撃食らわせるつもりだったのだろう、シャロラインは心底悔しそうに吐き捨てた。
「どうするスライプ。追撃するか!?」
獲物を逃した彼女は、珍しく興奮気味で後を追おうとしている。
「いや、今はいい……! 尋問……いや拷問は、エリアが見てないところでだぁ!」
スライプが吼えた。
2人の間で折檻は確定事項らしく、テラバスの帰宅を色んな意味でわくわくしながら待つ事になった。
まず、第1章と似たような終わり方になってしまったのをお詫びします。
さて、32話をもって第2章『夫婦問答編』の本編は終了となります。
この後はすぐに3章に入らず、番外編を3つほど上げたいと思います。
章分けはせずに2章の一部として投稿する予定です。
今後もよろしくお願いします。




