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31話 君を選んだ理由は


 ◇◇◇


 戦い抜いた果て、無事アンドロイドを受け取ったスライプは、その箱を担ぎながらテラバスの家を目指した。手に入れたのはいいものの、起動方法やらの勝手がいまいち分からなかったので、自分よりも詳しい幼馴染を頼ったのだ。


 そうして運び込まれたのが、A=4型。15年前、アンドロイド創成期に製造された伴侶型戦闘アンドロイドである。


「ちなみに、その箱は奥の部屋にしまってあるぞ。見るか?」


 シャロラインが入っていたという箱はテラバスの家にあるという。何でも、スライプはシャロラインが起動したのをいいことに、家の邪魔になりそうな箱はちゃっかり置いていったらしい。


「いや、いいよ別に……」


 自分が入ってた箱を見てもな……と、特に興味が無かったのかシャロラインは、立ち上がりかけたテラバスを制止した。


 ここまで黙って聞いていたシャロラインだが、明らかに表情が変わっていた。初めの暗い表情が一変し、目元は緩み口元は微笑みの形に変わっている。

 どうやらシャロラインの気持ちも、持ち直しているようであった。


 シャロラインの心と顔の変化を見て、テラバスは改めてこの事を話して良かったと思った。

 同時に、これがバレたら自分はタダじゃ済まないなとも思っていた。スライプがこの話を3年間妻に話していないのなら、きっと話さないつもりでいたのだろうから……。


 その末路を想像しながらげんなりしたテラバスは、4杯目に突入していたコーヒーを口に含んだ。コーヒーの苦味で末路の想像を吹き飛ばす。



「スライプが、この機体を(めと)る事が出来ると気が付いたのは、起動処理をした後だな。僕はこの子と結婚する。って言われた時は驚いたが、何よりスライプが結婚したいと……、それが人間であれアンドロイドであれ一緒にいたいと思えた事が、オレは嬉しかった」


 当時、スライプにとってさらに嬉しい出来事。箱や型番を確認すると、どうやらこのA=4型は妻として婚約し、正式に籍を入れることが出来るそうなのだ。


 この事実を知ったスライプは、アンドロイドとの結婚を即決した。

 幼馴染ですら面会を拒否していた状況を考えれば、かなりの進歩であった。


「お前の名前をつけたのもスライプだ。何でもその由来は━━━━」



 起動は正常に出来たが、目を開けるまでは少し時間がかかる。アンドロイドが目を開けるのを待つ間、テラバスはスライプに名前はあるのかと聞いた。



 ━━名前? もう決めてあるよ。


 ━━シャロライン。


 ━━この子は、僕の道標(シャロライン)だ。




道標(みちしるべ)……?」


「そうだ。あいつがお前につけた名前(いみ)……。先を行く先導者であり、共に歩く伴侶として……」


 己の人生を導いてくれる道標でありますように、と願いが込められた名前であった。


 テラバスは当時を思い出しているのか、優しく笑いながらシャロラインに向き合った。


「ああ、あいつのあの幸せそうな顔は、今でも忘れられない……」


 まだ目を開けぬ妻の目覚めを心待ちにし、柔らかな眼差しを向けながらアンドロイドの頬を撫でていた青年。

 その時のスライプの微笑みは、まさに傷を追う以前の笑い方だったから。


 まるで、長い長い冬が終わり雪が溶け命が芽吹く春を思わせるような、そんな表情だったとテラバスは思い出していた。


「オレはお前に感謝してるんだ。一度孤独の道に落ちかけたあいつを、再び戻してくれた……。喪失を恐れ人を拒んだあいつが、共に生きたいと願うほどの出会いを、お前が果たしてくれた」



「…………!」


 そう言われて、シャロラインも思い出した。

 3年前起動し、目を開け起き上がると真っ先に目に写った、とても……とても幸せそうに笑う1人の青年の姿を。


 同時に、ようやく分かった。

 初めて彼の顔を見たときの、安堵にも似ていた表情。穏やかで柔和な笑みの奥に潜んでいた、心身共に疲れきった人間の側面。


 ようやく報われた……と、重い荷が降り、心底安心したような柔和な相貌を……。


「そっか……」


 そうなんだな、スライプ……。

 シャロラインは感情(こころ)がじんわり温かくなるような、そんな気持ちを覚えた。


 ふと、シャロラインに疑問が沸き上がった。かつて喪亡を恐怖したスライプが、偶然惚れたものが(アンドロイド)。もしこれが生身の人間(・・)だったら、スライプはどうしたのだろう……。

 そうだった場合も、スライプは迷いなく妻にしたのだろうかと。


 その疑問を明らかにすべく、シャロラインはテラバスに質問をした。


「もしかしてスライプが結婚したのって……私がアンドロイドだから(・・・・・・・・・)っていうのもあるのか……?」


 シャロラインからの質問に、テラバスはぴくりと眉を動かした。

 ふいに鋭くなった眼光に、シャロラインは自分が考えていた答えに確信を持った。



「……さすが、鋭いな。お前が言い出さなければ言わない予定だったんだが、理由の何割かはそうだろうな。アンドロイドは基本的に“死”なない。アンドロイドの“死”とは記憶の喪失。つまり、記憶さえ保持出来れば腕が無くなろうがどてっぱらに穴が開こうが関係無い。当然人間より丈夫だし、スライプが恐れてやまない『喪う』可能性も低い。━━でもな」


 テラバスはそこで区切った。

 これ以降は、今のシャロラインに言わなければならない大切な事だから。


 夫からの愛を疑い、見失った悩める妻への言葉。

 これだけは、自信を持って言える。


「理由はなんであれ、間違いなく、あいつはお前を愛しているよ。シャロライン、だから……自信を持て!」



 命懸けで得たアンドロイドを……あんなくだらない理由で、最愛の妻を裏切る訳がない。

 悩むだけ時間の無駄だよ、と今ここにいないスライプに代わって伝えてやりたかった。


「ありがとうシャロライン。あいつと、結婚して一緒にいてくれて。お前がいてくれたから、スライプは持ち直せた」


 テラバスが浮かべる優しい笑みに、シャロラインは我に返ったように目を見開いた。

 テラバスの言葉と共に、当時のスライプの笑顔が記憶から(よみがえ)る。


 シャロラインは俯き口をぎゅっとつぐんだあと、意を決したように勢いよく立ち上がった。


「テラバス……っ、私……!」


 ようやく、葛藤の答えが出たのだろう。その表情には迷いや悩みが無い。いつもの気の強い、スライプの妻で相棒のシャロラインの姿だった。


「……ああ、行ってやれ。もう帰ってきてるだろうから、おかえりでもただいまでも、声をかけてやってくれ。……あ、それとあいつ粗食癖が復活してて、痩せてるだろうから栄養のあるやつ腹一杯食わせてくれ」



 一瞬面食らったような表情になったが、すぐさま引き締まった顔になる。

 力強く頷いたシャロラインだが、テラバスの言葉の意味を正しく理解する事になるのは、しばらく後となった。



  ◇


 太陽は完全に落ち、すっかり夜になっていた。

 シャロラインは走った。スライプの、夫の待つ自分の家へ。


 全力疾走で長いこと走ったが、疲労は全く無い。

 機械の体はどれほど走っても疲れる事はなく、この時ばかりは自分がアンドロイドで良かったと心底思った。


 不思議と体は軽く感じていた。家に帰るかどうか悩んでいた時はあれほど重く苦しかったのに、今は早く帰りたいと心から思っている。


 そうだ、帰るのだ。あの人が待つ家に。


 家はもう、すぐそこまで迫っている。ぼんやり灯りがついていることから、スライプが在宅であることが確認出来た。


 走る速度を落とさず勢いそのままに、飛び込むように玄関の扉を開ける。

 扉を開ける音だけが響く明るい室内に、ひょろりとした人影が佇んでいた。雑に束ねられた水色の髪と、驚きに見開かれた青と紫の瞳。顔や腕には無数の傷が刻まれている。


 その人影はシャロラインを見るや唇を震わせた。口を動かし名前を呼ぼうとするも、音となって出てこない。


「シャロ…………」


 数度繰り返し、やっとの思いで絞り出した声も、唇同様震えている。


「スライプ……」


 シャロラインは夫の名前を呟きながら驚いていた。顔や体が明らかに痩せている……必要な肉すら落ちていたのだ。ごみ箱を見ると、何か固形物が入っていたような袋の残骸が大量に廃棄されている。


 ここで、テラバスに言われた事の意味を理解した。テラバスは「粗食癖」と言っていた。スライプはこの1週間、まともな食事をしていないようである。


「スライプ……っ、私……!」


 謝らなければ、と口を開いた瞬間、優しい衝撃が全身を貫いた。優しい抱擁(ほうよう)がシャロラインを包んだ。


「シャロ……おかえり……、ごめん……ごめんシャロ……っ」


 スライプは泣きながら謝った。

 だんだん抱き締める力が強くなっていき、鉄の体がミシミシ軋む音が聞こえ始めたあたりで、シャロラインは慌てて彼を引き剥がした。

 スライプの泣き顔は、ほんとに成人男性か? と疑うほど情けなく、弱々しく、どこか幼気(いたいけ)に見えた。


 大きな子供と化したスライプを(なだ)めるために、シャロラインはよしよしと頭を撫でた。


「大丈夫。私も悪かった。……ほらお腹空いてるだろ? 何か食べたいのあるか?」


 瞬間、スライプはパッと顔を輝かせた。

 久々にありつく愛する妻の手料理、食べたいものがたくさん出てくるようで。


「ハンバーグ、唐揚げ、オムレツ……」


 スライプは涙声で次々メニューをリクエストする。


「豚カツ、コロッケ、肉団子、グラタン……」


「肉が多い! 子供みたいだな!? よしよし、作ってやる……と言いたいところだが」


 まるで子供が好きそうなものばかり挙げていくスライプに、ツッコミながら出来るだけ叶えてやりたいと思うシャロライン。


 しかしまともな食事をしていない弱った胃に、急に大量の食べ物を入れるのは体にはあまりよろしくない。なので。


「まずは、お粥で我慢してくれ」


 シャロラインは1人用の小さな土鍋を取り出し、スライプの食事の用意を始めた。



 ◇


 夫が特製ネギ卵粥を完食しお風呂へ入っている間に、食器洗いや部屋掃除を軽く済ませたシャロラインは、続いてベッドメイキングも始める。シーツにはいつ付いたのか分からない、赤黒く変色している血があちこちに付着していた。


 シャロラインの脳裏によぎったのは、スライプの顔や腕についた無数の傷。おそらく全身にも、怪我を負っているのだろう。

 自分がいなかったこの1週間の生活がどういうものだったのかは分からないが、きっと無理をしていたのだろうとシャロラインは思った。傷の手当てもまともに出来ないような、戦いに明け暮れた日々だったのだと……。


 自分がいながら、スライプをこんなところで寝かせる訳にはいかないので、替えのシーツを用意し寝床を整えた。


 しばらくして、スライプが風呂場から出てきた。バスタオルで髪を拭きながらやってきた夫の体を見たシャロラインは、愕然とした。

 痩せた、傷だらけの上体。切り傷、擦り傷、打撲(だぼく)火傷(やけど)……。一際目立っていたのは腹から脇にかけて引き裂かれた大きな傷。


 優しげな彼の相貌に似合わない、戦闘の痕跡が幾多にも刻まれていた。


「スライプ……それは……」

「うん? ……これ? (ひど)いよね、もうボロボロだよ」


 スライプは苦笑しながら自分の体を一瞥(いちべつ)した。


 シャロラインは少なくとも、こんな傷は見たことない。つまり、この傷はすべて自分がいなくなった1週間の間で刻まれたものという事になる。

 痛々しい姿にシャロラインは、どうにか彼を(いたわ)ろうと、ドライヤーを手に取った。


「スライプ、今日は私が髪を乾かしてやろう。ここに座れ」

「えっほんと?」


 妻からの提案に、スライプはにこにこしながら椅子に座る。

 シャロラインはスライプの背後に立ち、最初に濡れた髪を(くし)(けず)っていき、続いてドライヤーを使っていく。



 ドライヤーの熱風をあてていくと次第に髪が乾いていき、さらさらと長髪が風に煽られていく。

 揺れる長髪を見ながらシャロラインは、テラバスから見せられた写真を思い出した。今より短めだったスライプの髪。ふと疑問に思った事をスライプに聞いた。


「スライプは、髪は切らないのか?」

「うーん……考えた事は無いな。これでも僕、昔はこれより短かったんだよ? 色々あってな、それを乗り越えた証だと思っているから、切ろうとは思わないな」


 知らなかったでしょ? とにまにましながら見てくるスライプに対し、知ってる、と言いそうになったがシャロラインは(こら)えた。


 一応、シャロラインはスライプの昔を知らない事になっているので、うっかり言ってしまえばどこで聞いたのとか根掘り葉掘り聞かれ、最終的にはテラバスにも危害が及んでしまうかもしれない。


 そうなるとせっかく教えてくれたテラバスに申し訳ないので、適当に返事をして誤魔化した。



「そっか……んじゃ、明日は目一杯休め」

「あ……その事なんだけど……」


 スライプの口振りだと、休暇は取らないらしい。シャロラインは当然休むものだと思っていたので、予想外の返答に驚く。

 それきり黙る彼を背後から(いぶか)しげに睨んでいると、観念したのかスライプは言いにくそうに、申し訳なさそうに口を開いた。


「実は……」


 スライプは自分が置かれている状況、最後に残った仕事がシャロラインの協力必須である事、リミットが明日に迫っている事を伝えた。

 全てを聞いたシャロラインは呆れたように肩を落とした。


「お前の怪我の原因はそれか……。全く、私が今日帰って来なかったらどうする気だったんだ」


 もっともな台詞に、スライプは笑って誤魔化した。


「ま、そういう事だから明日はよろしくね。シャロ」

「はいはい、帰って来て早々これとは(しゃく)だが、手伝ってやるよ」


 すっかりいつもの、穏やかでのほほんとした夫と、気が強い妻の姿に戻っている。

 話が終わる頃には髪は乾き、ボサボサの髪からふわふわな髪へと復活していた。




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