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30話 私を選んだ理由は……?


  ◇◇◇


 スライプは、生存者を探して巡回していた救護部隊に拾われ一命をとりとめたが、その後彼が軍服に袖を通す事は2度と無かった。


「先輩方の見舞いやらカウンセラーやらが来たが、スライプは(かたく)なに軍を辞める意思を貫いてたな」


 説得や療養のかいなく、回復したのちそのまま退役……住居を現在の3番街に移し暮らす事となった。



「あいつは……バカな奴だ。いつか大切な誰かを失うかもしれないという、当たり前でまだ起こってもいない未来(先の事)を、あいつは勝手に想像してそれを恐れた」


 当時、スライプが戦地で目の当たりにした(いぞく)の嘆き。永遠の離別という、いつか自分も同じ嘆き(思い)をするかもしれないという未来への恐怖が、精神を(むしば)心的外傷(トラウマ)となった。


「誰かを失う未来を恐れた……?」


「ああ。このトラウマは思いの(ほか)深くてな……それからはまるで抜け殻だった。人が変わったように暗くなった」


 それ以降、穏やかな風貌も苛烈な闘争心も、スライプの中から失われてしまった。そして傷を残したまま、軍人ではない一般人としての生活が始まる。


 3番街での新しい生活は、人間との関わりを忌避した厭世的な暮らしであった。

 食料など、生きるための最低限な買い物はするが、顔を隠し一言も発さず、用事が無いときは暗い部屋で1人過ごしていた。

 お金は軍人時代に貯めたわずかな貯金でやりくりしていた。わずかといっても金貨だったので最低限の生活を送る程度なら問題無く過ごす事ができ、底はつきかけたが一文無しになる事は無かった。


「今でこそ町の住人とも仲良しだが、その時は誰とも喋らずにいたし、何ならオレと会う事も拒絶するくらいだった」


 同日に退役しスライプに付き添ったテラバスも、戦争後の幼馴染の変わり様を心配していた。


 あの穏やかで優しく、凶暴でおっかない幼馴染の姿がどこか遠くに感じるほどで。

 このまま誰とも関わらず交わらず、ずっと1人で生きていくのだろうかとテラバスは案じ続けた。



 その暮らしが2年続き、スライプとテラバスが20歳を迎えたある日の事、転機が訪れた。



「スライプが、そいつを見つけたんだ」



  ◆◆◆



 スライプは退役してから2年、長いようで短い時を過ごした。

 ここでの暮らしはとても居心地がよく、住人達はいい人ばかりであった。しかし、関わろうと思う気持ちが働かず無言を貫いている内に、住人達も少しずつ距離を置くようになっていった。放置してもらえることは、スライプにとってはありがたかった。


 今でも、あの景色は目に浮かんでくる。

 きっと自分が殺した兵士にも家族や恋人がいて、その遺された人達は死者を想って泣いているのだろう……。


 そう考えると、猛烈な吐き気に襲われた。

 殺しなど今までやってきた事なのに、今は槍を持つことすらスライプは拒絶していた。


 スライプはあれから全く鍛練や戦闘をしていない。ここには仕事斡旋所という金になる依頼が集まっている所があると幼馴染から聞いていたが、なかなか足が向かなかった。

 おかげで筋肉は落ちはじめ、戦いで培われた勘みたいなものがどんどん無くなっていくのを感じていた。


 かといって焦りもなく、スライプは繰り返し訪れる日々を潰すように無為に過ごしていた。




 そんなある日、スライプの体たらくに業を煮やしたテラバスが家に乗り込み。


『おめぇはいつまでもウジウジしやがって! ちったぁ外へ出ろ! 外へ!』


 散歩でもしてこいと強引にスライプを家から追い出した。


 自分の家だというのに、テラバスに内鍵までかけられ閉め出されてしまったスライプは、仕方なく外を歩く事にした。

 いつの間にか腰元まで伸びていた髪の毛が風に煽られとにかく邪魔になり、苛立ちながらうなじ近くで紐を使い結わえた。


 人がたくさんいる市場の方には行かず、自然に囲まれた森のある方角へ足を進めた。



 しばらく歩いていると、木々の影から大きな屋敷が見えてきた。白く塗装された鉄の門と白亜の壁、貴族であるキルスファイル家が住む洋館である。


 スライプは、一般人には何の縁もないお金持ちのお(うち)を何となく眺める。別に盗みに入ろうとかそういう事を考えていた訳ではなく、ただぼうっと見つめる程度で。


 あんまり長く眺めていると警備兵に捕まると思い、立ち去ろうとした瞬間、あるものが目についた。


 直射日光を避けるための、窓にかけられていた白いレースカーテンの奥に、それは置かれていた。


『あ……』


 つい、呼気が漏れた。


 スライプは箱に収められた、1人の人形に目を奪われた。

 今の時世にはやや古めな大きな金の縦ロール、黒のワンピースを着た凛々しい顔つきの美しい女性。


 アンドロイドだということはすぐに分かった。この時にはすでにアンドロイドの普及はされていたので、別段珍しいものではなかった。

 アンドロイドの主な用途は家政婦(おてつだい)としてなのだが、この機体の持ち主は起動させていないのか、箱に入ったまま飾りのように置いているだけだった。



 その凛とした風貌から、彼女の気の強さが感じ取れる。

 スライプは、その人形の凛々しい美しさに見惚れた。


 完璧な一目惚れであった。



 どうしても、あの子が欲しいと思った。

 動いているところを、話しているところを見てみたいと思った。

 自分自身でも久々に感じる心の衝動に、スライプはその足で貴族キルスファイル家を尋ねた。



 あの子を……僕にください、と言うために。




   ◇◇◇


「当然、初めは相手にされる訳無いわな」


 見ず知らずの平民が急に来て急に寄越せっつったらそりゃ追い返されるわ、とテラバスは笑った。


「でもな、しつこいくらい通いつめて通いつめて、ようやく話ぐらいは聞いてもらえる事になって……。事情を話した上で譲渡が決まった。でもそれには条件があってな」


「条件?」


「持ち主が提示する依頼を、叶えてくる事だ。やってる事は……今の仕事と同じだと思えばいい。初めは土地に出る害獣の駆除とかだったんだが、だんだんハードになってったらしい……。そのアンドロイドを手に入れるため、触る事すらあんなに拒んだ槍を……あいつは手に取った」


 当時スライプの胸中にあったのは、一目で惚れてしまったあのアンドロイドを手に入れるという思いだけであった。


 1度忌避した人との関わりと、拒絶した戦闘。それに加え弱った心と体で、スライプは再び戦地を駆け抜けた。

 スライプが殺したのは害とされた動物ばかりだったので、殺人の依頼が無かったのは何よりの救いであった。


 そして、言い渡され続けた無理難題を遂行していくこと━━━━


「……半年だ。半年かけてすべて叶えてきた。途中吐きまくって絶食状態が続いた日もあったが、体を襲う不調を誤魔化しながら戦った。その決死の形相と覚悟に、持ち主も恐れ入ったのだろうな。約束通りアンドロイドをスライプへ譲渡した」


 ふと、テラバスはシャロラインを見た。すると驚きに見開かれた瞳の奥に、ほんのり何かを期待する色が見えた。

 さすがに、もう気付いているだろうと思い、テラバスは続けた。


 言い出す前に、柔らかく笑みを浮かべる。



「そうやって、スライプが命懸けで勝ち取ったアンドロイドがお前だよ。シャロライン」




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