3話 きっかけの依頼 1
スライプが胴体を運び、シャロラインが取れ落ちた手足を抱えながら来た道を戻り、再びテラバスの家に到着した。
「テラバス! いるか! テラバス!」
無作法に合図もせず玄関の戸を開けると青年の名を叫んだ。
すると聞き慣れた友人の声を聞いたテラバスはゆっくり登場し悠長に言った。
「何だ何だどうした。破壊最速記録更新かー?」
が、安気な口調はすぐさま変わった。
「……って、そいつどうした。ここにゆっくり置いてくれ。あまり頭部は動かすなよ下手すりゃ記憶が飛んでいく」
2人が抱えるモノに気付いたテラバスは目を見張り、機体を作業台へ置くよう誘導した。
「どこで拾って来たんだこんなモノ」
スライプ達の返事を待たず、ゴーグルも手袋もせずに機体を見ていく。導線の具合と腹部にある機体番号を見た。
━━━━F=32型。
最新F型の32番目に造られたアンドロイドだ。
「割りと新しい奴だな。とりあえず頭から繋いでいく。記憶が無くなったら元も子もない」
工具を取り出し導線を繋いでいく。合ったものを探すのは一苦労だがそこは最新アンドロイド。改良に改良を重ねた回路には無駄が無い。
その分修理が早く終わる。30分程であらかた終わり、電気が血流のように流れていく。しばらくすると虚ろだった瞳に光が戻り、眼球が動いた。子供の瞳がテラバスを捕らえる。
一息ついたが、安心は出来ない。ここからが重要だ。
「よぉ、口動かしにくいだろうが頑張って答えてくれ。今から記憶の確認をする。場合によっては死亡判定を出す。……ここが何処だか分かるか?」
テラバスに問われたアンドロイドは動かしにくそうに口を開いた。
「サン、バン、ガイ」
「自分の名前は?」
「エフ、サん、に……」
「ん、それは機体の番号だな。お前自身の名前は?」
再度問いただすと、子供は口を閉ざしゆっくりまばたきをした。まるで、言っている意味が分からない、という反応である。
「まぁ意志疎通可、記憶混濁は……無しでいいや。取り敢えず“死”は免れたとしよう」
反応に違和感を覚えながらも、テラバスは生存判定を出した。
生命の鼓動を持たないアンドロイドは死なない。だが“死”と呼ばれる状態はある。
それは記憶の破損、劣化、消去。
今まで蓄積された記憶を失う事がアンドロイドの“死”の定義だ。
さて最大限守る物は守ったし、後は手足と腰部の修理なのだが……。
「今は材料がない。何故って朝に先客がいたからな」
必要な部品をシャロラインと子供アンドロイドの修理で使い切ってしまい、これ以上進める事が出来なくなってしまったのだ。
「今日は部品屋が休みだから続きは明日以降になるな。……お前ら、こいつどこで拾ったんだ。ただのトラブルじゃこんな壊され方はされないぞ」
アンドロイドの事情を聞こうとスライプ達の方へ向き直る。
「知らん。帰り道にシャロが見つけたんだ」
その時にはもうこの状態であった事を説明した。
「近くに持ち主も見当たらなかったし、僕はただの廃棄かと思ったけどシャロがとても心配していたから連れてきたんだ」
テラバスはなるほど、と思った。同じアンドロイドに敏感なシャロラインと、妻を大切にするスライプなら事情が見えない機体も放ってはおかないか。
「そうかい。……さて、そろそろ記憶の整理もついたかな。名前あるのか?」
再び子供へ問うがやはり反応がない。
「こうなると元々名が付けられなかった可能性があるな。薄情なご主人様だこと」
「……君は男の子か、女の子か。どちらかは言えるか?」
今まで黙っていたシャロラインが子供アンドロイドに話しかける。聞こえていない訳では無いだろうが、無言を貫きまばたきを繰り返している。
これにはテラバスが答えた。
「シャロライン、こいつは無性だ。つまり性別が無い。男でも女でも無いんだ。別に珍しくは無いぞ……特に子供の機体には多い。」
後半、テラバスの声が陰った。
「かわいそうに……、汚い思考の大人に巻き込まれて……。需要があるから造られるんだろうが、あまりいい気はしないよなぁ……。……少しだけど魔薬が使われている痕跡もあるし」
それがどういう意味かすぐに理解してしまう。生身の体を持たないアンドロイドは人間に近く、機械であるが故に罪悪感が生まれにくいせいか犯罪に巻き込まれやすい。その例の大半は魔薬中毒だ。
魔薬とは魔法と違法薬物を組み合わせた合成薬であり、その者の思考を奪う禁忌の薬品である。国では製造及び販売譲渡を禁止しているが、ある集団によって密かに製造されその効果実験にアンドロイドが使われているのだ。
この魔薬は『考える力』があるモノに効果が出る。つまり人間には当然聞くし、思考能力を持つアンドロイドにも効果が現れるのだ。
「でもこの子は少し会話出来たし、思考を奪われている感じはしなかったような」
「こいつの場合使う量が少なくて効果があまり出なかったから、記憶を破壊しようとしてフルボッコにした後道端に棄てたんだろう」
その結果、スライプ達に拾われ記憶の破壊はされず辛うじて“死”を免れている。
作業台に痛々しく横たわる子供を見ながら、スライプはふと気になった事を幼馴染に聞いた。
「なぁ参考までに聞きたいんだけど、その魔薬ってどう使うんだ。斡旋所でもたまに話題になるんだけど」
「うん? 知らないのか。……まあ人間に使うならとにかく体内に入れればいい。飲んでもよし注射で打ってもよし、傷口から入ることもあれば目薬に混入させてゆっくり入れるのもよし。アンドロイドはそうもいかないから直接思考を司る回路を通して入れるんだけども……。アンドロイドを分解して薬物を入れるなんてマネ誰でも出来る訳じゃない。詳しい奴……製造者か修理技師くらいしか出来ないはずだぞ」
ということはこの子供の持ち主はアンドロイド技術者という事になる。
テラバスの答えを聞いたスライプは子供に近づき優しく聞いた。
「分かるならでいいから。君の持ち主の名前分かるかい?」
すると今まで黙っていた子供が、この質問には反応を見せた。顔を歪ませ口をゆっくり動かし答えるが、掠れ声だったため上手く聞き取れなかった。もう1度聞こうとスライプは子供の口元へ耳を寄せた。そして再び告げられた名前に、スライプは目を大きく見開いた。
数秒後、スライプは楽しそうに口元を歪ませた。まるで悪人のような笑みを浮かべながら踵を返し、テラバスの家を出た。
「おいスライプ。どこに行くんだ!」
夫の突然の行動に驚きながらシャロラインは後を追った。
「悪いシャロライン。今日は1人で帰っててくれるか? 俺はちょっと出てくる」
そう言うと足早に立ち去っていき、その口調を聞いたシャロラインはその背中が見えなくなるまで見続けた。
「ん、あいつどうしたんだ。急に走って……」
「知らないが、ああなったら自然に落ち着いてくれるのを待つしかないな。変に関わったらまた腕壊されるかもしれない」
呼び名が変わり、1人称が変わる━━━━
さっきのスライプは今朝同様、来る者殺す状態なのだ。
「私も帰るよ。その子の事、どうかよろしく」
「はいよ。同じアンドロイドに免じて、責任持って直してやるよ」
テラバスの返事に安心したのか、うんと頷きシャロラインもテラバスの家を出て自宅へ帰っていった。
◇
スライプが向かった先は、夫婦が暮らす3番街にある仕事斡旋所。地方の斡旋所なのであまり大きい施設ではないが、この3番街に暮らす仕事請負人にとっては貴重な仕事の情報源だ。
スライプ自身も斡旋所にある依頼をこなし、報酬を得て生活をしているフリーランスの仕事請負人である。
押し扉を開けるとカラコロとベルが鳴った。その音に気付いた人はスライプを見てぎょっとした後、慌てて視線を外した。まるで見てはいけないものを見てしまった反応である。
本人はその反応を全く気にせず壁にピン止めされている依頼書の1枚を乱暴に剥ぎ取ると、端のカウンターに座っている男性に雑な手つきで差し出した。
「よぉマスターレイ。悪いがこの仕事は俺が貰っていくぜ」
新聞を読み、禿頭に顎髭を生やしている齢40代と思しき男性に声をかけた。
「ああ? ってスライプか。……今日は随分ご機嫌じゃねぇか」
カウンターに座る男性はレイ。この斡旋所の所長で責任者である。
彼が言う『ご機嫌』とは『気分が良い様』の事ではなく、殺意に満ちた狂った状態の事を指している。目の前に置かれた依頼書を見たレイは意外そうに目を丸くしスライプを見た。
「珍しいな……。アンタがこんな依頼を受けるとは……」
「ところがどっこい。こいつは書かれている依頼内容とは比べ物にならないくらい難易度が高いと見た。そんなもの、他の奴には取られたくない」
スライプは笑っている。それは優しい微笑みではなく、獲物を前にし舌舐めずりをする獰猛な獣のようだった。
「そうか……? ただの人探しにしか思えないがな。……もし仮に危険度が高かった仕事でも報酬の値上げは出来ないぞ。あくまで提示された条件で引き受けたって事になるからな」
「ああ上等だ。いいから早く承認を頼むよマスター」
「はいはい、そのマスターって呼び方いい加減止めてもらえないかね」
そう言いながら依頼内容をノートに記録する。承認された日付、引き受けた者の名前、それと承認のスタンプを押して手続きは完了である。
これでめでたくこの依頼はスライプのものとなった。
その依頼内容とは失踪した男の捜索、報酬は金貨3枚銀貨10枚。難易度はDランク相当のものである。
スライプにとったら、散歩がてらこなしてしまうような難易度であった。