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29話 軍人回帰回想 3


 季節が1周し、国軍に所属してから1年がたった。

 スライプとテラバスは年を重ね17歳になり、背は伸び筋肉もついて体格も幾分かよくなった。それでも、スライプの非戦闘時のゆるふわな雰囲気は相変わらずで、初めて見る先輩後輩軍人をよく驚かせているようであった。


 階級も二等兵から一等兵に無事昇格を果たし、改めて国軍の一員と認める証として、軍服と同色である藍色の帽子がそれぞれ贈られた。


 着なれてきた軍服と新しい帽子を手に、部隊での訓練や任務はより一層過酷なものへと変わり、さらに戦いへ身を投じていく日々が続き━━━━


 ちょうどそれと同じ時期に、ある不穏な知らせが軍だけでなく国全体を揺るがせた。



 ━━━━長年いがみ合っている隣国のハルバレン帝国が、(さい)の王国との国境に兵を集めている、という知らせであった。


 隣国による侵略、戦争の兆しが国中に駆け抜けた。


 それに対し国軍の上層部は大して驚きもせず「いよいよ来たか」という感じで、国王を交えた緊急会議を始めた。……というのも、この会議は国民に対する見せかけのもの。この判断はきちんと話し合われて決めたものだと国の民に見せつけるものであり、実際に取られる選択は常に1つしかなかった。



 程なくして全軍人と、全国民に告げられた。


 国軍に所属する軍人は国境へ出兵、国民は戦争に対する備えをせよ、と。


   ◆◆◆


 スライプは出兵前日の夜、ヴァッテリダの私室に呼ばれた。


 スライプは慣れた様子で本部を歩き回り、ヴァッテリダの部屋の扉を叩いた。

 上官の呼び出しは、実は今回が初めてでは無い。

 これまで何度かサラスティバルと勝手に戦い、その私闘を咎められ呼び出されては、ヴァッテリダ直々に怒られていたのだ。

 今回もその件についてのお叱りかと思っていたが、本人は実に朗らかな笑みでスライプを迎え入れた。


『よっ、悪いな夜遅くに。まずは昇格おめでとう。……と言っても二等から一等は自動的に上がるから大しておめでたくもないが……』


 部屋着でリラックスした状態で床にあぐらをかきながら、明日に迫った出兵のために最後の調整をしていた大太刀を鞘に収めながら、そんな雑談のような話をし始めた。


 別にその話をするために呼び出した訳ではないだろうと、無言で訝しげに睨んでいると、ヴァッテリダがやれやれといった様子で肩を落とした。


『お前な……先輩の無駄話にもちょっとは付き合え!』


『リダ上官、話というのは……』


『……やっぱり気持ち悪いな、戦ってるときはおいリダ! って普通に呼び捨てにするくせに……』


『……軍曹』


『……分かったよ。今日お前を呼んだのはこれを渡すためだ』


 戦闘時のおっかなさはどこへやら。普段の少年は見た目通りの優しく真面目な性格なのだ。


 ヴァッテリダが半ば折れる形になり立ち上がると、壁に立て掛けてある紙にくるまれた細長いものを手渡してきた。

 片手でギリギリ持てる程度の重さで、スライプの身の丈を優に越すそれ。夜間なので紙を破るという騒音をあまり出さないよう丁寧に解いていくと、現れたのは銀の切っ先。


『これは……!』


 その正体は銀の槍。

 鋭利な穂先と見事な金属の輝きを持った、白銅色の長槍だった。

 存在感に圧倒されたような後輩の呟きを聞いたヴァッテリダは、満足そうににんまり笑いうんうんと頷いた。


『1年前に比べてお前は背も伸びたし体力もついた。今使ってる短槍じゃちょっと体に合わないだろ。お下がりで悪いがオレのをやるよ。切れ味は保証する』


 ヴァッテリダが昔使っていたという白銅槍は、錆びも欠けも無い武器として完璧な状態に保たれており、使わなくなった今でもきちんと手入れされていた事が見てとれた。

 とても大事にしていたのだろう……。それを新人の自分が受け取っていいのか、スライプは躊躇(ためら)った。長い逡巡(しゅんじゅん)ののち、口を開く。


『これを、受け取って━━━━』


 いいのでしょうか、と言おうとしてヴァッテリダに割り込まれる形でそれを阻まれる。


『使われない武器ほど、かわいそうなものは無い。まぁ出兵前日に武器を変えるってのも酷い話だが、お前なら問題無いだろ。…………ハーテリア一等兵に命ず。(きた)る戦争、この槍をもって一騎当千の働きをせよ……!』


 声色を一変させた、軍曹(ヴァッテリダ)からの命令。


 『自由に戦え』が信条の、作戦中はあまり指示を出さない上官が放った、おそらく最初で最後の指令。


 長年軍人として戦いに身を投じてきた上官の、威厳の片鱗を見たスライプは姿勢を正しかかとを合わせ、無言で敬礼の姿勢をとった。そのあと、ヴァッテリダも続くように敬礼をした。



 軍人同士、上司と部下の信頼と厳格さ溢れる場面なのだが、何故だかしまらない。

 その理由がお互い私服であり、おかしくはないが引き締まった表情との差がただただ残念だった。

 素晴らしい敬礼姿勢と緊張感を一気に削ぐような服装の、そのちぐはぐさに2人は顔を見合わせて笑った。


  ◆◆◆


 スライプはヴァッテリダから譲り受けた長槍を手に、部隊の隊員と共に戦争の地へ旅立った。後ろにいるテラバスも護身用のナイフを腰にさし、修理工具や部品が入ったバッグパックを背負っていた。

 すでに国境付近で待機していた他部隊とも合流を果たし、開戦の時を待つ。


 敵国と互いに動向を探り合う緊張状態が続いたが、やがて帝国側の兵が動き、それを合図に軍人たちは武器を手に取った。


 一斉に地を蹴りあげ駆け抜ける。国の存亡が決まる、戦争が始まった。




 スライプは遊軍部隊、テラバスは後方支援部隊として戦場を駆け抜けた。


 特定の持ち場を定めず、戦地を自在に駆け巡り目についた敵をひたすら(ほふ)っていく遊軍兵という戦い方は、スライプの性にとても合っており、殺すたび飛び散る血飛沫と銀の槍を閃かせ、まさしく一騎当千の戦いぶりを見せていた。



 場所は変わり、戦線からやや離れた野営基地。

 次々やってくる、故障したアンドロイドと人間の傷病者。テラバスは地面に布を広げただけの寝床(さぎょうば)に、アンドロイドを寝かせ持ってきた工具と部品で直していく。生身の人間とは違い、直れば即参戦が出来るのでテラバスはアンドロイド中心の修理を命ぜられていた。


 そのうち顔を見知った同期も運ばれてくるようになり、その凄惨な大怪我を見てテラバスは心を痛めた。中には、もう殺してあげた方がいいのではないかと思うほどの重症を負った軍人も運ばれてきた。


 前線の様子は分からないが激化しているのだろう、負傷者は日に日に増えていき、駆り出されているアンドロイドもまた長期の稼働と度重なる故障で、修理してもどうにもならない機体も増えてきた。


 壊れては直すを数え切れないほど繰り返し、何度も心が折れそうになりながらも、再び戦場に送り出すためのアンドロイド修理に心血を注ぎ続けた。


 慌ただしい日々のなかテラバスは、どこか安心している自分がいる事に気付いた。

 開戦してから何日もたつのに、まだスライプやシュリオン、第1番部隊員の顔を見ていないのだ。

 ここに来ないということは、怪我をしていないということ。

 すでに戦死している、という可能性も当然あるが、あの凶暴な問題児達に限ってそれは無いだろう。きっとまだ無事で、見えぬ終戦の日を信じて戦っているのだろうとテラバスは考えた。


  ◆◆◆


 そして1年後、終戦を迎えた。


 (さい)の王国が勝利を収め、帝国王が捕虜として王宮に捕らえられた。

 国王はハルバレン帝国を植民地化せず、今後も国としての独立を認める代わりに、金輪際国境及び王国への侵略をしない事を約束させ解放した。


 国王曰く、これはただ侵されかけた国や国境を守るための戦争。


 この判断が、のちに国境平定戦争と名付けられた所以(ゆえん)となった。




 自国の勝利と終戦の知らせを受け、スライプは今まさに殺そうとしていた帝国兵を渋々解放した。反撃を防ぐために突き飛ばすように手を離したため、帝国兵はよろめきながら逃げていった。


 数度、体に太刀を浴びたが野営地まで戻るのが面倒くさくて、その辺で拾った布を巻き付けただけのボロボロの体は、敵の血なのか自分の血なのか分からないほど真っ赤に染まっている。戦争前は素晴らしい輝きだった白銅槍も、同様に真っ赤に変わっていた。


 周囲は死体だらけで、それらを踏みつけ立っている自分。何だか奇妙な感覚に襲われた。

 休憩がてらその場に立ち止まったままでいると、いつの間に国境を越えてしまっていたのか、ここが蔡の王国ではなく敵国のハルバレン帝国だと気付いた。


 終戦したのなら、敵国に長居は無用だと自国に帰るため歩き始める。その最中、その人達を見つけてしまった。


 おそらく兵士ではなく、この戦争に運悪く巻き込まれてしまった一般人なのだろう。何かを囲むように何人か集まっていた。


 ふと興味が沸いたスライプはその集団に近付いていく。

 近付くたびにはっきりしていく、その正体。


 スライプはそれを見た瞬間。


『あ…………』


 全身の血液が下がっていくような、恐れを感じた。


 囲っている全員が、泣いていた。周囲や体裁を気にせずむせび泣いていたのだ。やがてその中心にいたのが、帝国兵の死体だと気付く。


 瞬間、スライプは視界が激しく(ゆが)む目眩に襲われた。


 殺された奴の苦しみの(うめ)きは知っている。きっと、自分が殺されるときもこんな風に苦しみと恨みを残して死ぬのだろう、くらいにしか思っていなかった。



 ただ━━━━


 今まで考えた事無かった。

 誰かを(うしな)う悲痛さを。


 今まで知らなかった。

 人は人を喪うとこんなにも嘆くのか。




 それと同時に思った。

 初めて見て触れた感情を、その思いを今まで知らなかった自分が。


 もし、このように何か、誰かを喪ってしまったら。

 自分はどうなってしまうのだろう━━━━



 気付くと、スライプは体を九の字に折り曲げ胸を押さえていた。息が苦しかった。ひゅーひゅーと過呼吸を起こし、苦しさでこのまま死ぬのではないかと思うほどであった。


 スライプは殺す殺される側の気持ちは分かるが、遺される側の感情は知らなかったのだ。


 恐怖と焦り、苦痛がスライプを襲っていた。

 スライプはその光景から逃げるように走った。呼吸はまともに出来ず、体は疲れきっているはずなのに不思議と足は動いた。


 しかしそれも長くは続かず、やがてぷつんと糸が切れたように気を失い死体と紛れるように倒れた。


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