27話 軍人回帰回想
7年前、王都にある軍本部の門をくぐった総勢30人の少年少女。
支給されたばかりの真新しい藍色の軍服に袖を通し、黒くつやのある軍靴のかかとを合わせ両手は背後に回し、直立不動の姿勢をしている。
年は15、16ほど、みんなキリリとした精悍さがあるが、あどけない幼さを残した面立ちをしており、誰もが緊張の色を滲み出していた。
その集団の中に、一際目立つ水色の髪の少年がいた。
右目が青、左目が紫のオッドアイが印象的で、少し癖のあるふわふわした髪と柔和な顔立ちが彼の性格の穏やかさを物語っている。
見た目は軍に相応しくない、人1人殺せなさそうな雰囲気を持っていたので「何故こいつのようなやつが」とその場にいた誰もが思っていたが、これは後々覆ることとなる。
これが、スライプ・ハーテリアという少年であった。
「これが、当時のオレたち。こいつがスライプで、隣にいるのがオレ」
そう言うとテラバスは色褪せた1枚の写真を見せてきた。当時の新人が、姿勢よく直立した状態で撮られた集合写真である。ギリギリ色が判別出来るくらいの変色で、確かに水色の髪の少年の隣に黒髪の少年がいるのが分かった。
「スライプ……! 幼いな!」
昔の……夫のあどけない姿に、思わず声高になる。今も十分に優男だが、数年前はさらに大人しく穏和な少年に見えた。それに髪も襟足ほどで切られていて、現在のような長髪ではない。テラバス曰く、髪は退役後に伸ばしたらしい。
「正確に言うと伸びてた、だけどな。まぁこの理由は後でするとして」
テラバスは話を続けた。
「最初はみんな一緒に座学やらで戦術を学び、しばらくしてから武器を持った実戦演習をしたらしい」
各々が最も得意とする武器を持ち戦闘の訓練をする実戦演習。この訓練が始まってから、スライプに対する評価がひ弱そうなガキから、優秀な新人へと変わっていったのだ。
1対1のみならず、1対多勢でも平然と勝利していくスライプの戦闘センスは本物で、その面立ちに似つかわしくない戦闘力により徐々に周囲から一目置かれていく。新人達の中でも間違いなく出世頭であった。ところが。
「あいつは上官との折り合いがあまりよくなかったからなー。1人だけ出世、という事は無かったんだ」
つい最近入ってきたばかりの新人なのに傑出した戦闘センスが、不可解であり不気味に思われたせいか、特別逆らっている訳でもないのに昇格される事は無かった。
本人に出世欲は無かったので、これについては特に気にしていなかったらしい。
「テラバスも、戦ったのか?」
「いいや、オレは戦闘ではなく武器の調整やらアンドロイド整備やらの、主に後方支援についてたからな。スライプとは訓練内容が別だったんだ」
国軍の体制は、戦闘専門の軍人と後方支援専門の軍人に分かれていて、従軍したのち本人の希望と適性を見て、それぞれ分別されるシステムだった。
その中でも武器が得意なのか、魔法が得意なのかにも分かれ、自分の得意分野を発揮出来るようにしているのだ。
新人30人のうち戦闘兵は20人、支援兵は10人。
共通の座学を履修したあと、戦闘兵は実戦演習、支援兵は技巧訓練に分かれたのだ。
「しばらくして、オレたちは各部隊に配属される事になった。偶然スライプと同じ部隊になってな、その時にようやくスライプと再会したんだ」
新人の集まりが、上官のいる部隊へそれぞれ配属される。年が近く気心が知れた同期達と別れ、これからは各部隊の中での訓練、生活となる。
スライプとテラバスの波乱の生活はここから始まった。
2人が配属されたのは第1番部隊。この部隊はいわばエリートが集結する部隊であり、同期に配属先を言うと、誰もが羨望の目を向けた。
第1番部隊はエリート部隊だと噂で聞いていた2人は、緊張と期待に胸を膨らませながら指定された部屋へ入り、直属の上司となる上官に初顔合わせをした。
背筋を伸ばし、軍靴をかかとを合わせ敬礼をする。
『本日より部隊に配属されましたスライプ・ハーテリアです。よろしくお願いいたします』
『同じく、配属されましたテラバス・ステイレンです。よろしくお願いいたします』
正直、あまり思っていない……、定型文のような挨拶を済ませ、先輩軍人の顔を見る。
きっと、厳格で強者が集う場所なのだろうと思っていたのだが、返ってきた返事は何とも気さくなものであった。
『おう! 今年の新人だな! よろしくな!』
『…………』
『よろしくねー!』
スライプとテラバスは思わず拍子抜け……謹厳な態度が崩れそうになった。
1人は軍服を着崩し逞しい胸筋が露になっているし、1人は興味無さそうに読書をしているし、1人は水魔法で人形劇をしている。
何とも、まとまりの……緊張感のない部隊である。
優秀だと噂で流れていたが、実態は違った。
この部隊は優秀は優秀なのだが、優秀ゆえに問題児とされた軍人たちが集う、ひん曲がった根性を更正させるためにあるような部隊だったのだ。
先輩部隊員は3人。
茶髪を短く刈り上げた男性ヴァッテリダ・メナト。
金髪のロングヘアをおろし、黙々本を読んでいる女性ハイゼリカ・レイガン。
翡翠色の髪を肩口で切り揃えた少女アンジェスタ・ストラウス・フローランカ。
今はまだ顔を見せないもう1人の同期も含めると、総勢6人の部隊であった。
半ば硬直し直立したままの状態でいると、先輩の1人ヴァッテリダが2人のもとに近付いた。
『まぁ楽にしてくだされ新人さん。オレはヴァッテリダ・メナト。言いにくいからリダって呼んでくれ。それと、あの本読んでる金髪がハイゼリカ。あの遊んでるやつがアンジェスタだ』
ヴァッテリダが、先輩軍人をまとめて紹介をしてくれた。あとに続くように、スライプとテラバスは礼儀正しく挨拶をする。
すると、遊んでる呼ばわりされたアンジェスタが不満そうに割り込んできた。
『遊んでないわー! 魔法の練習よ練習! ……と、こんにちはスライプとテラバス。この中では1番年が近いと思うから、仲良くしましょーね!』
アンジェスタは人懐っこい笑顔を向けながら、1人ずつ握手をした。この2人は明るく交流してくれるが、ハイゼリカは仲間に入ろうとせず、黙って本に視線を落としていた。
『あー、あいつは気にするな! 人見知りなんだ! 時がたてば慣れる慣れる!』
1度も視線を向けず、無愛想なハイゼリカを庇うようにそう言って豪快に笑うヴァッテリダ。それにも特に反応を見せず黙々と読書を進めるハイゼリカ。得意な水魔法でちょっとした技を見せてくれるアンジェスタ。
部隊の雰囲気は悪くなく、むしろ居心地がよい環境であった。
そして、この問題児達を束ねる部隊の長━━━━
ふいにガチャ、とスライプとテラバスが立つ背後の扉が開く音が響いた。2人が振り返ると同時に、先輩軍人の3人もしぶしぶ敬礼の姿勢を取った。
扉を押し開け、現れる人物。
長い銀髪をハーフアップにした老婆で、顔には無数の皺が刻まれている。藍色の軍服を規律通りに着こなし、老体だというのに背筋はしゃんと伸びていて、どこか若々しく感じる。
年による衰えを全く感じさせない銀色の鋭い眼光が、2人を捉えた。
その鋭さに、2人はつい息を飲んだ。
この老婆の名が、サラスティバル・ローラン魔法院特級大将。
専用の階級を持ち、国軍の上層部であり、第1番部隊のトップであり、スライプとテラバスの教官となる人物であった。
異様な威圧感を感じさせる老婆上司に驚きながらも、スライプは自己紹介をしようと敬礼姿勢を取り、口を開こうとするがサラスティバルに阻まれた。
サラスティバルは年に合わない獰猛な笑みを浮かべながら、2人に激励の言葉を送った。
『よく来たな。今期の問題児よ。私のもとで立派な軍人にしてやるから、各自死ぬ覚悟をしておくように!』




