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26話 テラバスの1日とダイアローグ


 テラバスの1日は、平凡を形にしたような生活であった。

 いつも朝8時過ぎに起き、朝食をささっと準備しそれを消化する。それと、食後のブラックコーヒーは欠かさない。


 そのあとは買い出しに出掛けたり、受注していたアンドロイド修理をしたりと、スリリングなスライプに比べ田舎暮らしらしい普通で平和な日々を享受していた。

 変化した事といえば家族が1人増えたぐらい。カルスは子供らしく走り回っていて、近所に友達も出来たらしく気付けば友達のもとへ遊びに行っているようであった。


 ちなみに、スリリングな日々を送るスライプは3日前から3番街及び自宅を留守にしている。現場が少し遠いところらしく、泊まりがけで依頼をまとめて消化してくるらしい。帰ってくる予定は確か今日の夜だったか━━━━。


 あいつの事だからロクな飯も食わず、あのまっずい野戦食にかじりついていることだろうと思いながらテラバスは出掛けの準備をした。


 この日は仕事が無く、面倒なスライプの相手もしなくて済むので完全フリー、素晴らしきオフの日である。


 寝腐るのもいい……昼間っから1人酒に浸るのもいい……が、肝心の酒がスライプとの酒盛りのせいで備蓄が心許(こころもと)ない。よって、補充しに出掛けなければならなかった。


 普段着である紺色のジャージに、首元にはゴーグルをぶら下げた。

 たまに出先でアンドロイドや、何故か電化製品の修理を頼まれるので、目元を隠すゴーグルは常に持ち歩くようにしていた。

 テラバスの持つ作業用のかっちりしたゴーグルは、フレーム部分だけでなく、レンズ部分も黒っぽく塗られている。よってかけると視界が灰色の無彩色へと変わるが、特に修理の邪魔にはならなかったし、テラバスにとってもこの方が都合が良かった。


 カルスが帰ってくるかもしれないので、鍵は開けたままにしておく。空き巣に入られる心配もしてない訳では無いが、パッと見ガラクタにしか見えない工具や部品しか無いので、きっと泥棒も残念そうに出ていくに違いない。


 しかし、万が一という事もあるので出来るだけ早く帰ってこようと心に決め、贔屓にしている商店を目指した。






 戦利品であるボトルワインと缶ビールが入ったビニール袋をぶら下げながら市場を歩いていると、ラーナに声をかけられた。


「やっほ! テラバス兄ちゃん、うちでお茶していかない? お姉ちゃんも喜ぶよ!」


 ふと少女を見遣ると、衣料店の前であることに気付き、彼女は店番の途中なのだろうとテラバスは思った。


 はつらつとした笑顔で声をかけたのは、肩口までの金髪をポニーテールに結んだ可愛らしい少女・ラーナ。

 ぱっちりした翡翠色の瞳、オレンジ色のジャケットにショートパンツがスラリとした体格によく似合っている。

 姉・エリアと共に衣料店を営む働き者の少女であり、3番街でも美人姉妹と有名な娘である。


 年は20歳とテラバスの3つ下であり、エリアはテラバス達と同い年の23歳。姉とテラバス達の仲がいいことから、ラーナもテラバス達を兄のように慕うようになっていた。


「おおラーナ。久しぶりだな。エリアもいるのか」

「いるよー! 中で縫い物してる。ささ、寄ってって寄ってって!」


 店に引き込もうと彼の空いている左手を引っ張るラーナ。テラバスは、お呼ばれは嬉しいが今日は早く家に帰りたい気分だったので、少し渋っていると。


「ラーナァ、何してるの。早く戻ってらっしゃい」


 店番を任せていた妹の不在を不審に思い、靴音を響かせ胸元まで伸びた美しい金髪をなびかせながらやって来たのは、美人姉妹の姉・エリアであった。

 優しげな翡翠色の眼差し、清楚な雰囲気を持つ彼女らしい淡い水色のワンピースを着ている。

 さながらお嬢様のような物腰で、スカートの裾を優雅に揺らしていた。


「あっお姉ちゃん、今お姉ちゃんのためにテラバス兄ちゃん捕まえてたよ」

「よおエリア。お前の妹にお呼ばれしてたんだ。お茶でもどうだって」

「!!??」


 妹の隣にいる、テラバスの姿を認めたエリア。

 すると顔がみるみる赤くなっていく。日焼けをしていない白い肌なのでその変化がとても分かりやすい。

 姉が慌てる姿をニヤニヤしながら見ているラーナに対し、テラバスはエリアの変化を不思議そうに見つめ佇んでいた。


「らっ……ラーナ! どうして勝手に……」


 エリアは赤らんだ頬を両手で包むように隠し、迷惑でしょ! と妹をたしなめたつもりだったが、これがさらにラーナのおせっかい心に火をつけた。


「だってちっとも進展しないし、とっととデートに誘っちゃえばいいのよ!」


 後半は、エリアが悲鳴をあげたためテラバスの耳に入る事は無かったが、こうして姉を冷やかすのがラーナの楽しみになっていた。

 エリアは慌てて、さらに何か言いそうな妹の口を手で強引に塞いだ。


「ごごごごごめんねテラバス。妹が引き留めちゃったみたいで……!」

「いいや、オレも話せて楽しかったし、今度スライプも連れてくるからな」


 そういうと、テラバスは好青年を思わせる爽やかな笑顔でその場から立ち去った。





「よかったねお姉ちゃん。スライプ兄ちゃんも来るっぽいけど、あたしが何とかするから!」

「ラーナ! いい加減にしなさいっ!」


 遠くで、姉妹が何やら言い合いをしている声が聞こえてきたが、特に気にする事もなくテラバスは帰った。





  ◇


 家に着くと冷蔵庫を開け、買ったワインと缶ビールを入れていき、それと取り替えるように冷えた缶ビールを奥から1本取り出す。

 今後の予定、テラバスは飲酒を決め込もうとしていた。言わずもがなテラバスは独身なので、妻にあれこれ言われる心配はない。よって昼から酒を飲んでも問題は無く、独身生活を思い切り楽しむ事が出来るのだ。


 首にさげていたゴーグルを取り、作業台の上に適当に置く。


 カルスが帰って来た形跡も泥棒が入った痕跡も無いので、今日もテラバスは平和に過ごす事が出来そうである。

 スライプが帰ってくるとどうせまた騒いだり(わめ)いたりするだろうから、今のうちに1人の時間を堪能しておこうと、プルタブに手をかけ缶ビールを開封した。


 一気に半分ほど減らし、酒気のこもった息を吐きながらまったりしていると、コンコンと玄関の戸を控えめにノックする音が聞こえてきた。


「ん、誰だ?」


 宅配を頼んだ覚えは無いし、スライプは行儀よくノックなんかしてこないので真っ先に除外。カルスか? とも思ったが、ここはカルスの家でもある。わざわざ扉を叩く理由が無い。他に思いつくものが無いので、居留守を使おうとも思ったがアンドロイド修理の依頼かもしれないとも思い、しぶしぶ扉を開けた。


「はいはいどちら様……。! お前……!」


 テラバスは思わず目を見張り、大きな縦ロールの女性はぺこりと頭を下げた。





 予想もしなかった人物の登場に驚いたテラバスだが、見知っている人でもあるので、すぐさま家に入れた。それに彼女らの事情も知っている。


「元気そうだな。帰ってくる気になったか?」


 テラバスは飲み物をビールからコーヒーに変え、訪ねてきたシャロラインを椅子に座らせた。

 見たところ故障も不具合も磨耗もしていない。どうやら無茶な活動はしておらず、大事にされていたらしい。


「うん。ある人のところでお世話になってたから。……戻るかどうかは、まだ分からないな」


 テラバスから手渡されたコーヒーのマグカップを、両手で包み込むように持つ。黒い水面にうっすら、沈んだシャロラインの顔が映りこんだ。


「テラバス、あの……スライプは……」

「今はここに……いや、3番街にすらいないな。3日前から出稼ぎに行ってる。帰ってくるのは今日の夜のはずだから、安心して長居するといい」


 そういうと、シャロラインはほっとしたように脱力した。まだ顔を合わせる勇気がないのか、会いたくなさそうな雰囲気を出すシャロラインを見たテラバスは少し寂しいと思った。

 今まで、仲睦まじい場面しか見たことが無かったから。


 まだ数日とはいえ、別居状態が続いているのだ。

 これ以上亀裂を広げないために、なかなか会えず事情を言えないスライプの変わりに説明しなければならないと思ったテラバスは、余計なお世話だと思いながらも口を開いた。


「シャロライン、オレから言うのもアレなんだがあいつは━━━━」

「分かってる。大丈夫、分かってるんだ。頭では」


 シャロラインは少し頬を緩めた。


「何か珍しいな、お前がスライプの言い訳をしようとするなんて」


 理解はしている。自分の勘違いだと、早とちりだと。

 会って話を聞いて、誤解とわだかまりを解かなければと思っている。

 けれど━━━━


「あいつを、嫌いになった?」



 口調は穏やかなのに内容は直入なテラバスの問いに、シャロラインは何度も力強く首を横に降った。

 それを見たテラバスは安心した。少なくともシャロラインはスライプを嫌ってはいないようであった。


 ふと、シャロラインの表情が(かげ)る。


「ただ……今までが幸せだったから。今まで私に注いでくれた愛情は、嘘だったのかなって……」


 今まで幸せだったからこそ沸き上がった不安。

 シャロラインはスライプの愛情を疑っているのだ。自分に真っ直ぐ向けられていた愛は、実は見せかけだったのではないかと。


 きっと、シャロラインの中で巡っていたのだろう。そんな事ないという希望と、きっとそうだったという絶望が。


「あいつは、どうして私を選んだのだろう」


 この一言が、シャロラインの疑問の全てであった。

 シャロラインは人間ではない。『伴侶型戦闘アンドロイド』という機械人形である。目が覚めたら、スライプが目の前にいてトントン拍子で結婚を果たした。どうやって会ったのか、どうして好きになったのか、シャロラインは知らないのだ。


 マグカップを包み込んでいる手が震えているのか、コーヒーの水面に小さな波が生まれている。

 愛を与え愛を得たいと思う気持ちは、アンドロイドも人間も一緒なのだ。それが、機能として備わっているものだったとしても、後々から生まれる感情は間違いなく彼女自身のものである。


 シャロラインの言葉に葛藤を垣間見たテラバスは、あの事を話す決心をした。


 テラバスは姿勢を直すと、シャロラインの目を見た。気の強そうな金の色彩が、今はしゅんと自信無さげに陰りを見せている。


 テラバスは思わず頬が緩んだ。こんな状態になっても、お互い気にかけているのだ。そんな2人に、テラバスは手を貸さずにはいられなかった。シャロラインの気持ちを知り、スライプの過去を知っているからこそ尚更そう思った。


 軽く咳払いをし、話をきりだす。




「ちょっと、昔話をしていいか?」

「昔話?」

「ああ、お前と会う前の……スライプ独身時代の話だ」


 テラバスが今からする話は、シャロラインがスライプと結ばれる前の事だという。

 2人の結婚が3年前なので、それよりさらに前の話となる。


「オレやスライプが、元軍人っていうのはもう何となく分かってるよな?」


 シャロラインは無言で頷く。

 それを見たテラバスは口を湿らすように一口、コーヒーを口に含み飲み込んだ。





「オレ達が従軍したのは、16の時。今から7年前の事でな━━━━」



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