25話 しょうもない奴と子供の心配
スライプは、つくづく自分がしょうもなくだらしのない男だと痛感していた。
仕事でも家庭でも追い込まれているというのに、2日連続で二日酔いになってしまった。
それに、記憶がない。
男どもに言われたい放題で、弁解も何も出来ない状態で飲んでいたのは欠片程度に覚えている。
問題はその後。一体どうやって、あの終末のような男所帯であった居酒屋から帰ってきたのか。
……何故自分がテラバスの家で、しかも固い床に寝っ転がっていたのか、情けない事に覚えていないのだ。
しばらく悩ませたが、スライプはもう考える事をやめた。今、自分の目が開いているのか開いてないのか、それすら分からないのに昨日の事なんて思い出せるはずが無い。
仕事も……今日は休みだ。
日数に余裕を持たせてシャロライン捜索に充てたいが、少し無理をすれば十分取り返す事も出来る。それに、この状態でまともに出来るはずがない。
思考を放棄し、固い床に寝転んだまま天井を見上げていると、横腹に衝撃を感じた。
傷に触りじんと痛み、不快に感じる攻撃の正体はテラバスの足。体調がすこぶる悪く、しかも怪我をしている人間に遠慮なくげしげしと蹴りを入れている。相変わらずテラバスは二日酔いにはならないらしい。
スライプはうろんな瞳で、見下ろしているテラバスを見返した。
「僕を運んだのは、お前か……?」
「いいや。オレも気付いたら自分の家にいたって感じだ。まぁオレは自分の布団で寝てたけどな」
テラバスはきちんとふかふかの布団の中で眠っていたらしい。床に転がされていただけのスライプとはずいぶん違う扱いである。
「とりあえず起きろ。そして自分の家に帰れ」
幼馴染に対してひどい言い様をするテラバスの言葉をスライプは無視し大の字を貫いたが、このままいると水を顔面にぶっかけられそうなので抵抗もほどほどにし立ち上がった。
髪はボサボサ。結び目もぐちゃぐちゃである。
「とりあえず水くれ」
「はいよ。……と、お前メシちゃんと食ってるのか? ちょっと痩せたような気がするが……」
元々細身の体型なので体の変化はあまり感じられないが、顔面……頬が少しへこんで痩けてみえる。
「食べてるよ。軍人時代に支給されてた軍用野戦食」
「……げ。あの賞味期限60年とかいう頭イカれたクソ固ぇ食い物の事か? よく残ってたなそんなもの」
スライプは仕事の忙しさと度重なる飲酒、ショックによる食欲減退で、胃にまともな食事を取り入れていないらしく、空腹を凌ぐ程度に携帯食品を摂取しているようで。
軍用野戦食とは戦争時に食べられていたもので、手の平サイズの長方形でクッキーのようなものである。
栄養失調にならないよう栄養素は調整され、長期の遠征でも持ち運べるよう保存日数に重点を置いたもので、水分を極限まで無くした野戦食はとにかく固い。とにかくよく噛むので満腹感は得られやすい。が、欠片で口の中を切ってしまう事が多く、食べてる最中血の味に変化していってしまう。味もそこまで美味しいものでもないので、好んで食べる人はほとんどいない。
スライプとテラバスが、軍人時代にお世話になったものの1つであった。
「栄養はちゃんと摂ってるぞ」
「栄養は、だろ。ちゃんと腹いっぱい食え。じゃないと持つ体も持たなくなるぞ」
久々に見る、スライプの悪い癖だ。
食に対するこだわりが皆無というか、放っておくと粗食する癖があるらしく、ただ倒れなければいい、ただ動ければいい、という判断であまりに雑な食事をしてしまうのだ。
最近はシャロラインがしっかり食事管理をしてくれていたのでその心配は無くなっていたが、ここにきて粗食が復活してしまったようだった。
「好きなのか、それ」
「いや、ぶっちゃけ嫌い。不味いし」
「じゃあ何で━━━━」
「栄養もあるしエネルギーにもなる」
確かに栄養はある。が、それは最低限なものであり、人間生きていくには無数の栄養を必要としている。それの何分の1程度補っているに過ぎないのに、スライプはそれで十分と言い張る。
エネルギーになるといっても所詮簡易食品。エネルギー源として働く男には少なすぎる。それもスライプは十分と言ってのけていた。
「せめて倒れないようにしてくれよ。今日も出掛けるんだろ」
「……いや、今日はやめだ。何やっても上手くいかない気がするし」
ちょっと無理すれば間に合わない事もない……、と言おうとしたが、テラバスから更なるお小言を言われそうなので止めておいた。
「そっか。んじゃ今日は解散だな。…………カルス、隠れてないで出てきなさい」
テラバスは、半開きになっていた玄関の戸を睨んだ。
しばらくすると、その隙間から小さな体躯の銀髪の子供がひょっこり顔を出した。
どうやら外に遊びに行っていたらしく、帰ってきたらスライプがいるものだから警戒して中に入れなかったらしい。
「全く、いつまでも隠れてるんじゃない」
「まあまあテラバス」
テラバスの姿は子を叱る父親そのもので、スライプは少し微笑ましく思えた。しかし、いつまでも自分だけ仲間外れというのも寂しいので、今日はこの子に話しかけてみようと思ったスライプは、玄関口で固まっているカルスに歩み寄った。
「こんにちは」
子供に目線を合わせるようにしゃがむ。
「知ってるとは思うけど、僕はスライプ。前いた金髪のお姉さんの、旦那さん」
穏やかで柔和な面立ちの青年は、子供が持つ極端な緊張と恐怖を解きほぐそうと優しく語りかける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。君をいじめたりしないし、テラバスは……喧嘩はするけど殺したりはしないよ」
にっこりと物騒な話をしだす幼馴染に色々な意味で焦ったテラバスだが、カルスの方はあまり意味を考えていなかったのか、大人しくこくりと頷いていた。
頭を撫でてもいいのだろうか……、少し迷ったスライプだが、こちらが遠慮してたらいつまでも慣れてくれないと思い、心を鬼にして美しい銀髪に触れた。
「今度あったときは、僕とも仲良くしてほしいな」
最後に伝えたい一言を添え、目の前のカルスと少し離れた場所にいるテラバスに別れを告げた。
「お兄ちゃん、きっと怒ってる……」
スライプが去り、今まで黙っていたカルスが口を開いた。
その様子は怖がっているというより、落ち込んでいるように見えた。
「何がだ?」
「まだ、ごめんなさいしてない」
テラバスの疑問を半ば無視するような、独り言のような小さな声。
「おじさんって呼んだ事、まだ怒ってる……」
それは、今はもうずっと前の事。
修理途中だったカルスが発言した、スライプに対する(問題)発言。
子供の健気で、くだらない心配事にテラバスは声を出して笑った。




