23話 3番街ダンナ会議『居酒屋編』2
「レイはどこだオラァ!」
適当にガーゼをあて適当に包帯を巻いた雑な手当てを済ませたスライプは、とても嫌そうな表情をしているお供 (テラバス)と共に、来いと言われた居酒屋へ乗り込んだ。
まるで道場破りのような勢い。
普段なら震え上がらせるような剣幕のはずだが、酒に酔った烏合の衆のような集団に対して効果はあまりなく、何事もなかったかのように店内の騒音に飲み込まれた。
開店してまだ1時間もたっていないはずなのに、すでに出来上がっている人が数人出てきている。
酒と煙草と料理の匂いが混ざり、女性なら数分で出ていってしまいかねないほどの雰囲気を漂わせていた。
ここは、地元では数少ない夜の男の溜まり場であり、酔いに任せてうっぷんや愚痴を言い合う居酒屋。『安い、早い、むさい』の3拍子揃った、3番街の働く男達に愛されている店であった。
居酒屋の存在は知っていたものの、ここに来るのは始めてに近いスライプとテラバスは、大の男達が飲んだくれる、この世の終末のような光景に怒りも忘れ愕然としていた。
入り口で不自然に立ち並んでいる人影に気付いた禿頭の壮年はスライプの登場に気付き、ふらつきながらも立ち上がる。
「おー待ってたぞ。よし、修理屋の坊主もいるな……。おいお前ら! 今日の主役の登場だぞーー!!」
レイは強引にスライプの肩を組みビールの入ったジョッキを掲げた。
「「「うえぇぇーーーーーーーーーーーい!!」」」
酒に溺れた、野太い声の大合唱。
その場合にいた全員が、同じようにアルコール片手に歓声をあげた。
よく見ると、ダルシュや武器屋店主のキナラもいる。2人ともすっかり酔っ払って上機嫌であった。
「ほんで、お前達は何飲む?」
レイは自分が飲んでいたテーブルへ誘導し、スライプとテラバスを椅子に座らせ、メニュー表を見せる。
アルコールメニューのほかにつまみなど一品料理も載ってあるそれは、男達に乱雑に扱われているせいで若干よれていた。
「ビールで」
「レイの奢りなら同じく」
メニューを見るまでもなく、(スライプはこの場ではとても重要な確認をして)オーダーする。
程なくして目の前に置かれる2つの大ジョッキ。
中身は琥珀色と白のコントラストの、泡と液体の比率が美しい魅惑的なドリンクである。
その様子を見ていたレイは、わざと派手に咳払いをし立ち上がった。音に反応した男達がレイへ視線を向けた。
「よし、これで野郎の大体は揃ったな。乾杯だ! 今夜は明けるまで飲むぞー! カンパーイ!!」
男達の代表として、レイが音頭を取る。
もう何回目かもわからないほど繰り返されたであろう儀式を、ジョッキ同士を打ち付ける音と共に響かせた。
ここまで来たら、郷に入っては郷に従え。
スライプとテラバスも周囲の男達とジョッキを打ち付けあい、そのままかぶりつくようにビールを胃に注いだ。
全員が酒を飲んでいる間のわずかな静けさのあと、満足感溢れる呼気がそれぞれの口から漏れだし、再び騒々しい賑わいが居酒屋に充満していった。
スライプとテラバスも、残りがジョッキ3分の1ほどになると、おかわりを要求する。
1杯目を空にし2杯目も順調に減らしていく。程よく酔いが回ってきたのを見たレイは、ニヤニヤしながらスライプに絡んだ。
「……よし、そろそろお前の人生相談の時間だ。おいお前らぁー! スライプがとうとう嫁に逃げられたぞぉーー!」
「「「イエェェェェェェェェェェェェェェイ!!」」」
レイの大声報告に、大喜びの3番街ダンナ衆。
あまりにあっぴろげな行動に、スライプは思わず口に含んでいたビールを吹き出した。
何故か歓喜の叫びをあげる男達は、まるで吸い込まれるようにスライプの周囲を囲い始める。
「お前の嫁って……シャロラインだろ!? 何でまた」
「何だよーとうとう訳アリになっちまったのかー。……そんで、どこの女だ? その顔でたらしこんだのか? もしくはうっかり誘われちまったのか?」
「いやいや、女じゃないだろ? 博打か借金だろ? なあなあ」
「いーや違うね。酒だろ? 酒のせいで愛想尽かされたんだろ?」
下卑た笑みを浮かべながら、金、酒、女……三大トラブル要因を次々あげていく。
予想だにしなかったスライプのスキャンダルに、盛り上がるダンナ衆。
スライプとシャロラインの相愛っぷりは3番街に住む住人なら誰でも知っている事ゆえ、シャロライン逃亡の話は新鮮さと衝撃と興味を与えた。
「そうだと思うだろ? 何と、女がらみだ。長身ボインのスラッとした女らしいぞー!」
レイの、高らかな正解発表。
誰から聞いたのだろうそんな事。
スライプはふと隣にいるテラバスを睨んだが、本人は慌てて首と手を降り否定をした。
「なにぃーー! スライプがとうとう大人になっただとーーぅ!!」
拍手喝采。
スライプとテラバスの一瞬のやり取りをよそに、その場にいた誰もが惜しみない拍手をスライプに送った。
「やったな! これでお前も一人前の男だ!」
「ばっバカ言え! 僕は不倫なんか━━━━」
1人の男に背中をバシンと叩かれ、反論する隙をようやく見つけたスライプ。だが、レイに肩を優しく叩かれすべて分かっている、と言わんばかりに大きく頷かれ、その機会を潰されてしまった。
「大丈夫だ。ここにいる奴らはな、何回も何回も嫁に逃げられ、そのたびに謝り倒し、関係を保ってきた猛者達だ。実証と実績がここにある! 自信を持て!」
「でもま、嫁さんってのは最初は可愛いが後から面倒くさくなるもんだぞ?」
「そうそう。早く帰ると『もう帰ってきたの』って言われるし、かといって遅く帰ると『何時だと思ってんの』って怒られるしな。もうどっちだよって感じだよな」
分かる分かる、と数人がこの意見にしきりに頷いている。
夫婦生活何十年という先達にとってはあるあるの話なのだろうか。
ほんの数秒 (比較的) 静かになった店内にふと、ダンナ衆の1人が思い出したように話を切り出した。
「結婚といえばキナラ、オメーはどーすんだ? もう30だろ。いい加減に嫁探ししないと一生独り身だぞ」
急に話がすり変わり、標的はスライプから粗雑な武器屋店主キナラへ移った。
あからさまに視線が一気に移るのを感じたキナラは、不機嫌そうに眉間にシワを寄せ声を荒げた。
「何でオレの話になるんだよ! 今はスライプの話をしてただろうが!」
「うるせぇ、いい年こいて結婚してないのお前ぐらいだろうが! 浮いた話1つくらい持ってこいや!」
そうだそうだと野次を飛ばす既婚ダンナ衆。男でも女でも、老いも若きも、この手の話にはつい首を突っ込みたくなるものである。
一応、未婚という事ならテラバスもだが「いい年こいて」はないので、ダンナ衆からはノーカウントにされている。
「いい奴がいない訳じゃないだろ。ほらあの、仕立て屋の姉妹なんかどうよ。姉でも妹でも」
「エリアとラーナか。うーむどちらも美人だしなぁ……。いや待て! あのいい子達がお前みたいなガサツで横柄な奴に目ぇつけられたら可哀想だ! 手ぇ出したら許さんぞキナラァ!」
急に娘を持つ親の気持ちになったのか、既婚ダンナ衆は敵意の目をキナラに向け始めた。
酒が入っている分喜怒哀楽の起伏が激しいのか、感情がせわしなく変化していく。
その視線にさらに気を悪くしたキナラは、ただでさえ鋭い目付きをもっと悪くさせ怒鳴った。
「別にオレは何も言ってないだろ! それに、結婚なんてしなくてもいいだろうが!」
「何だと! 成長する子供の素晴らしさを理解しない野郎め! 結婚の良さなどお前なんかに一生分かるもんか! ……そういやスライプ、子供はいんのか?」
「いや、いたらスライプが違う女作るわけ無いって! ……いいかスライプ。子供が出来たら好き勝手出来なくなるからな。火遊びは今のうちに存分にしておけよ」
「シャロラインはアンドロイドだろ。作りたくても作れねぇだろ!」
「あー分かった! 子作り的な意味でシャロラインとは違う女を確保してたって訳か!!」
「「「おー! 名探偵!!」」」
再び話題はスライプへと戻り、先達の余計でありがたいアドバイスが次々と降ってきた。
しかし、酔っ払いの意見なので何がどの程度役に立つかは定かではない。
というか、不倫の事実はないしする気もないのでで全く役には立たない。
推理も外れているので名探偵でもなんでもない。
完全に不倫と断定されている件について、完全否定をしたいのだが、全く本人達を話に入れさせてくれない……ずっとオッサンのターンである。
「オレも若い頃は散々嫁を泣かせたもんだ。荷物まとめられて出ていかれた事もある。しかしな! ここでよりを戻せるかどうかは手前ぇの腕次第だ。そのコツはだな━━━━」
「キナラァ、オレのとこの娘には手を出してくれるなよ。もし出したらぶん殴って磔にしてやるからな」
「それだけじゃ足りねぇだろ! ……もし自分の娘の夫がお前らみたいな奴だったらな! 手足切り落としてから磔にしてやる!」
お前「ら」とついているあたり、磔にする対象はスライプも含まれているらしい。
発言がだんだん猟奇的になっていくのは、子を想う親である証なのだろうか……。どんなにだらしのない男でも、子供を心配する心は女親と変わらないという事にしておく。
何はともあれ、理性が欠けた酔っ払いの勢いは恐ろしい。
戦闘の強者であるスライプも、年と経験を重ねた男達とその男達をこんな状態にしてしまうアルコールの魔力には勝てないのだ。
その後も、罵倒と冷やかしとおせっかいが入り乱れる。
オッサン達の胴間声に埋もれていくなか、ようやく叫び出せた一言。
「「だ・か・ら! 人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!」」
偶然にも、もう1人の被害者キナラと同じ叫びが重なった。




