22話 3番街ダンナ会議『居酒屋編』
徐々に暗くなってく景色と、見慣れた町並が瞳に映る。
木々が立ち並ぶ自然区域から、ぽつぽつと明かりが灯りつつある住宅地へ戻ってきたスライプは、腹部の怪我と金の髪止めを抱えて斡旋所の扉へ手をかけた。
いつものように扉を押し中に入ろうとするが、わずかの隙間があくだけで動かない。内側から鍵がかかっていて入れないのだ。
どうやらリリエッダと話しているうちに時間がたち、店じまいしてしまったようだ。
「ありゃ、終わってら」
2、3回押し引きを繰り返すも結果は変わらず、ほんの少し残念そうに呟く。
電気はまだついているので、今しがた閉めたばかりなのだろう。
今日中に1つ終わらせるという予定は若干ずれたが、ぶっちゃけ今日でも明日でも変わらない。報告は明日にしようと踵を返し、歩みの方向を自宅へ向けた。
すると扉がガタガタ動き、鍵を回す小気味よい音が小さく聞こえた。
程なくしてドアのベルが鳴り、ひょっこり現れたのは禿頭の壮年だった。
閉めたのをいいことに1杯やっていたのか、アルコールの匂いが風に乗って鼻腔に届いた。
「なんだスライプか、なんか用だったか」
「……なんだじゃないよ。ほら、5つの内の1つだ」
ほんのり赤ら顔の、中年のオッサンの顔を見たスライプはあからさまな嫌悪感を表情に出し、ぽいっと手に持っていたものをレイに投げる。
室内の蛍光灯に照らされ金色に反射する髪止め。依頼である竜が貯め込む魔力を無事解放したという証として持ち帰ったものであった。
「お、おお。……何だっけこれ」
細やかな意匠が美しい髪止めをまじまじ見つめるも、酔いが回っている頭では何が何やら。
「お前が忘れてどうすんだ。魔力の解放だよ。森の中の。その時の証拠品」
「ああ……!」
ようやく合点がいったように声をあげるレイに対し、このハゲジジィめ、と言わんばかりの嘆息を見せつけ、カウンターへ向かう彼についていった。
レイは髪止めを耐魔法ビニールに入れると、カウンター下の棚からファイルを取り出した。
「早めに書類作っといてよかったぜ……。さて、これが収集の核だったって訳だな。了解了解。……ってスライプ、その腹どうした」
神妙な面持ちでレイが指摘したのはスライプの傷……腹から脇にかけて引き裂かれた戦いの痕跡。
明るいところに来てようやく傷の存在を知ったレイは傷口をまじまじと見た。
「その竜にやられた。デカいけどわりと浅めだし、体は何ともないから毒は貰ってないぞ」
多分……と後からつけるスライプ。
何せ種類が分からないのだ。黒い竜ということは分かるが、そんな個体はたくさん存在する。
毒の有無の判別がつかない以上絶対という事は無いが、体調に変化が無いのも確かなので、今はそういう言い方しか出来ないのだ。
「そうか、何ともないならいいが。……てことは明日は休むのか」
硬貨がぶつかる音と、ペン先が紙をこする筆音が響く。
レイは報酬金を用意しながら、スライプは2枚の紙に名前をサインしながらいいや、と首を横に振った。
「僕には時間が無いんだ」
脳裏によぎる最愛の妻シャロライン。一刻も早く見つけだして誤解を解かなければ。
「まぁな。1週間で5つだからな。さっさとやれよ」
突然、レイの声色が冷たくなる。
数日前、あれこれ見境なく依頼を受注していくスライプにキレたレイは「1週間以内に全部やってこないと今後一切仕事を回さない!」と言い放っていたのだ。
「いや、それもあるけど……」
それ以外言葉を続けず、他にも理由があると言わんばかりに言い淀んだスライプを、訝しげに見遣ったレイは問い詰めた。
「他に理由があるのか?」
「ああ、えっと、実は……」
話すか話さないべきか……悩んだあげく、つい最近、自分の身に起こった出来事をレイに話した。
「わっはははははははははははははははははは!!」
静かな部屋によく響く、豪快で無遠慮なオッサンの笑い声。
肺の空気全て使う勢いの哄笑に、スライプは激昂ゆえか屈辱ゆえか、うつむき肩を震わせた。
「いやー、お前もとうとう……! いよっ! それでこそ男だ! よし! 今夜は祝杯(笑)だ! どうせ家帰っても暇だろ? 居酒屋に来い! こういうのは酒飲んで笑い飛ばすもんだ!」
酔いが回っているせいか、上機嫌で騒ぐレイはいつも以上に饒舌になっているようで。
スライプの心中を無視するように、勝手に酒の席をセッティングしていく。
何故か不貞をした前提で話が進んでいる事に、ついに腹をたてたスライプはカウンターを手の平で叩いた。
「ちょっと待て! 僕はしてないし! シャロを探しに行かないと━━━━」
「うるせぇ! たまには先輩の言うことも聞くもんだ! 夫婦生活何十年という先輩をなぁ!! ついでにステイレンの坊主も連れてこい! あいつの将来にもきっと役に立つぞ!」
ステイレン━━━━テラバスの事である。
スライプの覇気ある怒号も、今回ばかりは一蹴されてしまう。完全な小童扱いである。
「現地集合だからな! あそこなら他の先輩達もいるからいいアドバイスが聞けるぞ! 何せ経験者ばっかりだからな! ……と、傷の処置してから来いよ!」
一方的に取り付け報酬金がたんまり入った袋をドンと置くと、上機嫌な笑い声と共に、カウンター下から消毒液やらガーゼやらを取り出し並べていく。
とうとう我慢の限界を迎えたスライプは、額に青筋を立てて怒鳴った。
「うっせハゲジジィ! あっち行ったら覚えていやがれ!」
動物のしっぽのような水色の長髪を大きく揺らし、目の前に置かれた報酬金をしっかり鷲掴みながら、捨て台詞を残して立ち去った。




