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17話 エスケープ嫁

 (さい)の王国、3番街。

 王都ほどの(さか)えはないが、過疎地域というわけではなく、田舎ならではの自然豊かで穏やかな町である。


 この町に、シャロラインは夫と共に暮らしていた。今の時世にはやや古めな大きな縦ロールをリボンで2つに結わえ、黒と真紅のメイド風の衣装に身を包み、髪と同色の金瞳はややつり目がちで、彼女の気の強い性格が(にじ)み出ている。


 人工的な美しさとも取れる美貌の持ち主なのだが、彼女は『伴侶型戦闘アンドロイド』というれっきとした人工物であり、この家の主である青年スライプの、よき妻であり頼れる相棒として毎日を過ごしていた。


 魔獣との激戦から幾日、修理も無事終わり帰宅が可能になったシャロラインは、仕事の間ほったらかしにしていた家の掃除をしていた。部屋に溜まった埃はわずかだが、気付いたとき取り除いておくに越した事は無いし、灰色のパヤパヤした綿毛のようなものがいつまでもあるのは健康にもよろしくない。


 それに、今日はスライプも手伝ってくれている。

 どうやら今日はお客さんがくる予定があるらしく、彼も率先して請け負ってくれているのだ。

 

「んじゃ、ちょっと買い物に行ってくるよ」

「はいよー。いってらっしゃい」


 掃除も一段落し、シャロラインは財布とかごを持ち買い物に出かける。この日は快晴で、雲はまばらに浮かんでいるが太陽の陽を遮らない、カラッとした天気であった。


 シャロラインがこの町に来てから3年……正確に言うと、彼女が目覚めてから3年。ずっと歩いてきた道を歩く。慣れた道順で進んで行くと、遠くからざわざわした活気ある声が聞こえてきた。

 シャロラインの目的地。日常生活に必要な食料、消耗品、衣料品、武器商人などが軒を連ねる3番街最大の市場である。


 ある青果店に近づくと、シャロラインの存在に気付いた女性が見るやいなや手を振りながら近寄ってきた。


「あら~シャロちゃん。今日は旦那さんと一緒じゃないの?」

「こんにちは、リリエッダさん。スライプは家でお留守番です」


 シャロラインは女性に会釈をした。

 この市場で青果店を営む店主の妻、リリエッダ・ヴァリューエナ。かかあ天下気質の豪快な御仁である。


「おおスライプのとこの……今日はトマトやリンゴの赤いものがおすすめだぞ」


 奥からひょっこり現れたのはダルシュ・ヴァリューエナ。リリエッダの夫で青果店の店主である。


「じゃあそれを……あと、レタスと白カブもください」


 購入したものを持参したかごに入れてもらいお金を払う。

 するとこの会話が発端となり、周囲にシャロラインの存在が知れると。


「スライプの奥さん、いい美容商品入ったんだが……ってシャロラインには不要なもんか。悪いな忘れてくれ」

「おーシャロライン、スライプの野郎に槍の整備終わったぞって伝えといてくれ」

「シャロライン、花はどうだい? どれも綺麗だよ!」

「あっシャロさん。ドレスの直し終わったよ。いつでもいいから取りに来て!」


 シャロラインの周りに、ぞくぞくと人が集まってくる。

 ここに住む住人はみんな、シャロラインがアンドロイドという事は知っている。アンドロイドが普及しているこの国で、人間に混じって普通に生活をするアンドロイドは珍しくなく、周囲は当然のように彼女を受け入れていた。


 それに人の手で造られた造形美とはいえ、シャロラインの美しさは町に住む住人から人気を集めていた。それに加え、男口調が目立つが謙虚な性格と度量のよさが慕われる要因になっている。


「あっありがとうございます。今日は用事があるので、次来たときに寄らせていただきます」


 今日はスライプのお客さんが来るということもあり、これ以上時間をかける訳にはいかない。シャロラインは申し訳なさそうな笑みを見せながら市場に背を向け帰路についた。

 その様子を店内から見ていた青果店店主は。


「いいねぇ、美人が笑えばこの世は平和だ」


 後頭部をリリエッダに叩かれながらダルシュはにんまりと笑い、シャロラインの背中を見送っていた。




  ◇

 来たときと同じ道を辿り、スライプの待つ自宅へ向かう。

 買ったばかりの新鮮な食材を見つめながら、今日はどんなご飯にしようかと考えていると、自宅の玄関に、立っている人影が見えた。


 ひょっとして、自分の帰りを待ちわびたスライプが立って待っているのかな? と少し自惚(うぬぼ)れ、にこにこしながら徐々に判明していく正体に、シャロラインは絶句した。




 彼我(ひが)の距離約15メートル、それで判明したものはスライプ…………と向かい合って抱き合っている女性の後ろ姿だった。ゆるく巻かれた翡翠色の長髪で、しなやかな腕がスライプの腰に回され、後ろから見ても胸部の存在感が感じられる女性であった。


「━━━━━━━━」


 信じられない光景に視界がぐわんと歪み、思考が真っ白になった。さっきまでの浮かれ気分は彼方に消え、力を失った手からかごが地面に落ち……その音に気付いたスライプがこちらを見てぎょっとした。


「シャ……シャロ……ッッ、これは……っ! ちがっ……っ!」


 未だ抱き合っている形のまま、慌てふためくスライプ。

 言い訳がましい夫の態度に、更に絶望したシャロラインは何も言わず(きびす)を返し、走り去る。


「シャロ……ッ、待って……ッ」


 シャロラインの後を追おうと女性を引き剥がし走り出すが、人造人間の全力疾走には追い付けずそのまま見失ってしまった。


 膝に手を置き、肩で激しく息をする。

 息を整えながら、息を大きく吸い込む。


「シャロォォォォォォォォォォォォォォオオオオ!!」


 声の限り叫ぶが、シャロラインは帰ってこない。妻に逃げられた夫の絶叫だけが虚しく響き渡った。

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