15話 白銅槍と格闘 2
2人で魔獣の死体を積み上げる時間が続いた。
数はようやく半分を折り返したあたりだろうか、なかなか終わる気配を見せてくれない。
スライプは苛立たしそうに奥歯をギリッと噛んだ。口の中に入ってきた魔獣の血を唾液と共に吐き捨てると、周囲にいた適当な魔獣に槍を投擲し心臓を貫いた。
魔獣は倒せたがこれにより武器を失い、無手の状態となってしまい、これを見た魔獣が牙を向けスライプの体を貫かんと突進してきた。
「……ッめんなよ!」
スライプは両手を握りしめ、勢いよく突進してきた魔獣の眉間に右ストレートをぶち込んだ。格闘はシャロラインほど得意ではないが、実践でも十分通用する技量は持ち合わせている。
魔獣に刺さった槍を回収せずにそのまま格闘で打ち倒していたが、生身の人間が装甲もつけずに殴り続けるには限界があった。
スライプの拳を打ち込む位置がダメージが通りやすい眉間より頬、腹より背中に拳や蹴りが当たっている。だんだん急所を外すようになっているのだ。槍を使っている時より明らかに殺傷速度が下がった苛立ちなのか、攻撃が雑になっているようだった。
戦い方が雑になってきたスライプを見かねたシャロラインは、慌てて彼の近くまで戻り援護をした。
スライプの背後に迫っていた魔獣を蹴りあげると、背中を肘で軽く小突いた。
「あまり自棄になるな。大人しく槍回収してこい」
戦い続ける疲労と果てが見えない苛立ちが、スライプを無茶な行動に誘ってしまう。それをシャロラインが察知し諫め、持ち直すまで支えるのだ。
スライプは無言でシャロラインを睨み、今にも掴みかかってきそうな形相……「お前から片付けてやろうか!?」と言わんばかりの表情になったが、自分の置かれた状況を思い返したのか魔獣を蹴散らしながら槍を掴み魔獣から引っこ抜いた。
これにより集中力も戻ってきたのか、ダンダンッと石突を床に叩きつけ景気付けをするように鳴らし楽しそうに嗤った。
◇
血に濡れた槍は乾く間もなく新たな血を浴び、鉄の手足は軋み始める。
最初の一閃からどのくらいたったのだろう。この数分で大量の血が流れ死体が幾重にも重なった。
見境ない力をねじ伏せるためにそれ以上の力で押し返し圧倒した。
暴力の応酬の果て、終焉の気配をシャロラインはようやく感じた。
(あと10体…………!)
もう少し━━━━この一瞬の集中力の乱れが、シャロラインの隙になった。
背後にいた魔獣に気付かなかった。いや、気付いたが遅すぎた。避けようと体を捻るが、床に溜まった血で足が滑り回避きれずにそのまま魔獣に腰を噛みつかれた。
「あああぁ……!」
バキバキと砕かれる嫌な音が響く。口を掴んで脱出したかったが、左腕はすでに壊されているのでそれは叶わず、シャロラインにはどうする事も出来なかった。
「シャロライィィィンッッッ!」
妻の危機に気付いたスライプは駆け出すと、噛みついている魔獣の手足を切断し心臓を抉り首を貫いた。
急所を悉く切られた魔獣は、断末魔の叫びを残して死んだ。
スライプは死した魔獣の口を引き剥がし妻の腰の具合を見た。血でドレスが濡れているから分かりづらいが、横腹に穴が開いていた。
「大丈夫だ。牙は貫いたみたいだが、機体はへこんでいるだけだ。回路は問題ない」
救助が早かったおかげか機体への被害は最小で済んだが、腕の欠損も合わせて見ると決して大丈夫とは言える状況ではない。
シャロラインは気丈に振る舞うが、いつ異常が起こるか分からないのだ。
「……休んでいろ。残りは俺が片す」
これ以上シャロラインの戦闘は認められない━━━━
肩に手を置き戦闘に加わらないよう指示をすると、彼女はバッと顔をあげ何かモノ言いたそうな表情を滲ませたが、やがて腹部を押さえながら1、2歩引いた。
━━━━やはり、ダメージは小さくなかったようだ。
スライプは視線をシャロラインから外し、魔獣を見据えた。残りは7体。最後の踏ん張りどころである。
目を瞑り、己を鼓舞するように石突で床を数回叩く。
地下室にこだまする音に反応した魔獣も吼え猛た。
最終決戦。
疲労で力尽きないように最小限の動作で、打ち損ないが無いように最大限の力で、一刀のもとに魔獣を切り伏せた。
6……5……4……3……2━━━━
順調に数を減らし、最後の1体。
切れそうな集中力を繋ぎ止め、槍を握った。
そして、渾身の力を入れ寸分の狂い無く魔獣の首へ振り落とした。
━━━━がきんっ
明らかに、首を断ったものではない音が地下室に響く。
スライプは言葉を出せず、唖然として目の前の光景を見た。確実に首を狙った一閃が牙に阻まれていたのだ。
狙いが外れてしまったのか、魔獣が自分の意思で牙を使って槍を受け止めたのかは分からないが、結果として競り合う形になってしまった。
「ぐ…………」
槍を外そうにも失敗すれば牙で体に穴を開けられるし、このまま競り合っても持久戦では魔獣の方に軍配があがる。
スライプはとくかくこの状況に耐え忍ぶしかなかった。
圧さず圧されずの拮抗した状態が動いたのは、数秒後の事だった。
スライプは1歩踏み込んできた魔獣の牙に押され、首の一振りで突き飛ばされたのだ。積み重なった疲労で踏み堪える事が出来ずそのまま転倒し、力無く開かれた手から槍がこぼれ金属の落ちる音が虚しく響いた。
「つっ…………」
槍を拾いに行きたかったが、体が言うことを聞いてくれない。
魔獣は倒れたスライプの体を貫こうと、鋭利な牙の切っ先を向けながら突進してきた。
攻撃も防御もままならない。
これまで数多の依頼をこなしてきたスライプだが、この時ばかりは死を覚悟した。
「━━━━━━━━!」
目を細め睨んでいると、突然視界が横にブレた。
何事かと驚いて振り返ると、シャロラインが牙を受け止めているのが見えた。牙がスライプを貫く寸前で彼を押し退け、魔獣の突進を止めたのだ。彼女は片腕で、魔獣の狂暴な圧を1人で耐え忍ぶ。
「シャロ…………ッ!」
「早くしろ……あまり持たない」
魔獣を食い止めるため力を入れているせいか、キリキリと軋む音が全身から聞こえてくる。
魔獣もシャロラインの介入に驚いたのか離れようとするが、がっちり牙を掴まれているせいで動く事が出来ない。
動きを封じている今が、2人の体力的にも最後のチャンスである。スライプはよろめく体を奮い立たせ、槍を握った。
そして━━━━━━
「あああああああああああああああああああ!!」
最後の力を振り絞るように絶叫しながら、最後の魔獣に最後の一太刀を浴びせた。
◇
全個体の討伐が終わり、静かになった地下室でスライプは天井を見上げた。全身に浴びた血液は茶色く変色し、つや消しを施した鈍く輝く白銅色の槍は今は全く別の色に染められていた。
「は……はは…………」
スライプは魔獣の死体だらけになった周囲を見渡しながら乾いた笑い声をあげた。
自分達が戦ってきたものを改めて見てみると、特に理由は無いが可笑しくて笑ってしまう。
一体何体倒したのか……。数えようもなく、魔獣の正確な数はもう分からない。鼻がひしゃげ、手足を切断され首を落とされた無数の死体が静かに横たわっている。周囲はまさしく血の海であり、床以外に壁や天井にも血がべったり付着していた。
「スライプ」
ふと名前を呼ばれた彼は、声のする方向へ振り返る。
そこには気丈に微笑むシャロラインが立っていた。左腕は破壊され腰部はへこみ、全身血塗れの痛々しい姿なのだが、本人に痛覚は無いので嫣然と微笑み佇んでいる。
「……終わったな……」
「ああ……」
微笑むシャロラインにつられてスライプも柔和に笑った。
互いに一言だけの会話。
それ以上は交わされず、今はただ生き残った安堵感と戦い抜いた達成感が2人の心を満たしていた。




