14話 白銅槍と格闘
意思と思考を奪われた魔獣達が疾走する地鳴り。その足音は、真っ直ぐスライプ達の方へ向かっている。
スライプは穂先が血に濡れた長槍を構えていた。先ほど、彼は憐れみを持って1体の魔獣を屠った。この魔獣達は本来人間と共存が可能だった無害な動物達であったから、せめてもの慈悲という思いを込め槍の1撃で首をはね落としたのだ。
しかし、今は違う。なんの慈悲も無い、ただの暴力、ただの殺戮、ただの虐殺。
彼から見たらただの一興かもしれない、悪意のような殺意を持って魔獣の群れを見据えてた。
もし、魔獣達がここから逃れ野に放たれてしまったら、などと考えた事は1度も無い。
仕留め損ない━━━━それこそ彼らから見たらあり得ない事象なのだ。
スライプは気を引き締めるように、槍を握り直した。
それが合図かのように、シャロラインは1歩踏み出すための力を足に入れた。スライプより先に斬り込みに行こうとしたシャロラインだが……隣の異変に気付いた。
スライプは先に駆け出したのだ━━━━━━━━魔獣とは逆方向へ。
「んな、スライプ!」
夫の敵前逃亡に呆気に取られていると、スライプは叫んだ。
「ここじゃあまりに狭すぎる! ひとまずここの入り口まで戻るぞ! あの広さと光源があるとこで迎え撃つ!」
ここには魔獣が囲われている檻があり、中には鎖で繋がれた魔獣がたくさんいる。この中で十分に戦える広さを確保するのは難しい。
スライプの言葉を聞いたシャロラインも踵を返し、魔獣とは反対方向へ走り出す。人間の速度では追いつかれてしまう可能性もあるので、シャロラインはたびたび立ち止まり振り返っては様子を見て、背後からの襲撃に備えた。
そうして走り続け、鉄扉がある場所まで辿り着いた。
ここまでの全力疾走であがった息を整え、スライプは再び穂先を魔獣の方へ構えた。
(広さ良し、明るさおおむね良し、体力の回復……大体良し)
地震を思わせる揺れと共に魔獣達が接近してくる。スライプは大きく息を吐いた。
1歩間違えれば八つ裂きにされる。人型も残らずただの肉塊にされる。
━━━━背負いがちになる過剰な緊張を追い払う一呼吸。
程よく肩の力が抜けた……後は、生き残るのみ。
1歩、前に踏み込む。
「はああッ!」
研ぎ澄まされた殺意で、追い付いた魔獣の第1陣を横の一閃で薙ぎ払った。
薄暗い地下室でも、この液体は血だと分かるほど鮮烈な真紅。
四肢を切り落とされた魔獣達は、その場で倒れ苦痛に絶叫しながら悶え、大量出血でやがて息絶えた。
しかしこれは魔獣のほんの1部……。足の速い、戦闘を走っていたものを斬っただけである。程なくして別の魔獣達が現れた。入り口を塞いでいる倒れた魔獣が死体を踏み越えるが、それはすぐさま襲いかかろうとせずじっとスライプを見据えた。
「おお……立ち止まる、という判断は出来るのか……」
その様子を見たスライプは思わず感嘆の声を漏らした。
魔薬に侵された状態でもギリギリ理性が残っているのか、使用された魔薬の量が少なく影響がさほど無かったのかは分からないが、明らかにスライプ達を警戒している証拠であった。
爛々と輝く瞳と鋭利な爪と牙。獣特有の匂い、頑丈に繋がれていたであろう鎖は無惨に引き千切られ魔獣の足元に落ちている。
ぐるるる……と喉を鳴らしながら、スライプとシャロラインの周囲を囲っていき、様子を窺っている。
これによりスライプとシャロラインは、完全に退路を断たれる形となった。
自然に背中合わせとなった2人はざっと数を数えた。…………少なくて50体。多くてその倍である。
「……大丈夫。テンポよく殺していこう。…………なあシャロもういいよな……?」
後半が若干早口になったスライプは、ちらりとシャロラインを見た。
「お前にしてはよく持ったほうだ。あとは、好きなように……思う存分殺してまわれ」
シャロラインからのゴーサインに、スライプは心底嬉しそうに口元を歪ませた。
「━━━━ッッッしゃあっ! 行くぜオラァッ!」
もう我慢の限界━━━━と言わんばかりの雄叫びをあげ、付着した血を飛び散らせながら槍を回し、後ろに振り抜いた状態のまま魔獣の群れに突っ込んだ。
まずは目の前にいた魔獣。
大口を開け牙を向けている喉の真中へ容赦なく槍を突き入れると、そのまま巨体を持ち上げ回転し遠心力で魔獣を投げ飛ばした。この際、落下地点にいた魔獣の何体かも巻き込まれ潰れてしまっていた。
次に突進してきた魔獣2体を、1体は穂先で目を切り裂き、もう1体は石突で鼻を叩く。当然それでは死なないが、一瞬の隙があれば十分仕留められる。先に鼻を叩いた方を蹴散らした後、視界を奪った方へ向き直った。視界を奪われた魔獣は適当に突進してくるが、それをスライプはひらりとかわし、首元へ槍を深々と刺し、一気に切り落とした。
返り血で半身を真っ赤に染めながら、スライプは猛攻を繰り返す。
獣より大きい、魔獣を持ち上げる膂力と戦闘を続ける体力と集中力。
今の彼は来る者殺す戦闘体勢。熱があがっている時だから出来る事であり、通常時のスライプにここまでの力は出せない。限定的な戦闘力の具現であった。
スライプの足元に、全身から血を噴き出している状態の魔獣が転がってきた。
その方向をふと見ると、シャロラインが魔獣を撲殺している姿があった。
彼女は顔にかかった血を拭いながら魔獣と格闘していた。シャロラインの武器は鉄の体を生かした格闘であるため、スライプ以上に近距離で戦う。
すでに金髪と両手足を赤く染め、美しい青のドレスにも血が点々と付着していた。
魔獣の口の中に手を突っ込み舌を引っ張ると、腹を数度蹴りあげ昏倒させる。背後に迫っていた魔獣を回し蹴りで追い返し、その後魔獣の上を取り跳び跳ねるように頭を蹴り殺してまわった。
━━━━すると突然、左腕が動かなくなった。
驚いて左側を見遣ると、魔獣がシャロラインの左腕に噛み付きそのまま砕こうとしていた。
「くっ……!」
手足を噛み砕かれたら攻撃手段が無くなるが、直接“死”の要因にはならない。
よって━━━━━━
持って行くなら、お前の命と引き換えだ━━━━噛み砕かれボロボロと壊れていく左腕を目の当たりにしながら眉間を殴り、力が弱まった隙を見て離脱すると回転を加えた強烈なミドルキックを食らわせた。
そして気絶状態で転がっていた1体の魔獣を片手で持ち上げると、スライプ! と一方で戦っている相方へ向かって投げ飛ばした。
「おう!」
名を呼ばれ、コチラヘ飛んでくる魔獣を確認したスライプは槍を構え、空中でその腹を切り裂いた。
空で血飛沫があがり、臓物がずるりと落ちてくる。
獣臭さと血生臭さと内臓の匂い……強烈な匂いが混ざった刺激臭が2人を襲う。
しかしシャロラインはそもそも匂いは感じられないし、ハイテンションなスライプは全く気にしていない。
「どんどん投げ飛ばせよシャロライン。俺が殺る」
「はいはい。私はこんなだから、始末は任せるよ」
再び背中を預ける形を取る。
スライプは血で滑る槍を持ち直し、シャロラインは残った右腕で拳を作った。
獣の軍勢はぞろぞろとやってくる。数は確実に減らしているのに、底が見えないのだ。
それでも滾る殺戮は変わらない。終わりを見せない魔獣の攻撃に、2人は対峙し続けた。




