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1話 妻の腕を折る男



気長に読んでいってください!

評価、感想お待ちしています!



 少年兵はこの時、初めて人の嘆きを聞いた。

 戦場を1人で歩いていた時に見た、戦死した兵を想い泣く人の姿。


 彼は殺戮を何度も経験してきた。人も魔物も等しく殺してきた。だが今まで聞いてきたのは、殺された側の死に際の咆哮だったから、残された人間が発する痛嘆の呻きに衝撃を受けた。


 胸を締め付けられるような苦しみ、焦燥と恐怖を覚えたのだ。


 この思いをするくらいなら、心臓の鼓動などいらない。そうとさえ思った。

 この感情が生まれてから数年の月日が流れ、彼は大人へ成長した━━━━




  ◇

 (さい)の王国。大国とは言えないが、狭小な国でもない国土の地方3番街に居を構えるのが、少年から青年へ成長した彼であった。


 時刻は朝6時に差し掛かる頃、朝日を浴びながら自宅の庭で白銅色の長槍を振るっていた。


 両眼を鋭くさせ、架空の敵を見据える。

 地面を擦るように左足を前に出すと同時に槍を横へ薙ぎ払い、続けて槍を振り上げ腰を落としながら大振りに地面へ叩きつける。

 穂先に土はついておらず、地面に到達する寸前で止めている。足を広げたまま上体を起こすと穂先を下に向け地面と垂直に立てる。

 そのまま抉るような動作をしながら勢いよく斜め上に(くう)を突いた。


 日課となっているこの動作を流れるように複数回こなし、朝の準備運動を終えると手元でくるくると器用に回し中段に構えた。


 深呼吸しながら小休止していると、1人の女性が玄関から出てきた。


「スライプ、朝ご飯の用意が出来たぞ」


 今の時世にはやや古い、金髪の大きな縦ロールを黒いリボンで2つに結わえ、黒と真紅のメイド風の衣装を着た女性が青年へ声をかけた。


「ああ、今行くよシャロ」


 青年は先程の険しい顔つきとは打って変わり、柔和な表情で彼女に微笑みかけた。



  ◇

 長槍を室内の壁に立てかけながら、スライプは自宅へ入った。

 長い水色の髪を一房に束ね、細身な体型に密着した袖の無い黒の衣服に、腕を覆う黒く長い手袋。腰には太い赤帯を巻き前に垂らしている。整った優しげな風貌であり右目が青、左目が紫のオッドアイが特徴である。


 シャロ━━━━シャロラインが用意した朝食は食卓に並べられ、いい香りを漂わせていた。


「うん。今日も美味しそうだね」


 椅子に座りながら穏やかに笑う。献立は卵トーストとサラダ、ソーセージとベーコン、コーヒーもついている。それと、小鉢に入っているニンジンの━━━━








 その瞬間。


 スライプはバンッッ! とテーブルを叩きその勢いで立ち上がった。


「おいてめぇ朝っぱらからニンジン出すんじゃねえぇぇぇ!!」


 その風貌が一変する。一瞬で鬼の様な形相になり、シャロラインへ怒鳴った。しかし、シャロラインも金眼を細め言い返した。


「うるさい! 好き嫌いするんじゃない! 人間はちゃんと食べないといけないんだぞ!」


 好き嫌いは許さん! と負けず劣らずの迫力を見せるシャロラインだが、この程度で収まる男ではないということは承知している。この男は普段は物腰柔らかな好青年だが、1度(テンション)が上がると相手が消えるか自分が消えるかしかないと静まらないという困った人物なのだ。


 こうなると大体、喧嘩いう名の戦闘になる。シャロラインは拳を構えた。が、それよりも早くスライプがシャロラインの腹へ掌底をねじ込ませ、凄まじい力で吹き飛ばした。そのせいで壁に激突し衝撃で少し穴が空いてしまった。


「くぅ……」

 別に痛みは感じないが、問題はここが室内という事である。このまま暴れられては家が倒壊してしまうかもしれない。そう考えている内にスライプは2撃目を打ち込まんと迫ってきていた。


 それを間一髪で転がり避けるとその勢いで玄関の扉を開け外へ出た。庭に出て、暴走するスライプを迎え撃とうと拳を構え入口を睨んでいると、スライプが壁に立てかけておいた槍を携え突進してきた。鋭い一閃がシャロラインの頬を掠めるが、その傷から血は滲んでこない。


 穂先を避け、柄の部分を打ち払いながら反撃の隙を伺う。が、隙などそうそうやって来ない。長く防戦が続いたシャロラインだが、わずかに振り上げすぎた槍が最大の反撃チャンスとなった。裏拳で槍の軌道を逸らし、空いた胸部に肘を打ち込んだ。


「づぅ……ッ!」


 スライプは衝撃に耐えきれず後方へ回避し体勢を整える。辛うじて鳩尾への直撃を避けたが、生身の体にはキツい一撃であった。


 苦しそうに胸を押さえるスライプだが、こんなもので戦いは終わらない。それどころか瞳はギラつき殺す気満々である。


『この戦闘狂(ウォーライカー)め……』


 心の中でそう思いながらシャロラインは、まだ手を止めないスライプに対峙し続けた。


 切り傷、擦り傷、打撲傷。数多の怪我を負いながら戦い、その最中シャロラインが顔面目がけて拳を振るった。しかしスライプは紙一重でかわすとその腕を掴みそのまま。


「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 1本背負いの要領で、地面に思い切り叩きつけた。

 その時、シャロラインの体が地面に落ちると同時に。



   バキィ━━━━



 何かが、折れた音がした。


「あ━━━━」


 この音にようやく我に返ったのか、凶暴さが失せた瞳をぱちくりさせている。


 地面に寝ているのは肘から先が無くなったシャロライン。その肘から先はスライプが持っている。しかも断面から数多の配線が覗き、バチンバチンと火花を上げている。


 どうやら投げた際に腕が変な方向に負荷がかかり、そのまま折れてもげてしまったようだ。


「あーもうまたかお前はぁー!」


 寝そべった状態のシャロラインは叫んだ。


「ごめんシャロ……。ほら、とりあえず立って」


 申し訳なさそうに呟きながら、残っている左腕を掴むスライプに先程の強烈な殺意は感じられない。


「もう何回やれば気が済むんだ! 一昨日もやっただろうが! この馬鹿力!」


 怒りの形勢逆転。怒るシャロラインとしょんぼりするスライプ。


「とりあえず、テラバスのところへ行こう。このままじゃ仕事に影響が出る」

「お前が言うなったく……。ついでに他に壊れてないか見てもらおう。大丈夫だと思うけど」


 こうして繰り広げられた2人の戦いは、シャロラインの負傷もとい破損で幕を閉じ、2人は修理屋を営む青年のところへ出かけて行った。



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