Ⅰ号戦車B型 Panzerkampfwagen I (MG) Ausf B, (Sd.Kfz.101)
Ⅰ号戦車B型 Panzerkampfwagen I (MG) Ausf B, (Sd.Kfz.101)の詳細。
挿絵の細部が実車と違うかと思いますが、あくまで参考です。
各種数値・開発経緯など間違い無し!と断言できる資料もありませんので、これも参考程度です。
Ⅰ号戦車B型
Panzerkampfwagen I (MG) Ausf B, (Sd.Kfz.101)
出力不足であったクルップ社製空冷エンジンからマイバッハ製のMaybach NL38 TR 水冷直列6気筒100馬力に換装、変速機も変更した型。これに伴い機関室が40cm延長され、転輪もA型の4組から5組に増やされた。接地していた後方の誘導輪もこれ以降の戦車と同様に上に移動された。
▲図6-1 Ⅰ号戦車B型 前面参考図
▲図6-2 Ⅰ号戦車B型 後面参考図
重 量…6,0 t
全 長…4,42m
全 幅…2,06m
全 高…2,06m
乗員数…2
武 装…2 x MG 13 (7,92mm)
装甲
前 面…13mm / 27–63°
側 面…13mm / 70–90°
後 面…13mm / 50–75°
上 面…6mm / 0–50°
底 面…6mm / 0°
砲塔前面…13mm / 80°
砲塔防盾…13mm / 曲面
砲塔側面…13mm / 68°
砲塔後面…13mm / 68°
砲塔上面…8mm / 0°
諸性能
エンジン…マイバッハ NL 38 TR 直列6気筒 水冷
出力/回転数 …100 PS / 3,000
排気量…3,790cm³
変速機 (前進/後進)…ZF社FG31(5/1)
出力重量比…16,7 PS/t
最高速度…40km/h
燃料搭載量…146ℓ
航続距離…140km (整地)/115 km(不整地)
キャタピラ幅…28cm
接地圧…0,42 kg/cm²
1934年から生産が開始されたI号戦車A型は初期の運用の結果エンジン出力の不足が目立ち、特に不整地での行動能力に問題があることが明らかになった。
このため兵器局は、1935年にクルップ社とダイムラー・ベンツ社に対し、I号戦車A型の改良型の開発を命じた。後にI号戦車B型となるこの車両はやはりI号戦車A型と同様に「LaS」(Landwirtschaftlicher Schlepper:農業用トラクター)の秘匿名称で呼ばれたが、エンジンをマイバッハ発動機製作所製の新型エンジンに換装したことからI号戦車B型を「LaS マイバッハ社製エンジン搭載型」、I号戦車A型を「LaS クルップ社製エンジン搭載型」と呼んで区別していた。
LaS マイバッハ社製エンジン搭載型は、生産終了後の1938年になって「I号戦車B型」(Panzerkampfwagen I Ausf. B)の制式名称が与えられている。
I号戦車B型に搭載するエンジンについては当初、マイバッハ社製のNL38TR 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン、クルップ社製のV型8気筒液冷ガソリン・エンジン、ビューシンクNAG社製のG型直列4気筒液冷ガソリン・エンジン、アドラー社製の空冷ガソリン・エンジンなどが候補として挙げられていた。
どのエンジンもI号戦車A型に搭載されたクルップ社製のM305 水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジン(出力57hp)よりも大出力であったが、中でもマイバッハ社製のNL38TRエンジンは100hpと最も出力が大きかったため、最終的に1935年10月24日にNL38TRエンジンを採用することが決定された。
I号戦車B型に搭載されたNL38TR液冷ガソリン・エンジンは、排気量3,791ccながらI号戦車A型のほぼ2倍の100hpという最大出力を発揮した。
また直接性能には関係無いが、騒音が大きかったA型のM305エンジンに比べてB型のNL38TRエンジンはかなり雑音が減り、乗員の疲労軽減に大いに役立ったものと想像される。
しかしNL38TRエンジンはM305エンジンよりサイズが大きいため、I号戦車B型は従来のオイルクーラーに替えてラジエイターを装備しなければならず、機関室を拡大する必要があったため車体をA型より40cm延長することになった。
このためI号戦車B型では転輪と上部支持輪が片側1個ずつ追加され、併せて機動力向上のため誘導輪は非接地型になり、第1転輪がコイル・スプリングによる独立懸架、第2、第3転輪と第4、第5転輪がそれぞれリーフ・スプリングで2輪ずつ懸架される方式に改められた。
また、エンジンの強化に伴い変速機もI号戦車A型に搭載されたZF社(フリードリヒスハーフェン歯車製作所)製のFG35変速機の改良型であるFG31変速機(前進5段/後進1段)に変更されている。
さらには機関室上面のレイアウトも変更される等の改良も盛り込まれ、戦闘重量はI号戦車A型の5.4tから6tに増加したもののエンジン強化の力は大きく、路上最大速度は37km/hから40km/hへと逆に向上している。
これ以外の部分にはI号戦車A型と変化は無く、装甲厚や武装等も同一のままとされた。しかしこれらの改良によりI号戦車B型の使い勝手はA型よりはるかに良くなり、能力的な問題はともかく兵器として完成の域に達していた。
1936年1月15日に兵器局が提出した報告書によると、兵器局はLaS クルップ社製エンジン搭載型(後のI号戦車A型)1,175両、LaS マイバッハ社製エンジン搭載型(後のI号戦車B型)325両の合計1,500両のLaSの生産契約をメーカー側と結んだとしている。
I号戦車B型の生産はLaSの第5、第6生産ロットとして「5aゼーリエ」、「6aゼーリエ」の呼称で行われ、クルップ社の子会社であるグルゾン製作所の他、MAN社、ヘンシェル社、ダイムラー・ベンツ社の計4社が生産を担当した。
なおI号戦車はA、B型合わせて102両(内訳は不明)が1936~39年にかけてスペインに輸出された他、中国にI号戦車A型が15両、ハンガリーにI号戦車B型が1両輸出されている。
ここまで読んでいただき、感謝の極み。
Ⅰ号C型、F型のモデリングが進まない…
次回は順番を飛ばすかもしれません。




