LaS(Landwirtschaftlicher Schlepper:農業用トラクター)
Ⅰ号戦車開発の前段階のトラクターについてです。
LaSは開発が進むにつれ、仕様がいろいろ変わっていますので、挿絵については実写と異なる点がいろいろまりますが、参考程度と考えてください。
LaS(Landwirtschaftlicher Schlepper:農業用トラクター)
▲図4-1 クライネトラクター前面
▲図4-2 クライネトラクター後面
重 量…2.95t
全 長…4.2m
全 幅…2.1m
全 高…1.1m
乗員数…2
武 装…なし
装 甲…6~13mm
諸性能
エンジン…クルップ /M301水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジン
出力/回転数 …52PS
変速機 (前進/後進)…ZF社/FG35(5/1)
最高速度…45km/h
航続距離…200km (整地)
キャタピラ幅…26cm
戦車開発の前段階であるトラクターの開発にあたり、20tクラスのGroßtraktor:グロストラクト―ル(大型トラクター)と、9tクラスのLeichtertraktor:ライヒタートラクトール(軽トラクター)の秘匿名称が与えられ研究が始まった。
しかし当時のドイツの工業力ではこのような本格的な戦車を量産するのは困難だったため、戦車の開発を担当するドイツ陸軍兵器局は、会議でより小型で製造コストの安い軽戦車をKleintraktorクライネトラクター(小型トラクター)の秘匿名称で開発することを決定し、クルップ社に対し2cm機関砲を備え出力60hpの空冷エンジンを搭載し、重量3t以内の軽戦車を開発するよう命じた。
これに応じてクルップ社では小型トラクターの設計を開始することとなった。
クルップ社の仕様書によると小型トラクターは戦闘重量3.5t、クルップ社製の出力60hp水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジンを搭載し路上航続距離は200km、車体の装甲厚は前/側面が13mm、後面が10mm、上/下面が6mmとなっていた。
駆動系レイアウトはフロントエンジン/リアドライブ方式を採用しており、転輪は片側4個で2個ずつアームで連結して懸架されており、最前部の誘導輪は独立して懸架されていた。
1931年6月には小型トラクターの木製モックアップの製作契約が結ばれ、6月24日に完成したものの、兵器局はフロントエンジン/リアドライブ方式の駆動系レイアウトに対して難色を示し、9月18日に小型トラクターの設計をリアエンジン/フロントドライブ方式に改めるようクルップ社に命じた。
併せて兵器局は小型トラクターの設計の参考とするために、イギリスのヴィッカーズ・アームストロング社製のカーデン・ロイド豆戦車のサンプル車両を購入することを決定し、ノヴァク社を通じてまず1931年11月30日に1両が発注され、1932年9月12日には2両を追加発された。同年2年5月5日にクルップ社は兵器局に改良型小型トラクターの基本仕様書を提出し、試作車1両の製作契約が結ばれた。
仕様書によると、改良型小型トラクターの基本仕様は以下のようになっていた。
・路上最大速度45km/h、路上航続距離200km
・装甲厚は12.4mm
・クルップ社製の民生用水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジンM301(出力60hp)を搭載
・クレトラック式変速・操向機を採用し最小旋回半径は1.5m
・転輪と誘導輪は45mm幅のゴム縁付きで第1転輪と誘導輪は鋳造製、その他の転輪は軽合金の鍛造製
・車体重量は2,650kg以内
軍部はクルップ社が開発を進めていた小型トラクターに注目し、この車両を早期に大量生産して戦車乗員の訓練に用いることを計画した。
当初の予定では、小型トラクターの試作第1号車は1932年6月30日にツォッセンのクンマースドルフ車両試験場に送り届けることになっていたが、実際には予定通りに製作が進まなかったため、クルップ社は7月2日に7月末までに試作第1号車を引き渡すことを報告した。
もし実用化が遅れた場合には代わりにイギリスからカーデン・ロイド豆戦車を購入して戦車乗員の訓練に用いることも考えていた。
そして予定より1カ月遅れた1932年7月29日になって、ようやくクルップ社の工場内で兵器局の関係者に小型トラクターの試作第1号車が公開され、8月15日からクンマースドルフ車両試験場で走行試験が開始された。
しかし試作第1号車は車体重量が2,950kgと予定を300kgオーバーした一方、エンジン出力は予定を下回るクルップ社M301/52hpに留まったため、走行試験では予定された路上最大速度45km/hを大きく下回る28km/hしか出せなかった。
このため兵器局はクルップ社にエンジンの出力強化や上部支持輪の増設、サスペンションの強化などの改良を施すことを命じ、改修作業が完了した試作第1号車は1932年9月26日にクンマースドルフ車両試験場に発送された。
9月28日には小型トラクターの試作第1号車とカーデン・ロイド豆戦車との比較走行試験が実施されたが、改良の成果で小型トラクターは路上最大速度40km/hを発揮し、カーデン・ロイド豆戦車よりも機動性が優れているという評価を受けた。
試作第1号車は1932年10月まで累計480kmの走行試験に供され、兵器局は試験の結果を基に小型トラクターの改良点を検討し、1932年9月~1933年2月の期間にクルップ社に4回に渡って様々な改良を発注した。
兵器局が発注した小型トラクターの改良点は、以下のようなものであった。
・履帯幅を260mmに拡げた新型履帯への換装
・転輪の直径を530mmに拡大
・第1転輪へのショック・アブソーバーの追加
・第2転輪から誘導輪までガータービームで連結する
・出力を向上させた新型エンジンへの換装
・前後のフェンダーへの泥除けの新設
1933年1月7日に兵器局は小型トラクターの軟鋼製の増加試作車5両の発注をクルップ社に打診し、これを受けてクルップ社は2月17日に増加試作車の基本仕様書を兵器局に提出した。
この仕様書を検討した兵器局は3月20日に試作第2号車の製作をクルップ社に発注し、続いて5月10日に試作第3~第6号車の発注を行った。
そしてまだ増加試作車が製作段階にあった1933年7月1日に、クルップ社の社内会合において兵器局からクルップ社、グルゾン製作所(クルップ社の子会社)、ヘンシェル社、MAN社、ラインメタル・ボルジヒ社、ダイムラー・ベンツ社の計6社に対し小型トラクターの生産型150両の製作発注が行われ、クルップ社が135両、他の5社が各3両ずつ生産を担当することになったことが報告された。
開発を担当したクルップ社以外のメーカーにも小型トラクターの生産が発注されたのは、他のメーカーにも戦車生産の経験を積ませるためというのが主な理由であったが、クルップ社が戦車生産を独占することで他のメーカーが反発しないようドイツ陸軍が配慮したことも理由の1つといわれている。
ヴェルサイユ条約によってドイツは戦車の生産を禁じられていたため、小型トラクターの生産型には連合軍に戦車であることを察知されないように「LaS」(Landwirtschaftlicher Schlepper:農業用トラクター)という秘匿名称が与えられた。
LaSの増加試作車5両は1933年7~8月にかけてドイツ陸軍に引き渡され、続いて「1ゼーリエ」(シリーズ1)の名称で第1生産ロットの量産が開始された。
クルップ社が立てたLaS 1ゼーリエの生産計画では1933年12月に最初の20両、続いて1934年1月に30両、2月に25両、3~5月に各20両のLaSを引き渡すことになっていたが、実際には計画通りには進まず1933年12月に引き渡されたLaSは10両に留まり、それ以降は毎月25両ずつ引き渡すよう計画が修正された。
一方LaSに搭載する砲塔および戦闘室の開発についてであるが、兵器局はクルップ社とダイムラー・ベンツ社に競作という形で開発を発注している。
兵器局はクルップ社に砲塔の改良を指示し、7月9日にクルップ社から改良型砲塔の図面が提出された。
この砲塔は武装として2cm機関砲を装備していたが、砲塔の実用化にかなり時間が掛かることが見込まれたためクルップ社は独自に7.92mm機関銃2挺を装備する砲塔も設計しており、同時期に図面が兵器局に提示された。
クルップ社は1933年10月13日に兵器局に対して、LaSの砲塔に7.92mm機関銃装備型の方を採用するよう具申し、2cm機関砲装備型砲塔を採用する場合は実用化まであと2年掛かる見込みであることを伝えた。
LaSの早急な実用化を望んでいた兵器局はこの提案を受け入れ、LaSには7.92mm機関銃2挺装備の砲塔が搭載されることになった。クルップ社が設計したLaS用の砲塔は後のI号戦車A型の砲塔と形状は似ていたものの、武装の装備方法が大きく異なっていた。
砲塔前面には開閉式の装甲カバーが設けられており、7.92mm機関銃を射撃する際にはこのカバーを開いて行うようになっていた。一方、ダイムラー・ベンツ社が設計したLaS用の砲塔はI号戦車A型の砲塔と良く似ており、砲塔防盾に7.92mm機関銃を左右2連装で装備していた。
LaSの戦闘室については、ダイムラー・ベンツ社が設計した戦闘室は傾斜装甲板を組み合わせた8角形のもので、戦闘室の左側には上と横に分割して開く長方形の操縦手用ハッチが設けられていた。クルップ社が設計した戦闘室はダイムラー・ベンツ社のものより横幅が広く側面装甲板は垂直で、戦闘室上面左側には後ろ開き式の円形の操縦手用ハッチが設けられ、操縦手の頭部に干渉しないよう、このハッチは半球状に成型されていた。
検討の結果、LaSの戦闘室と砲塔はダイムラー・ベンツ社の設計案が採用されることになった。この戦闘室と砲塔はLaS 1ゼーリエの車体に後から搭載する予定になっていたが、量産の準備に手間取ったため生産型の戦闘室と砲塔はLaS 2ゼーリエから搭載することとされた。
そしてLaS 1ゼーリエには20両にクルップ社が試作した軟鋼製の戦闘室と砲塔、数両にダイムラー・ベンツ社が試作した戦闘室と砲塔が搭載されたのみで、大部分の車両はオープントップの車体のみの状態で訓練に使用された。
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