Ⅰ号戦車A型・B型架橋車 Brückenleger
Ⅰ号戦車A型・B型架橋車 Brückenlegerの詳細。
この車両について簡単に言うと「詳細不明!」
写真などからしか読み解くことができません。
さらにその写真が少ないときた…姿はほぼ想像です。
Ⅰ号戦車A型・B型架橋車 Brückenleger
Ⅰ号戦車A型をベースに架橋を車体に固定する改造を行った車両。
現地改造車・メーカー改造車など多数あり詳細不明。
▲図11-1 Ⅰ号戦車A型架橋車前方参考図
▲図11-2 Ⅰ号戦車A型架橋車後方参考図
▲図11-2 Ⅰ号戦車A型架橋車展開参考図
※挿絵について
仮設橋展開用のヒンジの取り付け箇所と寸法がおかしいです。(トラスに干渉している)
そのうち直します。たぶん…
重 量…不明
全 長…不明
全 幅…不明
全 高…不明
乗員数…2?
武 装…無し
装甲
前 面…13mm / 27–63°
側 面…13mm / 70–90°
後 面…13mm / 50–75°
上 面…6mm / 0–50°
底 面…6mm / 0°
諸性能
エンジン…クルップ M 305 水平対向4気筒 空冷
出力/回転数 …57 PS / 2,500
排気量…3,460cm³
変速機 (前進/後進)…5 / 1
最高速度…不明
燃料搭載量…不明
航続距離…不明
キャタピラ幅…28cm?
※上記はA型の数値。要するに詳細不明…
※B型は当然B型に準拠するが詳細は不明。
そもそも架橋戦車とは何かというと、橋梁を運搬する装甲化された全装軌車両を示す分類となる。
ではなぜ架橋戦車の登場があったかというと、いたって単純な2つの理由からであった(勿論ほかにも様々な理由があったが)。
それは、『既存の橋梁では戦車が重すぎて崩落する』そしてもう一つの理由として、戦車にとって苦手なものが『落とし穴』だった。
そもそも戦車は塹壕を突破するために開発されたのがスタートであった。突破される側にとっては、のろのろと動くが簡単に有刺鉄線や塹壕を突破されてはかなわない。そしてこれに対する策として、対戦車塹壕が考案された。要は戦車も超えれないデカい塹壕を掘って戦車をそこに落としてやろうという考えだ。
初期の対戦車塹壕は戦車も超えられない広く深いものだが、次第にに変化していった。その塹壕は完全に落とし込むのではなく、中途半端に落ちる様にした。落ちれば装甲の薄い上面をさらし、はい出そうと前進すればこれまた装甲の薄い下面をさらすことになる。そこを”Bom”と対戦車砲で仕留める。※ソ連軍お得意の戦法
対戦車塹壕にぶつかると、戦闘工兵隊が仮設橋の設置にかかるが、ドンパチ撃ち合ってるさなかにしっかりと『橋』を建設するということができないし、電撃戦において進撃速度は非常に重要であったため、渡河可能な浅瀬を探すか、橋まで迂回する必要があるが、何せ時間がない。とっとと橋を架ける必要があった。
そこでどこかの誰かが思いついた。『戦車が通れる強度の橋を持ってきて置けばいいじゃないかと』しかし、重量物の橋をトラックで輸送し、クレーン車で設置するのは大変手間だし時間がかかる。そんな手間なことはできない。重量物を運ぶことができ、不整地でも走破することができる。さらには橋自体を車体に固定し、塹壕または河川に突っ込み自身を橋にしてしまえる(最悪使い捨てにできる)もってこいの車両がたくさん余っていた。そう、火力不足で引っ込んできたⅠ号戦車がそこにはあった。
ということで、砲塔を撤去したA型ベースに改造を施したが、残念ながらサスペンションが貧弱なため実用性に劣っていた。
詳しい構造や生産数に関する情報は無いため写真などから読み取れる情報が全てとなる。装備している橋梁は折りたたみ式のシザーズ方式となっており、車体そのものを橋脚とする構造となっている。
B型ではA型架橋戦車の試作導入結果を反映し、橋梁の支持架の強化を行った。
結局、やっつけ仕事的な車両が大量に生まれることになった。
ここまで読んでいただき、感謝の極み。
何この詳細不明の多さ!
架橋戦車についてってタイトル変えたほうがいいんじゃないかと思えるほどの内容の薄さ。
今後とも内容がペラペラな投稿が多々あると思いますが、よろしくお願いいたします。
ブックマークに感謝!!