▲エピローグ:感想戦▽ それぞれの未来▼ それぞれの棋譜へ△
あれから。
五年余りで世界は変容を遂げた。いや、遂げ始めているといった感じだろうか。
あの時、先女郷率いる謎の「二次人」の侵攻は、僕ら「ダイショウギ×レンジャー」の活躍によってあえなく退けられたのであった……
みたいにまとめると、ハッピーエンド的な終わり方だが、その後も人々の生活やら人生は脈々と続いていくわけで。
将棋の呪縛から解放されたかのように、日本は、あの静かな狂騒状態から、多様な生き方を模索する世界へと変わり始めている。少しづつ、着実に。
周りも変わっていっている。そして、あの時の仲間とは、今でも連絡を取り合ってたり、逆に没交渉だったりもするのだけれど。
稲賀 風花さん【グリーン反車】は、ジムのインストラクターをやりながら、ケチュラ何とかという格闘技の世界大会への挑戦を続けている。「まだまだマイナー競技やけど、いつかはオリンピックに、が関係者の合言葉や。注目してくれなー」双球の躍動する姿……いや、その活躍を僕はたまに動画でチェックしている。
鬼砕 薙矢さん【イエロー猛豹】は、都内の国立にあっさり合格し、ぶっちぎりの首席卒業で、都内のこれまた一流企業に入社してバリバリやっているそうだ。弟妹の面倒もちゃんと見ていながらであり、いちばんの常識人的生活を送っている。「私には平凡で地味がやっぱり合ってるみたいで……」それが何より僕には眩しく、誇らしいのだけれど。
波浪田 右近先輩【ゴールド金飛車】は、いまやA級で九段。タイトル戦にも数多く登場し、通算四期を数える。嘘みたいだが間違いなく若手の実力者として認知されている。「いやははは、あの『5三金成』から、何か思考のタガが外れたみたいでねえ、一気に盤面の無限さに、身を躍らすことが出来るようになったんだよ」って、普段の生活もタガ外れてるみたいですけどね。
嘉敷 征雄博士の、その後の消息は杳として知れない……ということも無く、あっさりあの地下施設をいまだ経営しているそうで、「『大将棋』の次は『大シャンチー』かも知れん……フハハハハ」と、時折放つその謎言動がそろそろ本当に心配されるレベルに至ってはいるそうだが、あまり詳しくは知らない。いや、あまり詳しく知ろうとしないようにしている。
禿頭 三郎花さん【スカーレット鳳凰】は、えーと、ミロカさんはですね……
「……と金、今日は遅くなるんでしょ? 落ち着かないから外で飲んでる。新宿辺りにいるから、終わったら連絡して」
落ち着いたベージュのパンツスーツが非常によく似あう。出社時間が同じくらいになったと言うので、駅まで一緒に行くことにした。自然に指を絡ませてきてくれるけど、僕はほんと幸せ者だよ……
高校卒業してからは疎遠だったが、とあるきっかけで、また会うようになった。そこからの経緯は省くが、僕らは来月に入籍を控えているわけで。
「……ここでケチつけられたら、たまんないんだからねっ!! 必死こいて気合い入れなさいよっ」
殊更にツンを前面に出してくるけど、ミロカさんなりの応援に他ならないことは、もう充分過ぎるほど、僕は知っている。柔らかな笑みを浮かべたまま去っていく後ろ姿を見て、僕は改めて自分の丹田辺りに力を入れる。
……気合いを、入れるんだ。
そして、
……準備は整った。静謐な空間に座して僕は待つ。
音も無く開く襖。音も無く畳の上を滑る鮮やかな、桃色の振袖姿。細身のうすらでかい体が眼前で膝を突くや、
「……貴様ら二人の、せめてもの餞に……途中で泣くくらいになるほど、けちょんけちょんに序盤からぶちかましてやるのだっ!!」
正座して僕の目を覗き込んでくるなり、そんなキンキンのアニメ声でぶっ込んで来やがった。盤外戦術も大概にしてくれよ。
「定時になりましたので、第十一期、獅鷹戦第七局を始めます」
沖島 未有【ショッキング=ピンク盲虎】七冠。棋界の第一人者であることは疑いようもないが、それはいまこの場では関係ない。
……ひとつくらい譲ってもらうぜ、そのタイトル。
沖島の眼鏡の奥から放たれる、迫力を増した視線を受け止めつつ、僕は羽織の袖を気にしながらも、しっかりと7七の歩を摘まみ上げる。
「先手、鵜飼 守男五段、7六歩」
やるぞ、自分のため、ミロカさんとの未来のために。
人生という名の、混沌の局面を恐れずに進み続けるんだ。
僕なりの棋譜を、刻みつけながら。
(終)