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△8一狛犬(こまいぬ)


 僕の残り時間はあと7分を切っている。先女郷サキオナゴウは9分ちょい。


 つたない僕の棋力を総動員して何とか出した答えも、上手(つまり僕ら)の一手負け、という結果だった。最早僕の頭の中にも、「次の一手」は流れ込んで来なくなっていた。


「……なかなかに面白い対局だったよ。この私が、すんでのところまで追い込まれた。極限の鍔迫り合い……素晴らしい棋譜が紡がれるのはいつだって私の無上の喜びだ。この余韻に浸りながら、君らの世界を滅ぼすこととしよう。いささか……寂しい気もするがね」


 饒舌になったな、急に。お前は確かに強い。だが、それでも。


「……」


 自玉はあと一手で詰みだが、それを顧みず、僕は相手の中段玉に王手をかける。▲5四金。


「おいおい、最後まで指し切って終わろうってことかい? この素晴らしい棋譜を汚すような真似は御免こうむりたいところだが、もしやそれが君の最後の悪あがきか? それともいやがらせ? 残念だね。だが、自分から負けはおいそれと認められないか。いいだろう、頭金まで付き合ってやる」


 もう終わった気になっているのか。そうか……そうだな。お前は確かに「本将棋」では最強だよ。


 △5二玉。下段に落とした格好だが、僕にもう歩以外の持ち駒は無い。桂の利きもある5三に金を進めても王手はかかるが、△5一玉と引かれ、それ以上王手は掛からない。▲5二歩は打ち歩詰めの禁じ手。


<モリ……くん>


 万策尽きた、みたいな、沖島オキシマの声が脳内に響いてくるが。


<と……金>


 ミロカさん! 意識が戻ったのか。良かった、本当に。


<……>


 ナヤさんも、フウカさんも、僕の背後で無言で見守ってくれているようかのように、その存在を身近に感じるよ。


 最後まで、見守ってくれ。あ、センパイも。


「……どうした? そのまま時間切れまで固まっているつもりかい? どうせなら詰みまで指せばいいだろう。気の済むまで」


 懐から取り出した扇子を開いて仰ぎながら、先女郷は余裕の体だ。残り時間、4分20秒。


 投了すると思ったか? ……残念だが、そんな気は毛頭ない。


 なぜなら僕らは「ダイショウギレンジャー」。将棋の歴史がオミットしてきた要素を、その身に宿らせた戦士。その力をもって、必ず災厄は打ち倒す。打ち倒すんだっ!! 大きく深く、僕は息を吸い込んでいく。そして、


「……言われなくても詰みまで指すさ。お前の詰みまで」


 盤上を見つめたまま、僕はそう言い放ってやる。ここまで来れたのは、みんなのおかげだ。仲間と、将棋を愛する世界のみんなのおかげだ。


「……狂ったか? 私のどこに詰みがある」


 怪訝そうな顔つきになりながらも、こちらを馬鹿にしてくるような言葉を発する先女郷。


 ……決着を、つけてやる。



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