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▲7九盲猿(もうえん)


 対局は静寂の中、粛々と進められている。


 時折、僕と先女郷サキオナゴウが発する指し手の駒の音だけが、黒い空間に心地よく響くだけだ。


 のっぴきならない最終戦であることは重々認識しているものの、僕は何か、この時間空間に優しく抱かれているような、そんな癒しのようなものも感じていた。何故かはわからないが。将棋でしか共有できないような、そんな得体の知れない感覚。


そして、


 香落ちというハンデを負いながらも、僕は、自分の許に寄せられる「最大支持」の良手を紡いでいき、徐々に互角のところまで持ち直していた。「地球人」のみなさんは、やはり凄い。将棋至上のこの国、この世界。それをやはり舐めてもらっちゃあ困る。


「……」


 先女郷にも、僕、いや「僕ら」の棋力が分かってきたのだろう。とてもド素人と指しているいるような佇まいには見えない。


 盤面に没我している様子は、黒星先行で七番勝負の土壇場に立たされた、かつての棋界の第一人者の迫力が漲っているように見えた。純粋に勝負にのめり込んでいる。


 きっとこいつも将棋に魅せられた一人に違いない。


 対局に集中しすぎで他がおろそかになっているのか、化物然とした、駒たちが連なり重なって構成されている巨大な「ボディ」が、ちょうど頭頂部あたりだろうか、一枚一枚、支えを失ったかのように剥がれ落ちていっている。


 だが先女郷にそれを気にする様子も見えない。ただただ、最善手を探し盤面を睨み続けている。そして、自信に満ち溢れた手つきで着手をただ行っている。


 5mくらいの高さの「天蓋」が割れ開かれ、そこから青空が覗いていた。先女郷が一手さすごとくらいに天井や壁の崩壊は進んでいき、いつしか僕らは、新宿の上空30mくらいに浮いた所で、縁台将棋のような開放感を感じながら指し進めていた。


 報道のヘリは既にいなくなっていたが、代わりに静音のドローン数台が、盤面や僕らの姿を中継しているようだ。


 局面は僕から世界中の棋士や将棋指したちに「発信」されているが、それでもこの世のものならざらんこの対局に、世界中から注目が集まっているのだろう。


 火の出るような中盤の応酬も、表面上は静謐に過ぎ去っていった。いよいよ終盤の入り口。形勢は……混沌としていて分からない。


 その時だった。


<……モリくん……聞こえる?>


 ふ、と僕の思考に、沖島オキシマのそれが滑り込んで来る。何かあったのか?


<……ミロカは無事よ。軽い脳震盪>


 そうか! それは今いちばんのいい情報じゃあないか。良かった、本当に。


……じゃあ何でそんな声が曇りがちなんだ?


<……このままだと、一手足りない>


 なるほど、そっちの方が本題だったわけか。沖島の読みが間違っているとは考えにくい。そうか。結構追い詰めたつもりになっていたけれど、流石は時の九冠、ここいちばんでは、やはり……なのか。


「……」


 「支持」される指し手も、今や四択くらいにバラけていってしまっている。明確な勝ち筋が……見つからないんだ。


 ……そうか。


「どうやら、勝負ありか。私の方はこのまま詰めろをかけ続けていけばいい。終わりだ。潔く首を差し出したまえ、『地球人代表』くん」


 流れの全てを把握したのか、勝利を確信したのか、先女郷が今までの緊迫を解いて、やけにリラックスした空気を発すると、にやりと口を歪めて笑いかけてくる。

 


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