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△7六行鳥(ぎょうちょう)


 六畳間くらいの空間の壁は、五角形の黒い駒たちが敷き詰められるかのようにして成り立っている。そして、先女郷サキオナゴウの目線は、ちょうど僕の胸あたりに注がれている。


 ……いいね。「着座」したらちょうどじゃあないか?


 感情は、僕の感情らしきものは、もう何も無かった。上滑る電気信号のようなものが、機械的に僕の神経細胞内を流れていくだけだ。


 こいつを、こいつらを? 根絶するためにはどうしたらいい?


 その事だけを整然と考えて組み立てる、借りてきたような脳が演算しているのを、別の視点から見ていた。


<……キミひとりかい? 随分、様子は変わったようだが>


 僕らの目の前に初めて現れた時の、羽織袴の姿で、先女郷は佇んでいた。腰から下は化物に飲み込まれているが、何故か背筋を伸ばした正座姿勢でこちらに向かっているように見えた。声も口調も、以前の人間らしさを取り戻しているようだ。心ある人間が喋っているようには聞こえないけれど。


 静寂。遠くの方で何か雨音のようなものが聞こえるだけ。みんなはどうしているだろうか。……ミロカさんは。どうしているだろうか。


<……詰めろをかけました、というような顔をしているな>


 観念したかのような、いやそれともただこちらを小馬鹿にしたいだけなのか、よく分からない先女郷の言葉に、わざと反応してみる。


「……このままお前の首を刈り飛ばすことが『詰み』ならば、そうなのかもな」


 実際、そう出来る「力」が、この「獅子」には備わっているわけだが。


 ……だが、それでは終局にはならないはず。この化物以上に化物の先女郷は、たぶん首を飛ばされたくらいじゃあ、もう死ななくなっているのだろう。


 そんな事を知覚できた。事象やら感情やら、何もかもが素通しのように、今の僕には伝わってくるようでいて。


<そうだな……追い込んでいるつもりだろうが、貴様らを相手にせずとも、我々はこの世界を屠ることが可能だ。守るべきものが無くなった荒廃の惑星で、お前らを相手に千日手を続けても、我々は一向に構わん>


 クック、と歪んだ笑みを貼り付かせたまま、目の前の男はそうのたまうが。


 で、あれば、やることは自ずと決まってくる。


「千日手は避けたいが……『対局』で決着をつけるっていうのは面白い。最後は『将棋』で白黒をつけたい」


 僕はそう言うと、先女郷のすぐ前に、どかりとあぐらをかいた。ぴくりと先女郷の眼鏡の奥の細い眉が動く。


<……何を世迷言を?>


 こちらを小馬鹿にする姿勢も、もううんざりだよ。


「……将棋やろうぜ」


 僕もわざとらしい笑みを貼り付けたまま、つ、と少し上らへんに顔を上げると、虚空に「将棋盤」を現出させた。何もない空間から現れたその7寸はあろう脚付きの立派な盤は、次の瞬間、支えを失ったかのように、重力に任せて僕ら二人の中間にどすりと落ちてくる。


 本榧、天地柾。最後くらいはこんな豪華な盤で指すのもいいだろう?


 沈黙でこちらを睨みつけてくるだけの先女郷との間にある盤上に、さらに僕は「駒」をも、少し上空から、パラパラと耳に心地よい音を鳴らせながら現出させていく。


 盤に着地した「駒」たちは踊るようにくるりと回転したり、氷の上を滑るかのようにして、「定位置」へと自然に収まっていった。


 四十枚の駒が、整然と並ぶ。



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