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△1六角


「では、我々のアジトに招待しよう。変身は……まあそのままでも構わんが、道行く人を驚かせてもあれだ。バックルのボタンを長押しすれば解除される。やってみたまえ」


 「アジト」とか、いちいち僕の琴線を揺さぶる言葉を放ってくる老人だが、加入する旨を明言した途端、あからさまに機嫌が良くなったようだ。言われるがままに「解除」を行うと、僕の体を包んでいた「武装スーツ」は、元の黒い五角形に瞬時に戻っていった。


 スーツの時は20kgあるとか言っていたけど、駒になると1kgも無さそうな感じだ。軽く片手で放り上げられるくらい。この「科学力」はまったくもって未知だが、もうそこは突っ込まないと決めた。


「君は、今までどうやって体を鍛えていたんだね? 私のような、分かる人間から見たら、相当やり込んでいるのは一見だが」


 老人は気持ち悪いほどの笑みを皺だらけの褐色顔に浮かべると、そう振り返りつつ聞いてくる。


「……基本、何かに遅刻しそうな自分を演出しますね。家から駅まで1キロくらいなんですが、そこは毎朝全速力で。時にはカモフラージュのための食パンを咥えながら。……昼は好きでもない焼きそばパンをダッシュで買いに行き、放課後は教室で対局の検討をしている奴らの側に行って、誰にもばれないように空気イスで過ごし、将棋教室に遅れそうになる時間までやり過ごしてから、そこからまた遅れる遅れると叫びながら走って向かいます」


 僕は日々の苦心をこの人なら分かってくれるだろうと力を込めて打ち明けるものの、老人は、ああー君は将棋以外もだいぶ残念なんだねー、と真顔で流されただけだった。やはり、他人には理解されないのだろう。それはもう分かっていることだったから、僕も流した。


 御苑を南方向へ抜けて、千駄ヶ谷のガード下をくぐると、いきなり空が開けたように感じられる。穏やかないい天気だ。だけど僕の気持ちは何だろう、テンションを上げていいのか、絞って進行した方がいいのか、自分でも判別できない気分に陥っている。


「ところで、ひとつ気になったのだが」


 東京体育館を左手に臨みながら、老人が横目で僕を振り返りながらそう切り出した。何だ? 改まって。


「……先ほど叫んでいた『ヴェルメリオ・リーオー』だとかいう名称、あれは一体?」


 その質問は、待っていたところだ。即興で考えたにしては、なかなかのものだと自賛してたのだ。僕は意気込んで説明を始める。


「……『ヴェルメリオ』はポルトガル語で『赤』を意味します。いい響きですよね? そして『リーオー』は少しひねって『獅子座』の英訳。どうです? 二言語のハイブリッドに、『リオ』と『リーオー』もかかって完璧な名前だと思」


 僕の流れるようなプレゼンもそこまでだった。老人がいきなり僕の胸倉をつかみ上げたからだ。思わぬ事と、思いがけないその腕力に、僕の決して軽くはない体が爪先立ちになってしまう。いきなり空気が変わったかのような、そんな感覚。


「……いいか、名前は『レッド獅子』だ。それには従ってもらう」


 皺に覆われた顔が、憤怒で向こうの奥行側に引き絞られているかのようだ。唐突なその激昂にうろたえて何も言い返せなくなってしまう僕。一見、温和そうな老人がキレる様を見させられると、何というか根源的な恐怖を感じる。でもここは譲れないっ。


「し、しかし、『ヴェルメリオ・リーオー』の方が、ヒーローらしいですし、その、『獅子レッド』ですか? 何というか華やかさに欠」

「『レッド獅子』だ。『レ・ッ・ド・獅・子』。二度は無いから金輪際間違えるな。さあ復唱するんだ、『レッド獅子』」


 僕のささやかな反抗もそこまでだった。わけの分からない老人のこだわりを、その凄まじいばかりの迫力に圧され、否応も無く飲み込むしかなかったわけで。


 三回ほど、私の名前はレッド獅子です、と唱和させられてから、やっと首元が開放されたけど、さっきまで感じていたささやかな高揚感はこれで全て霧散した。

 

 僕は隙を見て逃げ出そうか、くらいまで考えるに至っている。


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