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▲7三天狗(てんぐ)


 何が……起こった?


 他の仲間の切羽詰まった声がわんわん響いているけど、何を喋っているのかは僕の今の頭では理解をすることが出来なかった。


 ただ、僕の心臓の上あたりに、顔を伏せている流麗なミロカさんのことだけを見ている。茶色の髪からは、ふわりと良い香りが漂ってくるようで。

 

 まるで僕の胸に飛び込んで来てくれたような……あまりのことに演算能力がおかしな事になっている僕は一瞬、そんなロマンティックな光景を妄想してしまうけど。


 僕の胸のプロテクター辺りに広がってきている赤黒い液体が、ついに僕の右わき腹を通って、床に垂れ始めたのを見て、頭と、それだけじゃなく体の端々に至るまでが、急速に温度を奪われていくような感覚に襲われる。


「……」


 ミロカさん、とその名前を呼ぶことは出来なかった。返事が無いことが恐ろしかったから。


 ……僕をかばってか。僕なんかを。調子こいてしょうもない妄想で、勝手なことをやって仲間を巻き込んだ、こんな僕を。


 ……度し難い自分を顧みた瞬間、頭の中は冷えきって、まるで真空になったくらいにクリアでからっぽな感覚に包まれていた。


 周りの状況への知覚も戻ってくる。「黒い触手」は、この狭いコクピットの内部に、未だ何本も外壁に突き刺さってきたり、不気味に蠢きながら、獲物を求め、貫こうとしてくるが。


「……」


 ……なめるんじゃあねえぞ。


「モリくん……」


 床に伏せたままの沖島オキシマが、無防備に体を起こした僕の姿を認めて何か言おうと顔を持ち上げる。大丈夫。大丈夫だ。もう誰ひとり、傷つかせない。


 「触手」は活発に、そしてどこか楽しむかのように獲物を手探りで捕まえようとするような、そんな動きに変わってきているが。ふざけんな。


 ……「獅子」を舐めるんじゃあねえ。


「!!」


 「居食い」の能力は、こんな狭い空間でこそ、存分に真価を発揮する。瞬間、見えない「牙」が僕の体の周りを乱れ飛び、「触手」を一本も残さず、千切りレベルにまで切断していた。


 くそっ……!! 最初からこうしていれば……左肩くらい貫かれたくらいでひるんで後手を引かなければ……僕はマスクの下で裂けろとばかりに下唇を噛み締める。


 静寂が、この場を支配していた。波浪田ハロダ先輩でさえ、僕にかける言葉は見つけられないようだ。沈黙がのしかかって来る。


 でも、もういい。いいんだ。


 ミロカさんの身じろぎもしなくなった身体を静かに、丁寧に横たえると、決然と僕は再び立ち上がり、正面で相変わらず芸も無く立ち尽くす先女郷サキオナゴウの姿とスクリーン越しに向き合う。自慢の触手が一瞬で同時に刻み消されたことに泡食ってでもいるのか?


「俺が……決着をつける。みんなは……ミロカさんを頼む」


 まるで自分の声ではないような音声が、確かに己の声帯を震わせていることに少し驚きを感じつつも、自分の……為すべきことを、整理しようと、僕はほんの一瞬、コクピットの中で立ち尽くしてしまうのだが。


 やるべきことは、ひとつしか無いんじゃあないか?


 ……先女郷を、奴を俺が……俺が倒す……っ!!



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