△4五嗔猪(しんちょ)
通常今まで発生した「イド」の範囲は「半径50メートル」だった。おそらく一度の例外も無く。しかし今回はその「6倍」。いきなりのその変化に、不穏な空気をいやが応にも感じてしまう。他の皆も顔を強張らせつつ、会議室のスクリーンに映し出されたJR新宿駅付近の地図を見ている。
「『南口』を中心として半径300メートルの範囲って、駅ほぼ含まれるやん……」
フウカさんがいつもの余裕や悪戯っぽさを挟んだ表情や口調からはほど遠い、真剣な目つきと口調でそう漏らす。「イド」範囲(『SGフィールド』と呼称されていた。定着していないような気はするけど)を示しているのだろう、赤く塗りつぶされた円は、すっぽりと駅を覆っている。
「『SG波』も今までとはケタ違いだ。単純に見積もって『6倍』の面積があるフィールドが展開されると思われる。そして……『SG因子』もおそらくは『6倍』となろう」
嘉敷博士も重々しい声でそう告げて来るが、ここに来て初出の単語群に翻弄され、規模的に「6倍」ということしか理解できない。いや、それだけでいいのかも知れないが。ともかく、これまでとはケタ違い、そのことだけを認識しておけばいい、いや、しておかなければならないということだ。
「引きずりこまれる人間も……増えるってこと? それこそ『6倍』とかに」
ミロカさんが眉間に皺を寄せながらそう呟くかのように訊く。それに対し、おそらくとの言葉を返す博士だが、今までの最大が「20人」とすると「120人」。そのくらいの大人数がひとところに引き込まれるとなると……別の懸念、パニック誘発、みたいなことも気にかかってくる。
<イド出現まで……あと『29分』>
オペレーターさんの緊張を押し殺したような声が響いてくるが。その真剣な声色に却って不安感を煽られてしまうわけで。「開戦」まであとわずか30分弱。僕らが出来ることは何だ?
「……全員で向かいましょう。その後の事は、その後考える」
沖島の冷静を保った声は、当然の一着は一着であったものの、僕らに動くきっかけと勇気を与えてくれた気がした。6人がほぼ同時に席を立つと、入り口に近い順に、次々と会議室を後にしていく。
そうだ、逡巡している場合じゃあない。相手の得体の知れなさ、それは不気味であるものの、未知のものを恐れていてどうする。僕らはヒーローだ。曲がりなりにもヒーローたるものなのだから。ぐっと一回奥歯を噛み締めてから、出遅れた分を取り戻そうと全筋力を前への推進力へと変えていく。